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雑誌と「立ち読み」文化の可能性(尾崎世界観 × 深井航)

「COVER」が拠点を構える東急プラザ原宿「ハラカド」が、2024年4月17日に開業を迎えました。
雑誌の図書館として誕生した「COVER」にとって、この日はいわば創刊号。これを記念して、「COVER」キービジュアルのモデルを務めた尾崎世界観さんと、株式会社ひらくのプロデューサー/ブックディレクターである深井航の対談が実現しました。
2人が抱く、「雑誌」への想いとは?

⊿ 雑誌は自分が知らない世界を知るための手段

尾崎 ブックディレクターというのは、具体的にどういったお仕事なんですか?
 
深井 本の選書はもちろん、「COVER」みたいな場所をプロデュースしたり、読んだことのない雑誌に触れてもらったり…といった本を通じたキッカケづくりをしています。「COVER」ではコンセプトに賛同してくれた出版社様や、一般の方から寄贈いただいた雑誌も置かれていて、その中には『anan』で長年編集長を務めていた跡見学園女子大学の富川淳子教授も含まれます。教授には、ご自身が持っていた『anan』をたくさん寄贈いただきました。
 
――尾崎さんがもう一回あれ読みたいなって思う雑誌はありますか?
 
尾崎 『BURST』※ですね。ちょっとアングラな雑誌で、タトゥーやボディピアス、死体の写真なども普通に載っていて……。中学生の頃に読んで、ページを開いた瞬間にそういう世界が目に飛び込んでくるのが衝撃的でした。

(※1995年から1999年までは白夜書房、1999年から2005年まではコアマガジンから刊行。平成時代を代表するカウンターカルチャー誌)

尾崎世界観(写真右):1984年、東京都生まれ。2001年結成のロックバンド「クリープハイプ」のヴォーカル・ギター。2012年、アルバム『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』でメジャーデビュー。2016年、初小説『祐介』を上梓し話題となり、2020年には「母影(おもかげ)」で芥川賞候補となる。エッセイに『苦汁100%』『苦汁200%』『泣きたくなるほど嬉しい日々に』、直木賞作家の千早茜との共作小説に『犬も食わない』、対談集に『身のある話と、歯に詰まるワタシ』、歌詞集に『私語と』などがある。

深井 それって、どこで出会ったんですか?
 
尾崎 従兄弟の部屋です。地元の本屋では奥の方に置いてあって、たまに立ち読みしていました。当時はインターネットもなかったので、雑誌は自分が知らない世界を知るための手段でした。『ぴあ』や『東京ウォーカー』も愛読していて、誌面の写真から想像力を膨らませてよくどこかへ行った気分になっていました。
 
深井 僕は95年生まれなので、雑誌のバックナンバーから学ぶことは多いです。「COVER」の陳列作業をしていたとき、70年代の『anan』をちょっとずつ流し読みしてたんですけど、意外と使っている言葉が今と変わらないんだなあと思いました。あと、しょっちゅう「京都特集」やってるな!とかの発見もあって(笑)。
 
尾崎 『relax』も懐かしいですね。

⊿ 立ち読みのスリルと記憶、雑誌への恩返し

深井 マンガ雑誌は読まれてましたか?
 
尾崎 それほど読んでいた方ではないんですが、父親が同僚からもらってくる『マガジン』をいつも読んでいました。クラスのみんなが『ジャンプ』を読んでいる中、ちょっと背伸びした感じで……。
 
ロッキング・オンが発行していた『H(エイチ)』も好きで、2013年に自分が初めて載せてもらえたときは嬉しかったです。『H』は特に写真がカッコよかったし、好きなフォトグラファーの方に撮っていただいた記憶があります。昔は本屋で『SWITCH』を立ち読みして、『H』を買って帰るのが定番でした(笑)。
 
――深井さんはどんな雑誌に思い入れがありますか。
 
深井 僕は古本屋に行くと『STUDIO VOICE』のバックナンバーとか探しますね。最近見つけた穴場は無印良品が手がけている「MUJI BOOKS」で、運が良いと100円で買えたりするんですよ。なるべく秘密にしておきたかったんですけど(笑)。

深井航:株式会社ひらく プロデューサー/ブックディレクター。埼玉県出身。1995年生。2017年日本出版販売株式会社に入社。ホテル「松本本箱」、書店「BOOKS&TEA三服」等の立ち上げの他、温泉旅館発の新しい文学賞『三服文学賞』や「文喫 六本木」のイベント『知るを知る。』の企画を行う。ブックディレクターとしては、ブックホテル「箱根本箱」や小学館『美的』での選書、CCCメディアハウス『Pen』の「兵庫テロワール旅」 旅人など。

尾崎 振り返ると、自分はずっと雑誌を読んできた気がします。今回「COVER」で昔のバックナンバーに触れさせてもらい、懐かしさや新しさだけでなく、寂しさも感じられたのがいいなと思いました。今はもう存在しない雑誌が、そのままのカタチで“取り残されている”感じもあって。当時は「今これが一番新しい!」と確信を持って特集が組まれていたのに、現在はもうほとんどのお店が残っていない。 

