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社食のお好み焼き定食

 これは結婚する前の話。
 僕は、当時、東京にある中堅SIerに勤務していた。所属会社が、本社は東京だが滋賀に工場のある製造業の工場の制御装置をコントロールするシステムを受託した。このシステムについては、それはそれでおもしろいが今回の物語と関係ないので、またの機会にしよう。
 このシステムの開発に僕は設計の段階から携わっていた。そのため、滋賀の客先へ定期的に訪問していた。この仕事はいろいろとお互いに思惑があり、プレッシャーもあった。しかし、救いがあった。
 この工場には社食があることだ。この社食は、関係会社の人間もそこの社員より10%ほど高くなるが、ICカードで支払いができ、自由に社食が利用できた。価格の相場観としては1コイン500円あれば普通の成年男子が十分な量なご飯とおかずを食べられた。もちろん、日替わり定食もあれば、好きなおかずと組み合わせたり、はたまた、ラーメンとライスを組み合わせたり。そこに指定はなく、自由に食べられた。一緒に客先へ出かけていた協力会社の大食漢の方はカレーとラーメンを合わせて、カレー・ラーメンを食べていて。カレーが300円でラーメンが250円だったろうか。僕が嫌みで「高いメシを食っていますね」と言ったら、彼は、「いやいや、これでも節約しているんす。これにお好み焼きをつけるのを我慢しているっす」だった。
 ここから、物語がはじまる。この工場の社食は関西だから、お好み焼きがあったのだ。僕は客先の社食でお好み焼きを食したことは関東ではなかった。自分の会社は都心のオフィスで社食がなかった。
 この工場のお好み焼きは200円だった。それにご飯とみそ汁をつけていた。そうだ、関西名物のお好み焼き定食だ。関東人にはどっちも炭水化物で、どっちが主食で、どっちがおかずか理解できない、あれだ。ちなみに、この社食で焼きそばが出ている時には、お好み焼き・焼きそば定食をやったこともある。まだ、若かったとは言え、よくやったものだ。この、お好み焼き・焼きそば定食はお好み焼き定食より、さらに炭水化物度がまし、まったくもって体に悪い食べ物だ。おいしいけどね。
 なんだ、協力会社の大食漢のことをなにも言えないじゃないか?そのとおりなのだが、おかげでお客様とは仲良くなれた。この客先の担当課長が関西の育ちで、東京から来た僕らの会社をあまり好いていなかった。特に社食はまじぃと言って、外にメシを食いに行く、僕の会社の主任をどうしても認めなかった。

 工場に勤める人も多く、工場の社食はたしかに広く、席は200ぐらいあったが、詰めるときは一週間も詰めていて、お互いの食事に出くわす。担当課長が、最初に僕がお好み焼き定食を食べているのに気づき、昼食の後の打ち合わせで言ってきた。
「あんた、東京もんなのに、お好み焼き定食なんて珍しいな。うまかったか?」
 僕は正直に答えた。
「腹も膨れて、なんていうんですかね、西の味がわかった気がします」
 いつもきつい表情の担当課長が笑顔になった。
「ははは。いいねぇ。あんま食いすぎるとわしみたいになるで」
 この時、客先と僕の会社は険悪になりかけていたが、この一件で担当課長が僕を信用してくれたようで関係改善ができた。
 しかし、これでは終わらなかった。担当課長がある時、会議が終わった夕方、僕がビジネスホテルに戻るためにプロジェクトルームを出ようとすると、僕に声をかけてきた。
「あんさん、粉ものが好きだろ?わしがいいところに連れて行ってやるから付き合え」
 さすがにお客様だ、断れない。それにビジネスホテルに戻ってもたいしてやることもない。
「接待にはできませんよ。それでいいのでしたら」
「みんなで割り勘だ。それなら問題ないだろ。さっさと来い、待っているんだ」
 待っている?なんのことだと思った。が、付いていった。

「おぅ、来ていたか」
 担当課長は店に入り、奥の座敷に声をかけた。そこには、僕より若い姿の女性がいた。担当課長の部署の課員だ。課長の席にうかがう時に何回か顔を合わせていた。そこで打ち合わせをしたこともある。クラス委員長のようなまじめな女性と感じていた。いつもは上着が作業服だが、今日は作業服を着ていないで、薄手の淡いピンクのブラウスが見えた。いつもはしている眼鏡も外していた。小さな公園に咲く花のようでかわいかった。
「じゃあ、ここからは二人で」
 そう言うと、担当課長は店を出て行ってしまった。しかたがないので、僕は座敷についた。
彼女から話を切り出してきた。「今日のメニューはわたしに任せていただけますか?」
 僕は「はい」と言うしかなかった。彼女は店員と親しげに話しながら、オーダーをしたようで、10分くらいすると、お好み焼きが出てきた。その間は会話がなかった。テーブルの鉄板の焼ける音だけが場を支配していた。
 お好み焼きが出てきて、僕から話しかけた。「ところで、今日は?」
 彼女は言う。
「わたしが学生時代から来ているお店でして。社食よりおいしいお好み焼きを食べていただきたいと思い、課長にお願いしました。それで仕事をがんばっていただければ。会社でお疲れと感じたので元気を出していただきたくて」
 そのお好み焼きはどれもおいしかった。ソースが特に絶品だった。たしかに社食のお好み焼きとは違っていた。黙々と僕が食べていると、彼女が言った。
「わたし、しっかり食べて、しっかり仕事をする方とお付き合いがしたくて」

[作者の声]
これは匿名掲示板のあるスレに投稿したものに、そこからのアドバイスで手を入れました。
作品(かもしれない)の舞台ですが、これはわたしの正規だった若いころの経験を基にしています。恋に関しては妄想ですがね^_^私小説ではないですよ。
担当課長はその時のクライアントの方をモデルにしています。
ただ、この作品はわかりづらいですね。テーマは西での仕事のやり方ですかね。

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