見出し画像

ライヴ・レポート:マリア・シュナイダー・オーケストラ(ブルーノート東京 2012 年12月20日ファースト&セカンド・セット)

2012年12月、マリア・シュナイダー・オーケストラ初来日時のライヴ・レヴューです。今はないサイト「com-post」に掲載されたものです。

画像1

「飛ぶことの喜び」に溢れた音楽

マリア・シュナイダー・オーケストラ
(ブルーノート東京 2012年12月20日ファースト&セカンド・セット)



2012年はジャズ・ビッグバンドの来日が相次いで、ビッグバンド者にとっては実に幸せな年だった。ミンガス・ビッグバンド、デヴィッド・マシューズのマンハッタン・ジャズ・オーケストラ、ボブ・ミンツァー・ビッグバンド、ヴァンガード・ジャズ・オーケストラ、そしてトリを勤めたのが待望の初来日!であるマリア・シュナイダー・オーケストラだ。

上に挙げた5つのバンドはどれもニューヨークを拠点としていて、メンバーも微妙に重なっているんだけど、音楽性や出てくる音は見事なほどに違っている。ミンガス・ビッグバンドは一言で言うと「ねばねば、どろどろ」系の黒っぽいサウンドで、けっこうルーズなんだけど結果としてはばっちりグルーヴするところがすばらしい。トランペット3,トロンボーン3,サックス5,リズム3という、比較的小ぢんまりとした編成で、しかしパワーはものすごかった。

「そんなトーシロ向けの軟弱バンド聴きたくねーよ」とおっしゃる通の方々も多いマンハッタン・ジャズ・オーケストラだが、実はものすごくいいライヴだったのだ。ニューヨークのファーストコールがずらりと揃い、マシューズの緻密なアレンジメントを完璧にこなすさまをかぶりつきで観て(会場は東京TUC)、わたくしコーフンしてしまいました。選曲はディズニーとグレン・ミラーやベニー・グッドマンだから「トーシロ向け」かもしれないが、演奏の質の高さはおそろしいほど。ノーPAで完璧なバランスを保ち、ホルンやチューバの音色が実に実に美しく(ホルンはジョン・クラークとヴィンセント・チャンシーのダブルトップ! 信じられない)、いやーあれはもう一回観たいな。

ボブ・ミンツァー・ビッグバンドは、ゲストとしてブラジルのギタリスト=シンガーであるシコ・ピニェイロが参加していた。ベイシーやサド・ジョーンズなどの「伝統」を継承しつつ、フュージョンやブラジル音楽などの要素を加味して「分かりやすい」サウンドを構築するミンツァーのアレンジメントは、「現代ビッグバンドのスタンダード」と言えそうなもの。メリハリの効いたバンドの演奏もまさに「標準的」で、ここに挙げた5つのバンドの中では地味、というか個性がちょっと乏しい印象を持った。

サド・ジョーンズ=メル・ルイス・オーケストラの衣鉢を継ぐヴァンガード・ジャズ・オーケストラでいちばん印象的だったのは、ホーンズがブレンドしたときの倍音の美しさ。「ティップ・トー」「アス」「グルーヴ・マーチャント」などのサド・ジョーンズ・クラシックが、エレガントかつスウィンギーに演奏された。ジョン・ライリーの勘所を押さえた的確なドラミングも最高。

                *

さて、というわけでマリア・シュナイダーである。
最初に彼女のバンドのCDを聴いたのは10年ほど前、『Coming About』日本盤(邦題は『ジャイアント・ステップス』だったのだ!)が出たときだった。ぎっちりと書き込まれた緻密なアレンジメントと、ニューヨークの若手(当時はね。今やみんなベテランですなあ)たちの見事な演奏に驚き、その後もアーティスト・シェアからのアルバムを出るたびに入手してきた。マリアのサイトでは譜面も売っていて(有料でPDFファイルがダウンロードできる)、よせばいいのに「Dance You Monster To My Soft Song」を購入して自分のビッグバンドでやったこともある。まあこれが難しいのなんのって。

だからマリアのオーケストラを生で観るのは長年の夢だったのだ。であるからして当日は斎戒沐浴(うそです)、睡眠も十分に取り(これはほんと)、最終日のファースト&セカンドを通しで観る、という暴挙に出た。会場はぎっちぎちの超満員! うれしいねえ。


ファーストセットの曲目はこんな感じ。えーと、これは一緒に観たバストロ奏者の杏子ちゃん(わたくしの大学バンドの先輩のお嬢さんです)に助けてもらったリストです。サンクス!

