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『コード・ガールズ 日独の暗号を解き明かした女性たち』日本軍の暗号が最初から解読されていたというのは、誤った常識だった


日本軍の暗号は解読されていた?



たしか1990年前後、大学で原田勝正先生の日本史の講義を受けていて、おおよそ下記のような話を伺いました。うろ覚えなので恐縮ですが。


戦争開始直後、米国のどこかの日本領事館に、工事の人間を装った米国のスパイが入り込み、日本の暗号をコピーした。だから、日本の暗号は、ほぼ開戦時から米国に解読されていた。


原田勝正先生は、東京大学法学部を卒業され、鉄道史に大きな足跡を残された歴史学者です。ですから、1990年前後は、上記のように信じられていたと言って良いと思います。


しかし、実際にはそうではありませんでした。


コード・ガールズ 日独の暗号を解き明かした女性たち



2021年に日本語訳が出版された『コード・ガールズ 日独の暗号を解き明かした女性たち』が、その顛末を詳細に記しています。著者はアメリカのジャーナリスト、ノンフィクション作家ライザ・マンディ。


1990年当時、米国側の資料もあまり公開されていませんし、特に「暗号」という軍事機密に属する問題なので、米国側の関係者も長く沈黙を守っていました。


しかし、日本側から見ると、連合艦隊司令長官の山本五十六が暗号を解読されて飛行ルートで待ち伏せされて撃墜されたり、南洋に向かう補給船が片っ端から撃沈されたりしていたので、


「日本海軍の暗号は解読されていたんだ」


と信じられていたのだと思います。ですから、原田勝正先生も先述のような話をされたんでしょう。


しかし実は、米国側も事情は同じようで、この件について関係者は発言を禁じられていたので、人々にはあまり知られていなかったし、ちゃんとした調査もされていなかったようです。


そのためライザ・マンディが詳細な聞き取り調査を行って、2017年に米国で本書を出版すると、20万部を超すベストセラーになりました。


労作です。とても面白いです。


日本海軍もがんばっていた


まず、「日本海軍もがんばってたんだな」ということがわかります。


日本海軍の暗号、二重になっていたそうです。コードブックと乱数で暗号を作っていたそうです。


つまり、まず単語をコードブックで調べます。コードブックには、その単語に対応する5桁の数字(コード)が載っています。送信する文章の単語すべてで、このプロセスを繰り返して、一文を完成させます。


次に、乱数表と呼ばれる別の本を取り出して、無作為にページをめくって五桁の乱数を選び、最初のコードに加算します。二つ目のコードにも、次の乱数を加算する。この作業を続けて、一文が完成されます。


で、このコードブックと乱数表は、時期が来ると一斉に変更されます。日本海軍、一応がんばってたんですね。


したがって、もし米国側がコードブックを得たとしても、それが変更されたら一からやり直しになります。また、コードブックとは別に乱数表が必要になりますので、コードブックを得ただけでは暗号は解読できません。


差別されていた女性の大量活用


で、米国は、正面から暗号を解読することに挑みます。


そして、さすがに合理的だなと思うんですが、この暗号解読作業に大量の女性を活用します。


さて、ここで、現代の我々には想像できない事柄が二つあります。


ひとつは、当時、1940年前後、米国であってさえ、女性差別が社会全体に蔓延していたことです。


米国で女性に選挙権が与えられたのは1920年(大正9)だそうです。日本で女性に選挙権が与えられたのは1946年(昭和21)ですから、それでも日本に比べればだいぶ早いわけですが、本書の主役の女性たちが少女の頃の出来事です。


また、当時、学問をする女性は煙たがられ、4年生大学を修了した女性は人口の4%に過ぎず、そもそも女性の入学を禁止している大学も多かったそうです。


苦労して卒業しても、女性のつける仕事は教師か看護婦で、しかも地方の教育委員会の3/4が「(女性は)婚姻の禁止」つまり「結婚したら退職しなければならない」「既婚女性は雇用しない」という規約がありました。電話会社等女性を雇用する企業の大半にも同様の規約があったそうです。


ひどいですね。


しかし、そんなひどい時代でも学問にいそしんだ立派な女性たちに光が差します。


戦争が始まって、労力が必要になり、米軍関係の各種機関(陸軍、海軍、戦略事務局、FBI、等々)が、教育を受けた女性を大量に求め始めたからです。


現代の我々には想像できない事柄のもう一つは、「コンピューターがない」ということです。だから、大量の計算を、誰かが行わなければならないわけです。しかし、男達の多くは、戦場にいます。そこで、女性が活用されます。


壮大な歴史の影をつむぎだす


作者のライザ・マンディは、女性問題や労働問題の専門家で、この二つの事柄をつなぎ合わせて壮大な歴史の影をつむぎだしました。つまり、米軍による日本軍の暗号解読の史実と、米国でさえ差別に苦しんでいた女性たちが活躍を始める史実です。


おすすめです。