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榊莫山『書のこころ』〜優れた「書」には人生と人格が投影されている


書家・榊莫山


すごく昔、榊莫山という書家がNHKの教育テレビで30分番組をやってましてね、それがすごーく面白くて、今も心に残っています。

榊莫山という人は、とても面白い語り口を持った先生で、それは行儀のよい感じではなく、ある種の破天荒さを持った面白さでした。


おそらく、若い頃から才能を讃えられながらも、書の、なんというか書壇というのか、書の社会というのか、そーゆーものの時代遅れの手法や常識に疑問を抱いて決別し、独自の道を行ったことによるのだろうと思います。


それは、学徒出陣で出征した「戦後派」だったということも関係しているだろうと思います。戦前あった権威が一斉になくなって、新しいモノを浴びるように受け入れた世代ですね。


そんなバックボーンを持った榊莫山の豊富な知識と豊かな感性で千年以上続く素晴らしい「書」の世界の扉を私に開いてくれました。


たぶん、ですが、番組後、片岡鶴太郎も榊莫山のモノマネみたいなことを始められたので、多くの人に影響を与えたのではないでしょうか。


書のこころ


番組の内容は、この↓『書のこころ』のような話でした。もしかすると番組が好評だったから、番組の内容を基にこの↓本を作ったのか、どっちが先だかわかりませんが、今読んでも素晴らしい本です。


この番組で榊莫山に教えられたのは、


優れた「書」には人生と人格が投影されているのだ


ということです。つまり「書は芸術なんだ」と。


「書」というのは、ま、ただ文字を書いたものなわけで、私のような不案内者は意味の伝達といいますか、ただ意味だけを受けとってたわけなんですが、そーじゃないんだ、と。


石川啄木を例に


たとえば、『書のこころ』の中に紹介されている事柄ですが、石川啄木に、


函館の
青柳町こそ
かなしけれ
友の恋歌
矢ぐるまの花


という歌があります。美しく悲しい歌です。

この歌の歌碑が 函館の摺鉢山にあるそうで、そこには啄木がペンで書いた字が刻まれています。

『書のこころ』より


この啄木の歌を、啄木の書で読めば、また違う感慨があるだろ?と莫山先生は教示してくれるわけです。


明治という古色蒼然とした時代に、歌を作っても書を書いても平安王朝のイメージが幅をきかせるというか、そればっかりの時代に、啄木は歌でも書でも近代の新しいイメージを創り出したのだ、と。

啄木は、筆の字もよいし、ペンの字もまたよい。ペンを走らせるとき、かなりの単純化を見せて美しい。虚飾をさけ、饒舌をこばみ、その風景は素朴で明るい。

(略)

もはや、言うべき言葉はいらぬ。啄木の歌はまばゆく、文字はとびきり美しい。

『書のこころ』


ありますね。確かに違う感慨があります。ありませんか?


なるほど、榊莫山の言うように、美しいです。


啄木の体臭、まっすぐな性根、根本的な明るさ


そして、啄木の体臭、まっすぐな性根、根本的な明るさ、みたいなのが何となーく伝わってきます。


このペン字を見て、金田一京助の気持ちが何となく理解できました。


有名な話ですが、金田一京助は石川啄木とは盛岡高等小学校時代からの親しい友人(京助が3歳先輩)で、大人になって上京してきた啄木の問題、生活力がなく、浪費癖があり、しばしば問題を起こしていることに対してひとかたならぬ援助をしました。


それは、もう、食事をおごる、書籍代を立て替えるに始まり、下宿屋にツケをためすぎて追い出された啄木のために、自分の大切な蔵書をほとんど、金田一京助は大学時代から研究者ですのでね、蔵書ってのはものすごく大切なモノなわけですが、それを荷車二台分売り払って、啄木の下宿先を確保してやったそうです。


親しい友人というより、もうパトロンですね。


実際、京助には、啄木という古い友人・親友の天才を世に出したい、大成させたいというパトロン的な気持ちもあったようです。


が、それを金田一京助のご夫人が嘆き、それを息子の金田一春彦が聞いて、本に記したり、テレビで話したりしていました。それを聞いて、わたしなんかは、


「啄木、ひでーやつだな」


と思っていたんですが、啄木のペン字を見て、何となく金田一京助の気持ちが理解できました。なんとなーく、ですがね。