南野陽子「春景色」 ナンノの世界観を示したノスタルジックな卒業ソング
ファーストアルバム一曲目のインパクト
歌手やアーティストのファーストアルバムを聴く時は、昔も今もワクワクする。自分が好きな歌手やアーティストが、シングルとは違うどんな表情や変化を見せてくれるのか、楽しみだからだ。特に、アルバムの1曲目(レコードではA面1曲目)に収録された楽曲は、最も期待が高まった状態で聴くのでインパクトがあり、記憶に残りやすい。制作側も、リスナーの心をつかむ渾身の一曲を配置してくるはずなので、なおさらだ。
例えば、80年代を代表するアイドル、松田聖子のファーストアルバム『SQUALL』一曲目の「~南太平洋~サンバの香り」は、波の音から始まる。リゾートでの明るい恋がテーマの聖子らしい楽曲で、その後の路線を規定しているように思える。
また、中森明菜のファーストアルバム『プロローグ』の一曲目「あなたのポートレイト」は、デビューシングルの候補として最後まで残ったくらいの名曲。出だしの「かーるくウェーブしてーるー」の歌声を聴いた時の衝撃は、なんと表現すればいいか…。とにかく、明菜の魅力が凝縮された一曲だ。
ということで、今回語るのは南野陽子のファーストアルバムの一曲目である。
後にアイドル四天王の1人に数えられる80年代後半に活躍した南野陽子(以下「ナンノ」)の1stアルバム『ジェラート』が発売されたのは、1986年4月21日。ナンノのデビューは1985年6月なので、なんと10ヶ月も経っている。この時期のアイドルは、デビューから半年以内にアルバムを出すのが普通だった。実際に聖子は4ヶ月後、明菜に至っては2ヶ月後だ。ナンノとほぼ同時にデビューした中山美穂も、デビューシングル「C」が発売された2ヶ月後の8月21日に、同名のアルバム『C』を出している。そう、ファーストアルバムは歌手の世界観を表現してファンの地盤を固める役割もあり、デビュー後すぐに出していたように思う。
ナンノのファーストアルバム『ジェラート』にも、その世界観が凝縮されている。それを私なりに表現すれば、「少しお嬢様風の少女が綴る青春の1ページ」。ナンノをプロデュースしたCBSソニー(当時)の吉田格氏によれば、「阪急沿線の急行が停まる駅に住んでいて、駅までは自転車かバスで来て、学校に通っている。乗る車両は決まっていて、週末は神戸のポートアイランドに友達と遊びに行く」という少女のライフスタイルを形にしたそうだ。(『ヒットソングを創った男たち~歌謡曲黄金時代の仕掛け人(濱口英樹著、シンコーミュージック)』より)
デビューから10ヶ月待たされたファンにとっては、スケバン路線ではないナンノの世界観に、このアルバムでやっと浸ることができたように思う。当時の私は、ナンノよりも斉藤由貴やおニャン子クラブに惹かれていたが、このアルバムを聴いて、一気に心を持っていかれた記憶がある。
ひとひねり加えた卒業ソング
前置きが長くなったが、ナンノのファーストアルバムの一曲目にして、彼女が持つ世界観が表れているのが「春景色」である。この曲は3枚目シングル「悲しみモニュメント」のB面にも収録されているので、シングル候補の一曲だった可能性もある。当時のナンノはTVドラマ「スケバン刑事」で人気を博していたので、シングルA面は、スケバン楽曲に持っていかれたのかもしれない。
この曲の魅力、というかナンノの世界観が伝わるポイントは、大きく3つある。1つは、アルバム1曲目にして卒業ソング、しかも単なる卒業ではなく、ひとひねり加えられた点である。
この曲の内容を簡単に言えば、ボーイフレンドが留年して自分より学年が下になる歌、である。高校を卒業した春休み。主人公の彼女は、付き合っている彼と駅のホームで待ち合わせてデートするが、どうしても無口になる。彼女は大学に合格したのに、彼は受験に失敗して浪人生になるからだ。だから彼も不安げで、ジェラート(アルバムのタイトルが曲中に出てくる)を食べていても元気がなく、嫌われても仕方ないと思っている。でも彼女は、これまでと変わらず付き合う気持ちでいる。いつの日か関係が変わるかもしれないが、いまはただ、春の優しい日差しを浴びて、過ぎてゆく季節を感じていたい…。(以上、歌詞を強引に要約)
