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ニッチなお店の生存戦略 〜日本初のひやむぎ専門店の始め方〜

ひやむぎ専門店という超ニッチなお店を始めたのが2020年。錦糸町の今の店舗に移転してから丸2年間が経ちました。ありがたいことにこれまで12,000人以上のお客様にご来店いただき当店のひやむぎを食べてもらうことができました。

また、メディアの取材も多数あり、日テレ「王様のブランチ」、TBS「シューイチ」、テレ朝「まつこのかりそめ天国」、テレビ東京「アド街ック天国」、読売新聞、散歩の達人など多くの媒体で取り上げてもらいました。本当にありがとうございます。

こういった経験の中で「ニッチなお店が戦うにはどうすればいいのか」というノウハウが少しずつ見えてきたので、これからニッチなお店を始めようと思っている人の手助けなればと思いこのnoteを書こうと思います。

「こんな人におすすめ」
・ニッチなお店をこれから始めたい
・ニッチな商品に関する知識や造形が深く店舗運営に興味がある
・ニッチなお店の立ち上げのリアルな話を知りたい

【簡単に自己紹介】
大学卒業後、2008年に大手化学メーカーへ入社。実家の蕎麦屋を継ぐために神楽坂にある蕎麦の名店で修行し、蕎麦・うどん・ひやむぎのノウハウや技術を習得。2013年にうどん居酒屋を開業し、2018年に都内製麺所へ売却。3ヶ月ほどIT系会社に所属し、2021年より「特撰ひやむぎ きわだち」を本格的にオープン。


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まず、大前提としてお伝えしたいのは、
「ニッチなお店はそんなに儲からない」
という事実です。

もしニッチなお店をやることでお金持ちになりたい!、とか考えている人はほぼ無理だと思った方がいいです。残念ですが…。

そもそもニッチな商材というのは世の中の需要が低いのとイコールです。需要が少ないのに爆発的に売れることはあまりありません。

一方で、ニッチな商材は参入するプレーヤーが少ないため、長期的に見れば生き残る可能性は高くなりますし、その分野での第一人者になれるのでメディアなどに取り上げられることも多いです。

今回タイトルに「生存戦略」と掲げたのも、「ニッチなお店は生き残れるかどうかが全て」だと考えているからです。そして、生き残るためには「そこそこ精度の良い戦略」が無ければ難しいと思います。

ここで「そこそこ精度の良い戦略」と書いたのは、自分が戦略コンサルでもなければ特別に頭の良い人間でもない、という自信があるからです。ただ、事業に関する勘所みたいのは悪くないと思っているので、こういう表現にしてみました。

ズバリ、最初に知っておいて欲しいことがあります。それは、「事業は市場→製品→戦略→戦術の順番にインパクトがある」ということです。この思考フレームは今のお店をやるにあたってめちゃくちゃ重要だったのであえて2回言います。

『事業は市場→製品→戦略→戦術の順番にインパクトがある』


これはアメリカで起業し、最近会社を売却したFondの福山太郎さんが仰っていたことで、私はこの方のインタビューをおそらく100回以上聞いています。

表向きはIT系ベンチャー企業(SaaS)向けですが、一般的な経営全般を包括する内容なのでどのようなビジネスをやるにしても参考になります。

冒頭でも話してますが内容が濃くて1回では学びきれないので、経営者の人は1.5倍速とかで最低でも3回は聞いた方が良いです。

福山太郎さんについてはこちらをどうぞ。

冒頭で「ニッチなお店は儲からない」と言ったのも事業に最も影響力を及ぼす「市場」が狭いのがニッチ産業だからです。

一方で、市場という言葉には大きく2つの意味が含まれていて、市場の大きい・小さいという「市場の量」と、市場に対する理解度や相性などの「市場の質」があると思っています。

ニッチなお店を始める場合には、特に後者の「市場の質」を理解し、それに合わせて「既製品より10倍優れた製品」を作り、「そこそこ精度の良い戦略」を立てて、「具体的な店作りに反映させる」、ということが必要です。

このnoteでは、日本初のひやむぎ専門店を始める前の私がどういった思考で開業に踏み切り、具体的にどのような戦略で店づくりをしたのかを紐解いていきたいと思います。


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私は2020年3月末でグルメアプリの会社を退職し、新しいお店をやることは決めていました。ただ、この時点では何をやるかはあまり具体的ではありませんでした。

