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わたしが撮りたいもの

「なにを一番撮りたいと思って写真を撮ってるの?」

と言われて、ドキっとしたことがある。

恥ずかしながら、考えたこともなかった。

「上手だね」「きれいだね」「すごいね」「また撮って欲しい」「可愛く撮ってくれてありがとう!」

そう言われて嬉しかったし、写真を撮るのは楽しかった。それだけだったから。

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それ以来、長いこと考えていた

たしかに、なにが撮りたくて写真を撮ってるんだろう

なんでもいいわけじゃない、撮りたいもの、撮りたくないものはちゃんとある

でも、それが何なのかは、はっきりと分からない。

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ここ3年程、子どもの撮影をメインにした写真スタジオに勤めている

カメラマンとして撮影をするほかに、七五三の着付けをしたり、ヘアメイクをしたり、子どもの目線をとったり、笑顔を引き出したり、予約の処理をしたり、企画をしたり、いろんなことをしている

中でも、やっぱり写真を撮ることが好きで、特に家族写真や、子どもの何気ない一瞬を撮るのが特別好きだった。

撮影後のスライドショーで、感動して涙を流してくれたひともいる

感謝の言葉もたくさん頂くし、わたしを指名してくれるひともいる

もともと保育士をしていて、子どもが好きだったし

今の仕事は好きだし、喜んでもらえているし、「誰かの幸せを撮ること」が写真を撮る上で一番やりたいことかしら?

と、なんとなく自分の中に答えを出していた。




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2018年の11月末、祖母が亡くなった。

あと1ヶ月で87歳になる年だった。


祖母は、2年前に脳梗塞を起こし、介護施設に入所していた。

わたしの家から祖母のいる施設まで、2時間半くらいなので、月1を目標に会いに行くようにしていた。

だから、亡くなったと聞いたときも、状態があまり良くないことは見て分かっていたし、

「もっと会いに行ったら良かった」とか「こんな顔だったっけ」みたいな、そういう感情は湧かなかった

ただ、亡くなった日の翌日に、会いに行く約束をしていたので、「なんで待っててくれなかったの」なんて、思っちゃったりはした。

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近しい身内が亡くなるのは初めてのことだったので、段取りが分からず

葬儀のためのスケジュールの調整など、目の前のことを片付けるのでいっぱいいっぱいだった

そんな中、母から「あの写真を遺影にしたいから、データがあれば送って。なければプリントがあるからいいよ」

という連絡がきた。

祖父母の写真を撮るたびに、コンビニでプリントをして渡していて、その中の1枚を遺影にすると言ってくれたのだ

ただ、その写真は何かのついでに数枚撮っただけのものだったので データを管理しているハードディスクの、どのフォルダに入っているか全く検討がつかず、ひとつずつフォルダをあけて 確認していくしかなかった

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プリントからスキャンして作れることは分かっていたけど、せっかくなら 画質が良いもので遺影にして欲しい…と思って頑張って探した


ひとつひとつ、フォルダをあけていく中で

ほんとうにたくさんの写真をみた

今まで撮った写真を、ほとんど全部みた。

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なんでもない日の なんでもない あの写真が

今みると、宝物

残しておいてよかったと、心から思う

そんな写真がたくさんたくさんあった

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「やっと分かった」

声に出ていたと思う。

わたしが撮りたいものは、"いつか宝物になる写真"だ。

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ピントが合っていなくたって、どんな構図だったって、どんな瞬間だったって、どんな日常も、どんな小さな欠片でも、その時はなんとも思わなくても、

愛がこもった写真は、いつか宝物になるんだ、

ということが体感で分かった。

だけれど、今のわたしにはどうしても、当時の写真の撮り方が気になってしまった

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もちろん、どんなに下手な写真でも
そのままで 充分宝物であることは分かってる

でも、もっとちゃんと、設定が上手くいっていたら もう少し表情が見えたかも とか

そもそも撮れていたから良かったものの、ちゃんとフィルムが巻けていなかったら、その写真はここには存在しなかっただろうなと思うし。

カメラを買ったばかりの頃に、祖父母を2人並べて撮った写真は、何故か正面からじゃなくて 祖父側から斜めに構図を構えて撮っていたから、祖母のピントは甘く ぼんやりしてしまっていた

そんなのがたくさんあった。

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だからわたしは、確かな技術が欲しい

知識が欲しい、経験を積みたい。

気が散る部分なんて1ミリもない、まっすぐに良い写真が撮りたい

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愛を伝えるのにも技術が必要なのだ

いつか見返したときに、「良い写真だけど、ちょっと暗いわね」なんてお粗末な感想を持たれたくない

「これは一生の宝物だね」

まっすぐにそう思ってもらえる写真が撮りたいのだ、と

祖母の遺影を探しているうちに気がつかされた。

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わたしは、女の子のポートレートを撮ることも好きなのだけれど

それも、そうだ。

女の子を可愛く撮るのだって

その子の、その時にしかない魅力を

最大限に残して、いつかの宝物になってほしい

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長い間、上手く言葉に出来ないでいたことに

やっとフォーカスが合って

向かう先、頑張ることが分かったような気がする。

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遺影にする写真のデータも無事に見つかり、葬儀も滞りなく終えた。


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誰かの宝物を増やすことができますように。

誰かの宝箱を、溢れるくらいいっぱいにできますように。

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わたしはあと、真面目に頑張るのみです。

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わたしの撮りたいものが、はっきりと分かったよ、おばあちゃんありがとう。というお話。

おわり

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