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中学校の話

今朝の新聞に、『半分の力で緩く生きて』という見出しの記事がありました。
松本俊彦さんという精神科医の方が、中学校で行った講演を元にした記事です。

この記事は、下記の一文で始まっています。

中学時代は校内暴力で荒れて悪夢のようでした。

「『だれでも能力を発揮できる時が来る』半分の力で緩く生きて」、秋田魁新報、2023年6月2日

私の中学時代を思い出しました。
こうんが中学生だったときの話を少し書きます。

わいの中学時代

最近知り合った人に、「こうんの高校時代はどうだった?」と聞かれた時、真っ先に出てきた私の回答は、
「治安が良かった」
でした。
勉学や部活動に当たり前のように専念できる環境が、とても嬉しかったのを覚えています。

私が3年間通った中学校は、あまり治安がよくありませんでした。
校内暴力‥とまではいきませんが(いや、あったのかも)、いじめやいわゆる「素行不良」による問題は周りにたくさんありました。
小学校生活が(私にとっては)わりと平和だったので、そのギャップにすごくビビっていたのが懐かしいです。

服装の縛り=制服パワーは大きかったように思います。
他の小学校から来た同級生達がとても大人びて見え、小学校の頃からの友達にもなぜか「やっほー」すら言いにくくなりました。
昇降口に向かう廊下に、髪を染めたズボンだぶだぶの先輩たちがたむろっていて、そちらを見ないように必死に早足で通り過ぎるのですが、わけもなく笑われたりヤジを飛ばされたりして、めちゃ怖かったです。

楽しいこともたくさんありましたけどね。

1年生

1年生のときは担任いじめで学級崩壊が起こりかけました。
まあその結果、私の好きな先生が代理の担任になって、短い期間ではあったけど、幸せな気持ちで1年生を終えることができたんですが。
蛇足ですが、その国語の先生のおかげで私は書道が飛躍的に(?)上手くなりました。
「隙間」を見るのが上手になったみたいです。

1年生のクラスでは、私には仲のいい友達はできませんでした。
「自分らしく生きること」「正しく生きること」にすごく価値を置いていて、背筋ピーンと過ごしていた結果です。笑
部活やクラスで省かれている子と一緒にいることが多かったです。
そういう子たちは、自分の輪に戻れると私のもとからは離れていくんですけどね。

2年生

1年生とは打って変わって、2年生のクラスは先生もクラスメイトも好きになれて、とても楽しかったです。
1年生で嫌なことに耐えたご褒美かな?と思っていました。

本当に様々なことを経験し、学んだ2年生ですが、中でも一つ心に残っている出来事があります。

ある朝早く、一人で教室にいたとき。
同じく早く登校していたクラスメイトの1人が、
「こうんさん、おはよう」
と挨拶してくれました。

私の名前を呼んで、挨拶してくれたのです。
何が特別??って思うかもしれません。でも日本人って、驚くくらい相手の名前を呼ばないです。
名前の力はすごいです。
新しいクラスで、まだ特に話したこともないけど、挨拶してくれた。
それだけでも嬉しいのに、名前(しかもその時は下の名前)を口にしてくれた。
心の底から驚き、嬉しく思いました。
その感謝の気持ちは、ついぞ伝えられず終わってしまいましたが。

その後は私も、可能な限り人の名前を呼んで挨拶するようになりました。
心なしか、そのクラスでは「名前+挨拶」率が高かったように感じます。

3年生

進級直前、先輩たちの卒業式が終わった後、東日本大震災が起こりました。
私は福島県郡山市にいました。

原発事故の影響で、外で体育や部活ができなくなったり、
線量系を首から下げて生活したり、
給食で牛乳が飲めなくなったり、
色々な変化がありました。

私が大好きだった社会の先生がいわき市のご出身で、地元を心配して涙を流していたのを覚えています。

クラスは2年生から持ち上がりだったのですが、クラス内でカップルが生まれたり、人間関係が固定化したり、2年生の楽しさを私が意識しすぎてしまったりして、少しだけ息苦しかったです。

文化祭の閉会式で、同級生ですごく頑張り屋さんだった生徒会長が、挨拶で感極まって泣き出してしまった時、お友達たちが各々の席から「〇〇がんばれー!」と声を上げていたのが、印象に残っています。

そして、真面目番長だった私も何度かやらかしました。
連日遅刻して廊下に正座させられたり、教室の前に呼び出されて私語を怒鳴られたりしました。笑
中学校の雰囲気に呑まれちゃったかな!(←調子がいい)

最近思うこと

3年間を通し、私は前期は学級委員長をやらされていました(決して自ら名乗り出たのではない。まあ、やりたかった時もあったけど)。

だから特に(?)、号令ですんなり立たない奴や、クラスの和を乱す素行不良の奴らは私の敵でした。笑

でも、卒業して私が大人になるにつれて、世の中のことを知るにつれて、
いわゆる「不良」だった彼ら彼女らに思いを馳せることが増えています。
LINEマンガのおかげです(←え)。

勉強に集中できない理由。
人に暴言を吐く理由。
問題行動を起こす理由。
そうせざるを得ない理由がある人たちが、たくさんいたのだろうと。
ま、そんな深い理由ない人たちもいただろうけど。

私には到底想像もつかないような、
辛いことを辛いと気づけないような環境にいた子たちが、少なくとも何人かはいただろうと思います。

そういう子たちも、
そうでない子たちも、
今、自分を肯定して、元気に、幸せに生きていてくれたらいいなと思います。

気の強かった私です。
私も傷つけられたけど、私に傷つけられた人たちも結構いる気がする。
ごめんね、って思っています。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
新聞記事にはほぼ触れず終わってしまいましたが、読む価値あるなぁと思う言葉を引用して終わります。

つらかったら休もう。結果はそう変わらないから、全力の半分ほどの力で緩く生きた方がいい。

困ったらSOSを出そう。ただしヤバイ大人には近づかないこと。しかり付けて説教をする大人はダメ。武勇伝を語る大人も。そんな大人は信じるな。僕が中学時代、大人たちを信用しなかったのは正解だと思う。

「『だれでも能力を発揮できる時が来る』半分の力で緩く生きて」、秋田魁新報、2023年6月2日

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