彼女に置いていかれた感しかない彼にとって、彼女と会うのは気まずく、話しにくいはず。でも彼女は、彼との思い出はそう簡単には消えないので、これまで通りの関係を続けたいと思い、彼を気遣う。青春の1ページといえる甘酸っぱいシーンだ。しかも、この時期のナンノは、ちょうど高校を卒業したばかり。卒業したのは東京の堀越だが、1年前までは神戸のお嬢様学校、松蔭高校に通っていた。まさに、ナンノ自身を歌ったような曲なのだ。詞を載せたメロディーも、スケバン刑事の楽曲とは打って変わって、どこか懐かしく優しい。ナンノの少し鼻につく甘えたような歌声も、曲にハマる。
駅のホームから見える遠い海
2つ目は、この詞の待ち合わせの舞台が、駅のホームという点だ。色々調べると、この駅は、ナンノの母校の最寄り駅、阪急神戸線の「王子公園駅」らしいとわかった。歌詞にも「神戸線」や、ポートアイランドにあったとされる「アイランド・キャフェ」が出てくる。阪急沿線に住む少女が駅で彼と待ち合わせ、ポートアイランドでデートするという、80年代の高校生のリアルが迫ってくるように感じる。それを、同年代のナンノが歌うのだ。
ちなみに、この曲の作曲は岸正之、作詞はイノ・ブランシュ、編曲は萩田光雄。イノ・ブランシュとは聞き慣れないが、調べたら、関西出身の小説家、平中悠一のペンネームだそうだ。どおりで情景描写がうまいはずだ。
ただし、現在の阪急神戸線「王子公園駅」からは、高速道路ができたりして、ただでさえ遠い海が見えるかどうか微妙だ。
下敷き曲は、カーペンターズ
3つ目は、何といってもノスタルジックなメロディーである。
この曲を初めて聴いた時、どこか懐かしく、70年代の音楽の香りを感じた。それもそのはず。『ヒットソングを創った男たち』によれば、アレンジはカーペンターズ、間奏はギルバート・オサリバン風に書いてほしいと、プロデューサーの吉田氏が作家に発注したらしい。どこか甘酸っぱく、ノスタルジックに聴こえるのも当然。70年代の曲を下敷きに作られていたのだ。
そう思い聴くと、メロディーはカーペンターズの「Top of The World」、間奏はギルバート・オサリバンの「Alone Again」に似ているように思う。もっとよく似た曲があるかもしれないが…。
こうした仕掛けも、すべてナンノの世界観を表現するための舞台装置と考えれば納得できる。改めて、アイドルの世界観はプロデューサーが作り上げていることを実感した。また上記の本によれば、「風のマドリガル」、「秋のIndication」、「話しかけたかった」の各シングルにも下敷き曲が存在したことが書かれている。いずれも洋楽だが、原曲と聴き比べると、それらの曲が好きな理由が理解できた気がして興味深い。(各シングルの下敷き曲は文末に記載)
改めて、ナンノの世界観の魅力
ということで、ナンノのファーストアルバム『ジェラート』の一曲目に収録された「春景色」には、ナンノの「少しお嬢様風の少女が綴る青春の1ページ」と言えるような世界観が凝縮されていて、今後のナンノの路線を指し示しているように思う。その世界観は、セカンドアルバム『VIRGINAL』、サード・アルバム『BLOOM』にも継承され、より鮮明に描き出されているように思う。
よくナンノの楽曲は「少女版ユーミン」とも評される。実際に吉田氏も、ユーミンや竹内まりやの世界観を意識していたらしい。でも個人的には、ユーミンが描く少女像よりも少し庶民寄りで、甘えん坊で、どこにでもいる少女像が、ナンノの楽曲にピッタリ来る気がする。
アイドル四天王のなかでも、他の3人に比べるとナンノはどこか控えめで、どこにでもいそうな少女の印象がある。1987年1月発売の「楽園のDoor」以来、8作連続でオリコン1位を獲得した人気を支えていたのも、この独特の世界観だったように思う。
<参考 南野陽子シングルの下敷きになった曲>
・風のマドリガル ←霧の中のジョニー(ジョン・レイトン)
・秋のIndication ←In un fiore(ウィルマ・ゴイク)
・話しかけたかった ←シェリーに口づけ(ミッシェル・ポルナレフ)、デイドリームビリーバー(モンキーズ)
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