深井 そうですね。なんていうか、情報がこっちを向いてない気がします

尾崎 だからこそ新鮮に受け取れるというか、どこか一方通行な感じが逆に愛おしくなります。70年代の雑誌は、今の若い世代の方にとっては、レコードを聴く感覚に近いのかもしれませんね。

深井 ちょっと「嗜む」というか。 

尾崎 今思えば「立ち読み」という文化も大事だったと感じていて。地元には立ち読みしにくい本屋と、立ち読みしやすい本屋があって、あえて怒られそうな方に挑戦してみたり(笑)。邪魔者扱いされながら読んだ時の紙やインクの匂いって、すごく記憶に残るんですよね。すごく迷惑で申し訳ないことをしていたんですが。ただ、爪の痕が付いている雑誌はイヤだったので、買うときは必ず上から3番目くらいの綺麗なものをレジに持って行ってました。

深井 ホントは駄目なんでしょうけど、立ち読みってなぜか暗黙の了解で許されてましたよね(笑)。

――尾崎さんは、2014年にご自身が責任編集を務めた雑誌『SHABEL(シャベル)』を創刊されていましたね。
 
尾崎 すごく大変でした。それなりに悔いも残ったし、いつか次の号をつくりたいですね。
 
最近フリーペーパーの『メトロミニッツ』でインタビューをしていただいたんですが、高校生の頃から読んでいたので嬉しかったです。無料でもらえるものってありがたいですよね。デビューしてからいろんな雑誌に出させてもらうようになり、雑誌から得ていたものや知識に、やっと「たどり着いた」という感慨があります。
 
深井 それを読んだ若い読者が、次世代の尾崎さんみたいに雑誌をつくる側に回るかもしれない。そういえば先日、神保町のマンガ専門店に買い付けに行ったんですけど、 1970年代の『少年サンデー』の表紙デザインが攻めていて、ルネ・マグリットのオマージュだったんですよ。しかも、誌面の内容も公害CMのことに切り込んでいたり、社会派で。当時の子どもはこんなに尖った雑誌を読んでいたのか!という驚きがありました。
 

⊿ 資料価値が高い雑誌も、手にとって読むことができる

――ちなみに、原宿という街にはどんな印象をお持ちですか?
 
尾崎 カルチャーの「ど真ん中」というイメージです。いつも賑わっていて、みんなここを目指してくる。だからこそエネルギーが強すぎて、自分はそこから弾かれてしまう。そういう意味ではまったく「スレてない」というか、原宿に訪れる人たちは「正直」な感じがします。この窓から交差点を歩く人たちが見られるのも面白いですよね。雑誌を立ち読みしながら、歩いている人の姿も混ざって記憶されそう。
 
深井 向かい側の東急プラザ表参道「オモカド」はキラキラしてて、エスカレーターが印象的じゃないですか。こっちのオモカドはその対になる部分なので、 交差点から見上げると雑誌を読んでいる人たちがズラッて並ぶのが視覚的にもいいなって思います。それって「COVER」のコンセプトでもある“雑誌を読む姿は美しい”を体現するものでもあるし、立ち読みが自由だった昔のコンビニを思い出してくれる人もいるかもしれない。
 
尾崎 電線にいっぱい鳥が並んでいて、ギョッとする光景にも似ていますね(笑)。
 
深井 気づいたら雑誌の表紙がこっちを見てる…みたいな。
 
尾崎 それも面白いですね。表紙がこちらを見ているという感覚。雑誌の表紙ってその当時の「顔」でもあるから、見ていて飽きないです。
 
深井 「COVER」では、実際に当時の雑誌を読めるのが特長なんです。『FRIDAY』の創刊号なんかもすごく資料価値が高いですけど、これを手にとって読んでいただくことに意味がある。今後は創刊号と最新号を並べて比較したり、寄贈いただいた雑誌のキュレーションにも力を入れたりしたいと思っています。
 
尾崎 昔の音楽雑誌は、批評性が高かったですよね。そうした時代の音楽雑誌をちゃんと読んでみたいです。あと、『BANDやろうぜ』(1988年から2004年に宝島社から発行)はぜひ集めてほしいです(笑)。
 
――最後に、深井さんから「COVER」の魅力を伝えていただければと。
 
深井 僕的には「お父さん」みたいな場所で、尾崎さん的には「従兄弟のお兄ちゃん」みたいな場所なのかなと思います。こっそり忍び込んで読み耽っていた場所、みたいな。さっき『BURST』の話が出ましたけど、 実体験に基づく雑誌との出会いや、思わぬ再会もあるかもしれません。
 
尾崎 世代によって変わりますよね。デジタルネイティブ世代にとっては「おじいちゃん」のような感覚で雑誌に接する人もいると思います。雑誌という媒体は今も昔も変わらずあるけれど、雑誌との付き合い方は人それぞれ。いつか「COVER」が編集した雑誌も出してください。
 
深井 そのときはぜひ、尾崎さんに編集長をお願いします!

企画 / 取材:Keisuke Tanaka(NEWPEACE Inc.)
編集:Kohei Ueno
撮影: Takao Iwasawa

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