そんな時にふと「そういえば以前ひやむぎ屋をやろうと思ったことがあるな!」と考え、ちょっと調べてみようと思い立ちます。

まず最初にやったことは「競合の有無」の調査です。食べログやGoogleを用いて「ひやむぎ専門店」などのキーワードで検索をかけてみました。

すると、そうめん専門店や蕎麦屋・うどん屋がひやむぎを提供してるのは見つかりましたが、ひやむぎを専門にしているお店は日本全国どこにも無いということが分かりました。

ひやむぎ専門店と「自分との相性」についても考えてみます。私がかつて修行していた蕎麦屋はひやむぎも自家製で作っており、それに感動したという原体験がありました。また、うどん居酒屋時代にも自分でひやむぎを作っていて、ひやむぎの製麺についての知識やノウハウも十分に持っています。

競合が少なく、自分の経験を活かせるという意味でひやむぎという市場は、かなり「市場の質」が良さそうに思いました。

個人的な印象として、市場の質の重要度は「競合の有無<自分との相性」です。

お店の開店は初期投資も大きく、最低でも3年は粘らないとある程度の成果は見えてこないので、自分の経験や知識が活かせて長く続けられる自信がなければやらない方がいいです。

その自信の確かめ方も福山太郎さんは「30日連続でブログを書いてみる」や「顧客との時間を楽しめるかどうか」で判断できると言っています。

すごいですね。経営におけるあらゆる疑問や問いに超的確に答えてるんで本当にインタビューは聞いてほしい…。

話を戻しますが、特に後者の「顧客との時間を楽しめるかどうか」はかなり重要です。

私はひやむぎのことをより多くの人に知って欲しいので、来店したからお客さんに結構話しかけるようにしています。

そういった中で、そうめんとの違いやひやむぎの作り方、ひやむぎの歴史などについて話している時間が楽しいですし、お客さんも「ひやむぎってそういう麺だったんだね」と、来店前よりもひやむぎに興味を持って帰ってくれています。

お客さんとのコミュニケーションの中で気づくことや新しい発見もあるので、どんな事業を始めるにしても顧客との時間を楽しめない事業はやらない方がいいです。


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この時点でほぼほぼひやむぎ専門店をやる決意が固まりました。ただ、一方で不安もありました。「こんなニッチな専門店でやっていけるのだろうか?」という問いです。

実際、近しい人にひやむぎ専門店の話をすると「正直、無茶な気がする」とか「冬はどうするの?」などのネガティブな意見がほとんどでした。

この時、IT企業で勤務した経験が活きました。IT企業では新規事業を立ち上げるときに「まずはMVPを作れ」と言います。

「MVP」と聞くと野球やサッカーの試合でその日に最も活躍した選手のことだと思いますよね?私もそうでしたので大丈夫です笑。

ここでいう「MVP」とは「Minimum Viable Product」の頭文字を取ったもので、「顧客のニーズを満たす最小限のプロダクト」と言われています。

詳しくはリンク先を読んで欲しいのですが、初めての人にも分かりやすい言葉で言うと「本格的な事業を立ち上げる前に、最小限の費用をかけて実験をしましょう」ということです。

なぜこれが重要かというと、店作りにはかなりの初期投資が必要になるので「やってみたら駄目でした。」では済まないからです。

個人事業であれば借入も必要になりますし、その後の人生にかなりの影響を及ぼす危険性があります。

そのリスクを少しでも減らすために、本格的に店を作る前に一度お試しをしてみよう、ということですね。

個人的には、このMVPのメリットは失敗のリスクを減らすだけでなく、成功の可能性も大きく広げるものだと思っています。

店作りというのは一度完成してしまうとやり直しの効きづらい事業です。店舗が出来上がってから「ああすれば良かった、こうすれば良かった」というのは日常茶飯事。今のお店ですらできれば作り直したいです笑。

MVPを通して顧客の反応や失敗を見返すことで、最終的な店作りに必要なデザインや間取り、什器などがより具体的なイメージとして明確になります。

宇宙兄弟でも「失敗を知って乗り越えたモノなら、それはいいモノだ」と六太が言っていますが、まさにその通りだと思います。
(宇宙兄弟は最高の漫画の一つです)

では、具体的に私がとった行動はなにか。それは「初期投資の少ない居抜き店舗でひやむぎ専門店を出してみて、どんな反応があるか見てみよう」というものでした。

「最小限の投資で実験店舗を出してみて、反応が良さそうだったら本格的な店を作るし、無理そうならすぐに撤退しよう」という感じです。

ここからは毎日のように物件情報サイトを漁る日々が続きます。2020年のコロナ真っ最中であったのも幸いし、通常だとなかなか出ない好条件の物件が浅草で見つかりました。

