見学:昭和島の老舗鍛造屋さん②
前回の記事。
前回までは金型を使った「型打ち」と呼ばれる鍛造をご紹介し始めたところでしたね。今回の記事ではもう一つの型打ちの様子と、もう一種類の「フリー鍛造」と呼ばれる鍛造を紹介します。そして宮地社長のマネジメントについても色々聞かせて頂いたのでそれについても述べたいと思います。
・炉は「火の色が分かって一人前」
製造部長のA野さんに御案内をして頂いたのですが、A野さんは現場叩き上げの方でして、この動画の最初に写っているような「ガス炉」で焼きの担当をされていたとのことです。この炉で熱を入れていたのはステンレスだったのですが、もう鍛造をしていい段階の温度かどうかというのは熱している時の炎色を見て判断するとのこと。それも材料によってそのタイミングは違い、ステンレスと鉄とで炎色も全然変わって見えるそうです。また、炉の中の温度も色を見てもう材料を入れていいかどうかを判断するそうで、もう全ての炉の作業で求められる能力がそれぞれに違うというのです。視覚の感覚的な部分での判断であり、技術承継が大変難儀な話だなとお話を聞きながら見ておりました。
ちなみに炉から3~4mほど離れててもあっついあっつい!!それもそのはずで、(材料によりますが)ステンや鉄を鍛えることができる「再結晶」という現象が起きるのは約1,200℃とのこと。なるほどです。火の色を見るにも、先ずはこの熱環境に慣れなきゃですね...
そんなわけで、簡単にやっているように見えるけれど難しい炉の作業から型打ちの作業に移るわけです。炉から熱した金属を取り出し、素早く転がします。動画の最後もそうなのですが、金属をはさみ(やっとこ)で掴んだらすぐポイっと投げたり、結構扱いが雑に思えませんか?(笑)ウチの板金屋なら怒号が飛んできそうですが、実はこの雑さが大事なんです。というのも、熱した金属は掴んだらすぐに離さないと道具とくっついてしまうからです。A野さん曰く、「素人ほど大事に扱いたがってしまう。モタモタすると冷めるしくっつくしで良いことないんです」と。同じ金属加工屋でも分野によって全然違いますね!
実際、このハンマーで打つ型打ちの作業の中でさえ、ハンマーで触れてる時間は一瞬なのにくっついてしまっています。これは試作の金型で、その形の複雑さ故にくっつきやすくて苦労している場面でした。
あと、動画で職人さんが品物の位置を少しずつ変えているのがお分かりでしょうか?これは、簡単に言えば、品物によっては一つの金型の上でも
①丸棒から四角くする
②大まかな形にする
③細かな形をつけるために成型する
といった工程があるからです。ちなみに、何故鍛造の品物は丸棒の材料からつくられるのかというと、角が複数ある四角のような材料だと力のかかり方として叩く場所が正確でないと均一ではなくなり、思ったように伸展していかないからだそうです。確かに、粘土に平らな面を作りたい時は丸めて真上から平らな所にたたきつけた方がしっかり平らに伸びますよね。意外と、鍛造を理解するためには「粘土」という視点は重要だそうです。
・だからウチは「間口が広い鍛造屋」
前記事も含めて「型打ち」と呼ばれる鍛造をつらつらとご紹介してきました。もう一つの鍛造方法としてご紹介したいのが「フリー鍛造」です。
金型の上で叩いて整形をするのではなく、ハサミ部分が円や緩いRになっている型がついたやっとこを叩くことで熱した丸棒がその形状に伸びていく方法です。叩くハンマーは機械であったり、職人さん手持ちのハンマーだったりします。
フリー鍛造でつくられるのはほぼこのような「軸物」という棒状の品物だそうです。実際この品物の場合、厳密にはフリーで棒の先を詰めて大きくし、型打ちで先端の形をつくるという合わせ技によってつくられます。
型はこんな感じです。
元々同じ丸棒からつくるとはいえ、手作業なのだから同じものは一つとしてできません。「数ものの品なのにいいのかな?」とか「公差(許容されている寸法のズレ)は大丈夫かな?」と思われる方もいると思いますが、宮地鉄工所さんの公差はなんと±3㎜。メートルを超える大きさの品物でこの公差設定はすごい技術です。
宮地社長は「ウチは資材屋なんだよね」とも仰います。要するに、完成品をつくるのではなく、複雑な形状かつ頑丈さを付与したこの鍛造の作業によって次の細かな工程を見越した資材を納めることで、機械加工屋さんは本来必要であった次の曲げ、溶接などの加工工程を大幅に省略することができるのです。これは高品質の数ものをつくる上では大きなメリットです。だからこそ、顧客の「こんなものをつくりたいのだけど」という要望に多く答えるため、金型の製造から、型打ちとフリー鍛造を高いレベルで使い分け、「間口の広い鍛造屋」として君臨しているのです。
「ロボット(自動化された製造機械)にできないことをやる」のと「お客さんの工程を減らす」というベネフィットは、高い製造技術で自由度が高まっているからこそ提供できます。これは製造の自動化・効率化の流れを汲み取りつつ、それでも町工場が人の手でできることを追求した結果であり、"自社の付加価値をどこに見出すか"という問いに対する金属加工屋の一つの答えだと言えるでしょう。
・これだけの技術を培うための現場マネジメント
宮地鉄工所さんは創業100年を超え、老舗とも呼べる会社さんです。従業員数も32人と、大田区の工場の中では多い方だと思いますが、工程が多いことや複数人での作業が多いことから「これでもギリギリの人数ですよ」と仰っていました。
金型も自社内で製作することができる
放電加工機やウォルターカッター、切削機など、
鍛造を抜きにしても町工場一軒並の設備が揃っており驚き。
注目すべきは32人という人数ではなく、その平均年齢。60歳以上の職人さんもまだ在籍しているにもかかわらず、平均は40代前半だといいます。
その秘訣は...
