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注意!なぜ身近な情報ほど危険なのか?


みなさんこんにちは!こしあんです。


突然ですが、みなさんは問題解決能力は高いほうですか?

ほとんどの人が生きていくなかで、様々な問題を解決しながら今日に至るのではないでしょうか。
今まで「なんの問題もなかった」という人はいないですよね(笑)

もちろん、問題解決と言っても、テストで解く問題から自分に降りかかる難解な問題までいろいろあります。

私たちはこのような問題を解決するために推論や類推、アルゴリズムやヒューリスティックというものを用いて対処しています。
ちょっと聞きなれないかもしれませんが、アルゴリズムとは、定式化された手順(プログラム)で問題を解く一連の手続き、または思考方法をいい、その一連の手続きに従えば必ず問題は解決できるものをいいます。

また、ヒューリスティックとは、人が判断や意思決定をする際、無意識に使っている法則や手掛かり、経験則のことを言います。
私たちは、アルゴリズムが不明の場合や、その適用に多大なコストを伴ったりする場合、このヒューリスティックに基づいて問題解決を行なうことが多いと言われています。

この問題解決は概ね成功するのですが、まれに間違うことがあります。(笑)
これをヒューリスティックのバイアスと呼んでいるそうです。
今回はこのバイアスについてのお話です。


【代表性ヒューリスティック】

ヒューリスティックのバイアスには「代表性ヒューリスティック」「利用可能性ヒューリスティック」というものがあります。
代表性ヒューリスティックは、自分の知識と一致した典型的な事例が起こる確率を過大評価するバイアスで、利用可能性ヒューリスティックは思い出しやすい情報が起こる確率を過大評価するバイアスのことを言います。

私たちはどんな時にこの代表性ヒューリスティックに頼っているのか?
なんてことを考えることはほぼありません。
私たちが生きていく上で関わっている確率の問題と言われてもピンとはきませんよね。

認知心理学者でもあるダニエル・カーネマンは、普通の人が関わる確率の問題はその大半が次の3種類のどれかに属しているといっています。

①物体AがクラスBに属する確率
②事象AがプロセスBから生じた確率
③プロセスBが事象Aを生じさせた確率
です。

これらの確率がどれくらいになるのかを見積もるときに、大抵の人は代表性ヒューリスティックに頼ると言われています。

代表性ヒューリスティックでは、AがBをどれほど代表しているか。
つまり、AがBにどれほど似ているか、その度合いで確率を評価します。
AがBに似ていれば、AがBから生じた確率は高いと判断され、逆にAがBにあまり似ていなければ、AがBから生じた確率は低いと判断されます。

ちょっとわかり辛いかもしれませんね。(笑)

たとえば、Aさんという人物の評価を知り合いから聞いたとします。
「Aさんは内気で引っ込み思案。親切ではあるが基本的に無関心。現実の世界にもあまり興味がなく、物静かでやさしい。Aさんの部屋はいつもきれいで秩序や整理整頓を好み、細かいことにこだわる」と言われました。

こんな細かい人物評価を普段聞くことは無いと思いますが、みなさんもAさんの人物像を想像してみてください。
このとき、Aさんの職業が示された選択肢があり、その中のどれかである確率をどのように評価するのかという問題です。

選択肢は、農夫、セールスマン、パイロット、図書館司書、医師などがあります。
あなたはどの職業がAさんのものであると考えるでしょうか?
また、Aさんが職業としてもっとも可能性の高そうなものから、低そうなものまでどのように順位を決めるでしょうか?


試しにちょっと考えてみてください。


みなさんはどの職業を選びましたか?

代表性ヒューリスティックでは、Aさんが図書館司書である確率は、Aさんが司書のステレオタイプをどれほど代表しているかに左右されます。
つまり、司書のステレオタイプにどれほど似ているか、その度合いによって評価するわけです。
この種の問題を使った実験では、被験者は確率に基づいて予想した場合でも、類似性に頼った場合でも全く同じようにAさんの職業を順位付けしたことがわかっています。
普段、私たちが人を判断するとき、このようなイメージだけで判断することってありますよね。
「見た目が9割」なんてことも言われます。