この時に考えていた条件は以下の通りです。

  • 家賃や敷金・礼金など賃貸借費用が安い

  • コロナ禍でも人が集まる地域

  • 製麺場所(亀戸)から近い

  • ワンオペ営業ができる広さ

  • 厨房機器や椅子などの備品が揃っている

実際の物件はこんな感じでした。

  • 家賃や敷金・礼金など賃貸借費用が安い

    • 広さは9坪で家賃は税込16.2万円(坪単価18,000円)。敷金のみ3ヶ月。物件取得の初期費用は100万円程度(しかも敷金の40万は戻ってくるので実質60万)。

  • コロナ禍でも人が集まる地域

    • 浅草駅からは徒歩15分だが、浅草寺の本殿からは徒歩5分以内。近所にはミシュラン獲得のおにぎり屋や有名な大学いも屋、喫茶店などがあり人の流れはある。

  • 製麺場所(亀戸)から近い

    • バイクで15分程度。

  • ワンオペ営業ができる広さ

    • カウンター席3席、テーブル席3卓でギリギリワンオペ営業可能で直前のお店もワンオペだった。

  • 厨房機器や椅子などの備品が揃っている

    • コロナ禍での撤退で全てを置いていった。一部、リース品の返却したのと譲渡費用、床の補修などで25万程度。

実は私は店を開業する前に「店舗開業分析シート」というスプレッドシートを使って独自に分析していて、この時もこのシートを参考に出店の可否を精査しました。

【店舗開業分析シート】

そこまで精度の高いものではありませんが、開業費用や席数、回転数など飲食店の売上に必要な条件を入れるとざっくりとしたシュミレーションができるので結構重宝しています。

政策金融公庫などで融資の相談をするときにも使えますし、数字が分かると具体的なイメージが湧くのが良いところですね。自身の生活費と照らし合わせれば、将来的に必要な売上条件なども大まかに予測できます。

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店舗開業分析を見て分かるように、結果的には約100万円程度(敷金は戻ってくる前提)でお店をオープンすることができるました。

通常、飲食店をイチから作るとなると約1000万円、どんなに条件が良くても500万円はかかると思うのでかなり低コストでの開業だったことが分かります。ある程度うまくいけばこの投資分すら早期に回収できる可能性があります。

什器や備品もほぼ揃っていたので、6/16に賃貸借契約して2週間後の7/1にはオープン。ゆで麺機などの大型什器は一切購入せずに大きめの鍋で対応しました。看板もケチっているのでロゴを印刷した透明シールを貼り付けただけです笑。

こうして始まったMVP店舗ですが、大きな狙いは2つありました。一つ目は顧客の反応、二つ目はメディア取材の有無です。

ここで再び最初に話したことのおさらいです。「事業は市場→製品→戦略→戦術の順番にインパクトがある」とお伝えしました。

このMVP店舗で検証したかったのは、市場の次に重要な「製品の品質」と「戦略の正しさ」です。

まず、「製品の品質」に関してですが、個人的にニッチなお店をやるのであれば、「既製品の10倍優れた製品である」ことが必要だと思っています。

具体的に言うと「思わず他の人に伝えたくなるほどの感動がある」ということです。浅草時代には以下のような口コミがInstagram、食べログ、Google Mapで投稿されました。

【Instagram】
【食べログ】
【Google Map】

ニッチな商品なので大勢の需要に答えるものではありませんが、一部の人にめちゃくちゃ刺さるかどうかが重要になってきます。

「1000人に好かれるよりも、3人に愛される製品」が作れるまで試行錯誤が必要です。

次に、「戦略の正しさ」について書こうと思いますが、その前に店舗運営で最も重要なことをお伝えしなければなりません。

それは「店舗運営の成功の80%は集客で決まる」ということです。

飲食店でも、アパレルショップでも、スーパーでも、店舗運営を実際にしている人は1年に100回くらい「マジで集客大変…」って思っています。

店舗の集客方法については、様々な書籍も出てますし、ネットにも情報がたくさんあるのでここで詳細に語ることはしません。

ただ、私がMVP店舗で検証したかった戦略とは、まさにこの集客に関わることで、具体的に言うと「メディアからの取材があるかどうか」でした。

私がこの時に考えていた思考をざっくりお伝えすると以下のような感じでした。

『ひやむぎは市場も狭く、ニッチ過ぎる。そもそも普通の人は「ひやむぎ専門店」で検索することも無いだろうから、ネットやSNSでいくらバズっても集客にはそれほど繋がらないだろう。蕎麦屋やうどん屋と違ってふらりと入るお店でもなく、口コミで広がるのも待つにしても時間がかかりすぎる。となると、このお店を目的に来てもらわなければならず、より信用度が高く、よりマスに届けられるメディア(テレビや新聞、雑誌など)で紹介されることが最も集客に繋がるのでは?』

クラウドワークスの吉田社長が「創業時は1ヶ月に2回プレスリリースを出すことを目標に逆算してネタを探していた。ユーザーも社員も川の流れのようなものだから水を絶やしてはならない。」ということをPodcastで話していて、まさに店舗集客もこれと同じだと思っています。

みなさんも体験したことがあると思いますが、多少なりともお客さんがいるお店って安心しませんか?一方で、お客さんが誰もいないお店って入りづらくないですか?