①給与制度改革 -技能給の導入。若くても優秀であれば稼げる体制
②定年後は嘱託社員として後進の育成に注力してもらう
③休憩と休日が多い
ー 休憩は日に午前・昼・午後と3回。体調管理と事故防止のため。
ー 有休消化推奨。夏季(6~9月)には体調管理のため休日を増やす。
と、若手の職人を育てるためのみならず、鍛造という危険かつ過酷な仕事を安全かつ合理的にこなせるための制度が盤石に作られているのです。
素晴らしすぎてお話を聞いている時でもう既に感服致しました...
詳しくは下記の記事に載っています。
そりゃ取材されます。工場の働き方の見本としてどこかから表彰されるのも時間の問題とさえ思いました。
・「分からないを分かる」職人が伸びる
宮地鉄工所さんでは優秀なマネジメントがなされているとはいえ、製造業を志す人間というのは減少の一途をたどっていて、町工場自体の数の減少もまさに「後継者不足」などよく耳にする問題として人材不足と直結しています。
そこでぼくは「吟味して採用した人であっても、必ずしも(職人として)上手くいくとは限らないですよね?ましてや、チームワークが求められる現場なら尚更上手くいかない新人さんもいらっしゃるのでは?」と、町工場の人事に起こり得るような懸念事項についてお聞きしました。
すると、人材育成で大事だなと思っていることを教えて頂きました。
①その人がどのような長所・短所があるかを早く見極める
②「分からないを分かる」職人が一番伸びる
①その人がどのような長所・短所があるかを早く見極める
例えば、「一つのことに取り組む集中力がある人」は、何かに堅実に向き合う仕事に対しては能力を発揮します。しかし、鍛造の現場においてはフォークリフトが頻繁に現場を往来していたり、超高温の金属と隣り合わせであったり、時に5mを超すような大物を数人がかりで叩いたりと、周囲の状況が目まぐるしく変化し、常に危険をはらむ状況下にあります。そのような状況の中で「一つのことに取り組む集中力がある=周囲の状況が見えなくなってしまう」という人であるととても危険です。そんな人の場合は、周囲がより声掛けを増やし、それに必ず返事をさせるようにするなど、その人に合った環境づくりに配慮したり、またはその性格に合った周りを気にせず集中できる役目に配置することが必要だということです。
そのためには新人の間にその人の長所・短所を含む性格をいち早く把握し、本人にも自覚をさせることがより合理的な仕事に繋がります。
②「分からないを分かる」職人が一番伸びる
これはぼくも思い当たる節があったのですが、「やり方がよく分からないな」という場合、対処法として、・他の人に聞く だとか、・自分でよく考える という選択を取ると思います。結果として、説明を聞いてもイマイチ分からなかったけどできた / 聞かなくてもやったら何かできた という状況のまま「何となく」でこなし続けてしまう人は、将来大きな壁に当たることが多いという話です。
たちが悪いのは、周囲は「分かってやっている」と思っているので問題が起こるまでそのまま放置してしまいがちです。問題が起こった時に、「何となくでやってこれたので、どこがダメなのか分かりません」となると、教える側も教わる側もどこまでレベルを遡ってやればいいのか分からない、ということです。
そのためには「分からないことがあったら聞いてね」というより「分からなかったら聞けよ?!いいな?」というくらいの勢いで教える側も構え、教わる側も聞いていい状態が理想です。何故なら「後になって任せるのが不安になるより良い」からです。
このように言うのは簡単だけれども、「分かりません」と言う人に「何が?」「どういう風に?」と深掘って「(何が分からないのかも)分かりません」という思考パターンに陥っている人こそ大変で、分からないことに対して思考を放棄する癖がある人は育てにくいとのことでした。
「ここが分かんないんですけど」とピンポイントに言えなくとも、「ここの時になんか上手くいかないんですよ」など、考えようとか伝えようとかすることが若手の職人にとって大事なのかなと感じました。
職人さんって学べる人しか残らないから頭良いんですよ
いわゆる、「自分で考えられる人」と呼ばれる人材がどの業界・分野でも重宝されるのは、「分からないを分かる」ができていれば、学ぶ準備ができているということであり、ポテンシャルに繋がるためだと思いました。
・これからの工場は二極化していく
宮地鉄工所さんの見学を通して改めて思ったことは、どれだけ「自動化・機械化・AIの時代」と呼ばれようが、これからの(町)工場は自分たちの技術やノウハウで付加価値をつけたところが残っていくということです。
好例として、「上手な旋盤屋」の話があったのですが、「最先端(6軸・8軸・9軸とか)の自動(NC)旋盤を導入しているだけのところより、汎用も使えるところの方が工夫の仕方が上手い。感心する。」という話がありました。要するに、まだ機械をコントロールしているのは人間であり、結局は人間の使い様(創意工夫)にクオリティーが左右されるのです。
そういう意味では、これからの工場は「ここにしかない 特殊な/固有の 技術を持っている工場」か「色々な工夫ができて様々な相談に応じることができる工場」のどちらかに分岐して残っていくのだと思います。
ということで、本当に多くのことを教えて下さった宮地鉄工所さんですが、鍛造技術を活かし、鉄道部品を製造しておられます。11月末に開催される「鉄道技術展」に出展されるとのことです。
このような工場さんがもっと成長していくように祈っています。
本当にありがとうございました。