しかし、カーネマンによれば、確率判断にこのような姿勢で臨むと、重要なエラーにつながりかねないと言っています。
なぜなら、このような類似性すなわち代表性は、確率判断で考慮すべき多くの要素とは無関係だからです。
極端な話、筋骨隆々だからといって力仕事についているわけではありませんよね。
身体を鍛えることを趣味にしている人もいるはずです。
私たちはこのように、他人の判断やその人の見かけ、自分のイメージで人を判断することが多いと思いますが、そればかりだと判断を誤ってしまうこともあるということです。


【利用可能性ヒューリスティック】

みなさんもよく目にすると思いますが、保険のCMなどで60歳以上の人が癌になる確率や、中年の人が脳卒中で倒れるリスクなどを謳って保険に入りましょうと宣伝しているものが多くあります。
私たちは、このような確率やリスクなどを評価するときに”知人にそういった人がいないか”を思い浮かべたりします。
これが思い出しやすい情報が起こる確率を過大評価するバイアスにつながります。
知り合いなどが癌にかかっていたりすると、自分もそうなるのかと考え、病気になる確率を高く見積もるわけです。

同様に、ベンチャー事業が失敗する確率を評価するときに、その事業が遭遇しそうなさまざまな困難を想像したりもします。

このような判断のヒューリスティックを利用可能性ヒューリスティックと呼んでいます。
違う言い方をするなら、あるクラスの頻度またはある事象の確率を見積もるとき、その事例が容易に思い浮かぶかどうかに基づいて判断することがあると言えます。

カーネマンによれば、「大きいクラスの事例は頻度の低いクラスより素早く簡単に思い出せることが多いので、利用可能性は頻度や確率を評価するときに有効な手がかりとなるが、利用可能性は頻度や確率以外の要素にも影響されるので、この利用可能性に依存すると予測可能なバイアスにつながりやすい」と言っています。

この説明では難しく感じるかもしれませんが、例えば心臓発作を起こすリスクを評価するとき、自分の周りにたくさんそういう人がいればリスクが高いと評価する可能性がありますし、逆に自分の知っている人にまったくそういう人がいなければ、リスクを低く評価する可能性があります。
つまり、自分の身近にいる人や、思い出しやすい情報を当てにして判断しているのです。

また、芸能関係のニュースなどもこれに当てはまります。
芸能人の離婚や浮気のスキャンダルなどの注意を引き付けるような事象は、ワイドショー好きな人からすれば、記憶から呼び出しやすいですよね。
そのため、多くの芸能人が浮気をしているような錯覚を覚えますが、どう考えても一般人の方が多いのではないでしょうか。

他には飛行機事故などの世間の注目を集める事象は、一時的にそのカテゴリーの利用可能性を増大させます。
飛行機事故などは、特集が組まれるほど大々的に報道されるので、しばらくの間、飛行機の安全性を過小評価しがちになります。

また、私たちは個人的に直接経験したことは、他人に起きた出来事よりも記憶に残りやすいので利用可能性が高まります。
立て続けに自動車事故などを見たりすると、「今日は事故が多い」と感じるかもしれませんが、統計を取ってみればそんなことは無かったりします。
(むしろ、普段に比べその日は事故が少なかった可能性すらあります)

このように利用可能性ヒューリスティックが形成しうるバイアスは極めて多く、この手のバイアスを防ぐことは不可能ではないが多大な努力を要すると言われています。

では、正しく確率やリスクを判断するためにはどうしたらいいのか?

カーネマンによれば、自分に質問を発してみるといいと言っています。
たとえば、「最近この辺りに起きた2~3件の事件だけを理由に、その事件のことを言いきってしまっていいのだろうか?」とか、「自分の周りに自然災害に遭った人がいないからという理由で、自分も災害に遭うはずがないと考えるのは軽率だろうか?」といった具合です。

ただ、このようにバイアスを防ぐために常に自分自身を監視し続けるのは難しくもあり面倒です。
しかし、この作業は無駄ではありません。
ある研究では、自分自身のバイアスを意識することで結婚生活が平和になるという結果もあるそうです。
自分だけが知っている狭い範囲の事例だけに囚われず、まずは本当かな?
と疑問に思うことが大切なのかもしれません。
もちろん、今読んでいるこの内容についても鵜呑みにはしないでくださいね(笑)



今回はここまで

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それではまた次回お会いしましょう。

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