見出し画像

「母乳」という言葉

「母乳」という言葉について考える

「母乳」について語ると、おっぱい左翼、おっぱい右翼などの思想信条になりやすいため、今回は言葉の意味とその言葉が誕生した背景について考えてみたいと思います。

「母乳」を英語でいうと、
“Breast milk”, ”Human Milk”であり、”Mother milk”ではありません。

日本語の「母乳」という言葉は、母子との強い関係を表現し、誰もその間に入ることができない印象を与え、多くのお母さんたちにプレッシャーを与える言葉で、とてもセンシティブな言葉です。そのため、気軽に話題にしたり、議論する対象になり辛い言葉になっています。

「母乳」という言葉の誕生は、大正時代

実は、「母乳」という言葉が誕生してまだ100年です。
1920年ごろの大正時代、農業中心の社会から都市型の生活に移行する過程で、「男性は外で働き、女性は家を守る」という考え方が出てきた頃に、「良妻賢母」という考え方が女性のあるべき姿と定義される中で、作られた言葉と言われています。
大正時代に都市型の生活が増えたと言っても、いきなりみんなが農業中心の村から都市へ移動して生活したのではなく、少しずつ都市型の生活をする人が増え、従来の農業を中心とする生活の人の割合が下がっていきました。

農業を中心とする「村」での育児と「都市」での育児の決定的な違いは、乳の確保です。
現代のように粉ミルクや液体ミルクがない時代、乳児の唯一の食事は乳であり、その乳が確保できるかどうかは生死に関わる重大な課題でした。つまり、農村では村で育児をするので、周りに誰か授乳している女性がいれば、その女性から乳を分けてもらうことができたので、必ずしも実母の乳ではなかったのです。
しかし、都市での育児では、村が存在しないため、子育ては実母がすることとなり、実母の乳で育てる必要が出てきたことから、「母乳」という言葉が出てきたと言われています。

大正時代以前に「母乳」という言葉は使われていません。
それまでは、乳とか人乳という言葉で表現されていました。

ちなみに、この頃に日本で粉ミルクが高価ですが、販売されるようになり、乳を代替する手段を確保することができるとようになりました。実際に、粉ミルクが一般人でも利用できるのうになったのは、戦後の高度経済成長期からと言われています。

前提を疑え!ニーズに合わせて変化する

実母の乳を与えなければならないという考え方は、大正時代に人為的に作られた考え方であり、太古の昔からずっと同じ考え方ではなく、時代のニーズに合わせてフレキシブルに変化してきたということをまずは知ってほしいと思います。

今のライフスタイルとワークスタイルにあった授乳とは?

今のライフスタイルやワークスタイルにあった乳や授乳はどうすれば良いのか、前提を疑い、改めて考えてみてはいかがでしょうか?

明治時代より以前は「ライフスタイル」が農業中心で村を単位とする生活で、授乳のスタイルが決まっていました。一方、大正時代以降は「ワークスタイル」が都市化型になったことで、「母乳」という言葉が誕生し、実母との関係で授乳のスタイルが考えられてきました。

奇しくも2020年、新型コロナウイルス感染症の影響で「ワークスタイル」が大きく変化しました。また、結婚や出産、家族の形態が多様化することで変わる「ライフスタイル」、これらに対応する授乳や育児について考える良いタイミングではないでしょうか?

社会で、今を考えよう!

女性だけで考えるのではなく、男性も参加して考える必要があります。
なぜなら、江戸時代、乳の確保は女性の問題ではなく、家父長である男性の責任であり、問題であり、直近の100年だけ男性が考えていなかった時代だからです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?