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カフェの音楽空間論 Vol.2 -"音の正体" 難聴体験記編-

カフェの音楽、BGMはコレだ!
と自分勝手な持論をいきまいたところで、それってあなたの感想ですよね?と反論されるだけの空虚な論考になりそうなので、まずは道を究めている方々の言論をおうかがいしながら、持論を編んでみます。

今回とりあげる書籍はこちら。

布施雄一郎 著 / 音の正体 The identify of sound

"音楽の感動"を学問する!
という帯分があるように、音がきこえる仕組みから響きの理論など、音響学の知見を学べる本です。
140ページほどのわりと頁数薄めの本ですが、その中身はなかなかにアカデミックで内容密度の濃いものでした。
この著書に、"BGMの正体を探る"というコンテンツがあり、そこから紐解ける音楽空間論を考えていきたいわけですが、その前にこの著書の特色である、著者の「片耳難聴体験記」から「耳の正体」、「聴こえるということ」について私自身の実体験も加味して論じてみたいと思います。

あなたのお耳、ご自愛ください

著者は突如突発性難聴になり、いま現在も難聴で耳鳴りもあるとのことを冒頭に綴っています。
難聴になった原因はよくわからず、治療法も確立されていない状況で、難聴になってからの気づきや過ごしづらさについての体験談からこの本はスタートします。
その実体験から聴覚の分析、音響学の解説へと綴られていく流れが見事で、基礎知識というには専門的な内容で難解な本ですが、音響について理解が深まる良著でした。
参考になる部分が多数あり、今後このnoteで論考を重ねていくなかで、改めて引用させてもらいたいと思います。

さて、私個人の話なのですが、私は生まれつきの左耳難聴で、いまも左耳はまったく聴こえない状態です。
幼心に近隣の耳鼻科によく通っていた記憶があります。保育園時代に急激に左耳が痛くなったときの記憶もありますが、それより以前から聴こえてはいなかったようで、いま現在に至るまで左耳難聴のまま生活しています。
そんな生まれつき片耳難聴の私としては、先天的なゆえにか、聴こえにおける違和感というものがなく、治したいという気持ちがあまりわいてきません。
とはいえ、イヤホンなどでパンニングされている音楽を聴くとざんねんな気もちになります。音楽制作においては、実体験におけるリアルな両耳相関ができないので、本格的なPAやレコーディングエンジニアリングはできないですし、ステレオ感という体験を本質的に知れないのは切ないものです。
今回の著書を受けて改めて自身の経験を振り返ってみると、左耳が聴こえないことで、ある程度人生が分岐したのかもしれないなと考えさせられるものがありました。
左側からの音に気づけないことが多い生活です。具体的には左側から90度くらいの角度が聴覚的死角な感じで、左側から話しかけられてもスルーしてしまうことがよくあるし、話者の音を聴こうとすると無意識的に右耳を傾けてしまいます。聴こえないところはにこやかにうんうんと頷き、聴こうと努めれば目をそらしがち。他者とのコミュニケーションがはかどらず、対話するのを忌避している自分がいるのに気がつきました。こうして独りの時間に埋没するのも難聴であることが原因のひとつにあるんだろうな、と思います。

いいことはあまりない難聴ですが、ポジティブに転嫁できる部分もあります。
それは、聴こえるということのありがたみは人一倍に感じ入っていることです。ひいては、音楽のありがたみを感じ入っているからこそ、音楽を楽しもうという気概がある。
不幸中の幸いというべきなのか、たぶん右耳の聴力は相当に鍛えられていて、聴解力の解像度が高く、識別できる範囲も広いものだと思います。この右耳の聴力のおかげで、音だけでなく対峙するものごとに理解を及ぼすよう努められているところもあります。
著書"音の正体"にもあるように、正常な聴覚を維持するのは大切だと痛感しているものの、失われているものがあり、いつかは衰えてしまうものがあるからこそ、聴こえることを賛美し謳歌したい。
いまだに音楽制作にとりくみたい意欲があるのも、こうした思考回路の巡りあわせがあるからでしょう。
改めて、聴こえることのありがたさ。
音楽、芸術に対する想いが深まりました。

「私は生きることに夢中だ。人生の変化、色、さまざまな動きを愛している。話ができること、見えること、音が聞こえること、歩けること、音楽や絵画を楽しめること、それは全くの奇跡だ。」
“I’m passionately involved in life: I love its change, its color, its movement. To be alive, to be able to see, to walk, to have houses, music, paintings – it’s all a miracle.”

-アルトゥール・ルービンシュタイン(Arthur Rubinstein)

新版 音楽家の名言 - 編・著/檜山乃武 yamaha music media (P.116)

この奇跡を最期までまっとうしたいものですね。

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