基本的にお客さんが常にいるお店は、お客がお客を呼ぶ状態を作りやすいと感じています。

つまり、「人の流れをどうやったら作れるか」は店舗を開業する際に絶対に考えなければならいことなのです。


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このMVP店舗は2020年7月1日にオープンして2020年11月23日にクローズしました。営業日数で言うと118日間。1308人の方にご来店いただきました。

検証対象であった「製品の品質」、「メディア取材の有無」ですが、両方とも合格点だったと思います。

まず「製品の品質」については、先程挙げたように多くのお客様から好意的な口コミをいただくことができました。また、「メディア取材の有無」に関しても、テレビから4件、雑誌から1件、ウェブメディア1件の取材依頼がありました。

さらに、このMVP店舗を通していくつかの大きな学びがありました。

  • メディア(特にテレビ)からひやむぎの製麺を見たいとの要望が多い

  • 人生で一度もひやむぎを食べたことの無い人も多く来店する

  • 寒くなる(11月以降)と売上が激減する

  • そうめんとの違いなど、ひやむぎに関する質問をよく聞かれる

これらの学びは現在の店舗を作るベースになり、今の店舗を比較的早く軌道に乗せられた要因だと思います。

  • メディア(特にテレビ)からひやむぎの製麺を見たいとの要望が多い

    • 店内に製麺機を設置するスペースを確保し、製麺機を中心に厨房の設計を行う

  • 人生で一度もひやむぎを食べたことの無い人も多く来店する

    • 初来店客には市販の乾麺のひやむぎを提供して食べ比べをしてもらう

  • 寒くなる(11月以降)と売上が激減する

    • 閑散期の固定費を減らすために、立地が悪くても家賃が安く、人件費のかからない規模の物件にする

  • そうめんとの違いなど、ひやむぎに関する質問をよく聞かれる

    • ひやむぎのことをまとめたサイトを作り、席に置いたQRコードからアクセスできるようにする

もしこれからニッチなお店を開業するのであれば、ぜひMVP店舗を出して効果検証してからの店作りを強くおすすめします。

2020年当時はコロナ禍で条件の良い物件が比較的多かったのですが、現在は条件の良い物件はかなり少なくなっています。それでも、ポップアップや間借り店舗などMVPができるサービスはいくつかあると思うので、そちらを試してみてから本格的に動いても遅くは無いはずです。

なぜなら「ニッチなお店は生き残れるかどうかが全て」だからです。


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私個人の想いとしては、もっとニッチなお店ができて欲しいと思っています。

ただ、ニッチなお店の運営は本当にしんどい。通常の飲食店ですら3年で7割が廃業すると言われるのに、ニッチなお店だと9割以上が3年で廃業に追い込まれると思います。

しかも、これまで店舗運営をしたことが無い人にとっては全てが手探りで、店舗を作ったはいいけど気付いたときには借金だけが残っている、という最悪のケースもあり得ます。

「ニッチなお店を出したいけど、何から手を付ければいいか分からない!」という人にこのnoteが届けば、少しでもそういった悲しいことを回避できるのではないかと考えています。

ニッチなお店の運営は大変ですが、ご来店のお客様から、

「ひやむぎの概念が変わった」
「ひやむぎは好きじゃなかったけど、これは美味しい」
「市販のひやむぎはもう食べられない」

といった「美味しい」以上の言葉をいただけると、毎回心の中でガッツポーズをしています。

また、ひやむぎ専門店を始める前には「こんな馬鹿げた店をやる人間は日本中を探しても自分しかいない。だから自分が頑張るしかない!」という使命感にも似たモチベーションがありました笑。

多分ですが、ひやむぎ以外にも知られざる美味しい食材や珍しい工芸品など日本各地にたくさんあると思います。ぜひそういったニッチなお店の開業や志をもつ人の登場を心待ちにしています!

ご意見やご感想、もしくは知っているニッチなお店の情報がありましたら、コメント欄やXでポストしてもらえると嬉しいです。

引き続き、よろしくお願いします!


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