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眠れる獅子|小林大輝『植物癒しと蟹の物語』【本文公開2】

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#note の読書感想文コンテスト「 #読書の秋2021 」の課題図書、
小林大輝さんの著書『植物癒しと蟹の物語』の
本文P25〜37を公開します。

*コンテストのお知らせはこちらをご覧ください。

#植物癒しと蟹の物語

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眠れる獅子


 こんな夢を見ました。

 ぼくは形のないぶよぶよとした影のような姿をしています。周りにもたくさんのぶよぶよがいます。ぼくらの目の前には次のような看板があります。

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「シ」が指し示す先に道は続いていません。あるのは底すら見えない深い谷へと続く絶壁だけです。
「ヒト」が指し示す先には、曲がりくねった長い道が続いています。その遥か先には光り輝く美しい城が見えます。
 看板のすぐそばには小屋がありました。中はいくつもクローゼットが並んだ衣装部屋になっていて、さまざまな衣服が用意されています。取り揃えられた衣服には必ずどこかに「Reason」という小さな刺繍がしてありました。

 ぼく以外のぶよぶよはみんな一斉にヒトの道を選んで、わっと集まりました。
 衣装部屋で自分の好きな服を身に纏うと、ぶよぶよはどんどんヒトの形になっていくのです。ぶよぶよが固まってすっかりヒトになった者から順に城を目指して走り出しました。
 ぼくもクローゼットから服をいくつも取り出して一生懸命考えてみたのですが、自分に合う服はどうしても見つかりませんでした。さんざん服を選んだ挙句、探し疲れたぼくは、どうやっても自分がヒトの道を行くことはできないのだと悟りました。

 決して死にたくはないけれど、しようがないので、ぼくはぶよぶよなまま、崖から飛び降りることに決めました。
 崖に近づくと、空気が熱を帯びていくのがわかります。どうやらこの谷底からは地熱が噴き出しているようです。わずかな硫黄の臭いが鼻につきました(ぶよぶよな体のどこに鼻があるのかはわからないけどね)。
 ぼくはペタペタと歩みを進め、南極のペンギンよろしくわずかに腕らしき部分をパタパタとさせながら、谷の底へ飛び込みました。
 このまま自分は死んでしまうのだろうかとぼんやり思いながら、真っ逆さまに落ちていったのですが、下へ降りていくにつれて、谷底から噴き上がる蒸気と熱風がぼくのぶよぶよを乾かし、体の周りに纏わりつく影をすっかり取り払っていきました。

 いつの間にか、ぼくはいつもどおりのぼくに戻っていました。谷底が近づいてきましたが、熱風が噴き上がるために落ちる速度は軽減され、ぼくはしなやかな四肢で怪我ひとつなく着地することができました。

 谷の底は火山のようでした。熱気に包まれて、岩や土は赤黒く禍々しい色をしています。地表のあちこちに小さな穴が空いて、やかんのお湯が湧いたときのように蒸気が目一杯、噴き出しています。
 灼けただれた肌に包帯を巻いたヒトたちがたくさんいます。みんなしゃがみこんだり、膝をついたり、呻いたりしています。
 彼らはヒトの姿をしてはいますが、みんなまだどこかに影があって、体がぶよぶよとしています。よくよく見ると、巻かれている包帯にはやはりReasonと書いてありました。

 包帯のヒトたちのさらに向こう側には、地上と同じ、光り輝く美しい城が堂々と立っていました。
 ひとつだけ地上と違ったのは、その城が絶えず、霧のように濃い水蒸気を立ち昇らせていたところです。水蒸気の温度はきわめて高く、触れたらやけどしてしまいそうなほどでした。
 城の門前には立派な赤いたてがみを生やしたライオンが前足を揃えて座っています。
 近づいてみると、ライオンの赤いたてがみは本当に燃えているのでした。まじまじと見つめても、ライオンはずっと目を瞑ったまま、動こうとはしませんでした。

 観察してわかったのは、どうやら地上にある城が、地底から昇る蒸気の陽炎が生み出している幻だったということです。
 城が光り輝いて見える理由は、ライオンの燃やし続ける炎がライト代わりとなって城を照らし、立ち昇った水蒸気のスクリーンに谷底の風景を映し出すからでした。つまり、本当の城は地底深くに眠っていたのです。

 ぼくは興味津々で、門前のライオンに話しかけようとしました。すると、ライオンは目を瞑ったまま、地響きのように深く揺れる声でしゃべり始めたのです。

「わたしは眠れる獅子だ」

 彫像のように完璧な姿勢を崩し、眠れる獅子は動き出しました。それでも決して目を開こうとはしません。だというのに、彼は地表から噴き出す蒸気の穴をいとも容易く、くぐり抜けてぼくの前に立ちました。

「どうして眠っているのに地面が見えるのですか?」

 不思議になって眠れる獅子に尋ねましたが、彼は目を瞑ったまま答えようとせず、ぼくに問いかけました。

「なぜお前はこの道を選んだのだ」

「しようがなくです」
「しようがないとは何事だ」
「ぼくに合うヒトの服がなかったんです」
「あの衣装部屋に置かれた服が何か、お前にわかるか?」
「すべての服にReasonという刺繍が施されていました。あれはここで流行りのブランドなのですか?」
「そうだ。Reasonは近年、ヒトの間で大流行中の人気ファッションブランドだ」
「なるほど、トレンドなんですね」
「ああ、もうここ2000年ほどずっとだ。もしかしたら、もっとずっと前からなのかもしれん」
「Reasonはどういうブランドなのですか」
「その名のとおりだとも。『理由』だ。Reasonというブランドを愛する限り、すべての物事には理由があり、すべての人間には生まれた意味があるのだ。Reasonを身に纏うことでお前の見たぶよぶよの影たちは初めてヒトとして認められる。いま、ヒトの間ではReasonの服を身につけぬ者は、もはやヒトではないとさえ考えられているらしい」

 ぼくはうーんとうなり、首をひねって眠れる獅子に尋ねました。
「Reason以外に何かよいブランドはないのですか」
「ある。ひとつだけある」
「なんという名前ですか」
「もうひとつ、看板に書いていたとおりだ」
「Nothing?」
「そうだ、それがわたしのお気に入りのブランドだ」
「それはぼくにも着ることができますか?」
「着ることはできない、だが、お前はすでにわたしと同じくNothingのユーザーだ」
「どういうことですか?」
「Nothingは着ない服なのだ」
「服なのに?」
「それこそがNothingの一番格好良い着方なのだ」
「身に着けていないのに?」
「そうだ、洒落ているだろう?」

 目を瞑ったまま息巻く獅子の鼻息は荒く、たてがみが轟々と赤く燃え上がり、城はよりまばゆく輝きました。
「わたしは夢を見ている。お前も夢を見るといい」
「おひるねしていいんですか?」
「もちろんだとも」
「わーい」

 ぼくは喜んで目を瞑り、夢を見ることにしました。そうしたところでひとつ気がついて尋ねました。
「でも、ここは夢の中では?」
「夢の中で夢を見てはいけないという道理が?」
「ありませんね」
「しからば思うがままに眠るがいい」
「はい」

 ぼくは思うがままに眠りました。眠りながらでも体が勝手に動いて、亡者にあふれる地底を歩いていくのがわかりました。眠れる獅子の声がします。

「忘れるな」

 ぼくはうなずきましたが、夢の中だから起きたらきっと覚えていないだろうと思いました。眠れる獅子は言いました。

「Nothing But Dream」

 そこでぼくは目を覚ましました。ぼくは体がぶよぶよじゃないことを確かめてから、伸びをして屋根を降りると、また散歩に出かけました。


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ここまでお読みいただきましてありがとうございます。

次回は10月24日(日)に
P39〜44「六畳一間の宇宙旅行」を公開します。
お楽しみに!

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