That Old Black Magic

Journey Home

Choro Dançado

Gumba Blue

Thompson Field

Hang Gliding

Sea Of Tranquilly

1曲目はファスト・テンポのスタンダードで、リッチ・ペリーのテナーがフィーチュアされる。マリアにしてはあっさりした編曲だが、アンサンブルの美しさとリズム隊の気持ちいいスウィングぶりがうれしい。まあこれはオードブルというかアミューズで、本番は2曲目の「Choro Dançado」から、という感じだ。タンゴ風のこの曲でフィーチュアされたのは、今回はアコーディオン専任のゲイリー・ヴァセーシとピアノのフランク・キンブロウ。繊細でカラフルなチャートが、マリアのエモーショナルな指揮によって「生きた音」となって会場を満たす。

「暗いニューオリンズ」といった風情の「Gumba Blue」、譜面は売っているけどまだレコーディングされていない「Thompson On Field」、6拍子+5拍子で進行する(これってパット・メセニーの「First Circle」を意識しているんだろうか?)「Hang Gliding」、スコット・ロビンソンのバリトン・サックスをフィーチュアしたバラード「Sea Of Tranquilly」でファーストセットは終了。リズム隊の真ん前、ギターのラーゲ・ルンドから1メートルほどのところに座っていたせいで、リズム・セクションが大きく、ということはホーンズが小さく聞こえてしまったのだが、それでもバンドのアンサンブルの見事なまとまりは十分に分かった。そしてクラレンス・ペンのおそろしく活き活きとしたドラミングの冴え! マリアの音楽はある意味でクラシック的なところもあるけど、ペンとアンダーソンの存在によって十分すぎるグルーヴが保証されているのだった。

                 *

セカンドセットは、ファーストの席よりひとつ右側、ホーンズに近いところに移動。ホーンズの左端前で指揮を取るマリアの後ろ姿が最高のアングルで鑑賞できる席でもある(笑)。
セカンドセットの曲は

Concert In The Garden

Green Piece

Home

Dance You Monster To My Soft Song

Cerulean Skies

Over The Rainbow

(encore)My Ideal

さあ、日本公演最後のステージだ。最初はグラミーを受賞した記念すべきアルバムのタイトル曲「Concert In The Garden」。席を移したせいか、管楽器群のアンサンブルが細部までよく聞こえてきて、彼らがダイナミクスやタイミング、音色のブレンドにいかに細やかな気配りをしているかがよく分かる。そしてマリアの指揮が、強弱や音の出し入れのみならず、グルーヴとエモーションについても実に丁寧に、そしてダイナミックにバンドを統御しているのかも。

マリアが曲目を告げるとアマチュア・ビッグバンドの面々が歓声を上げた人気曲「Green Piece」、賛美歌的、というかドボルザークの「家路」のような懐かしさを湛えた新曲「Home」(後半、すばらしいギターの無伴奏ソロが!)、だまし絵的なリフがおもしろいちょっと不気味なモーダル・チューン「Dance You Monster To My Soft Song」(イングリッド・ジェンセンのソロがよかった!)と続き、次はこれもグラミーウィナーである『Sky Blue』から、20分以上もかかる大作「Cerulean Skies」だ。いろいろな鳥の声を出す笛(バードコールというらしい)をマリアを含めた何人かが受け持ち、壮大でさわやかで伸び伸びとした音響がブルーノート東京に響きわたる。

そして最後はトロンボーンをフィーチュアした「Over The Rainbow」、アンコールはグレッグ・ギスバートのフリューゲル・ホーンがソロを取る「My Ideal」と、スタンダードが2曲でフィニッシュ。スタンダードをアレンジしても、オリジナルと同じぐらい「マリア風味」になっているところがすばらしい。

                *

合計3時間、たっぷりとマリア・シュナイダーの世界を堪能したわけだが、マリアのクリエイトする音楽世界は、彼女の師であるギル・エヴァンスのような「不安定さの美」とはまったく違うものだ。不安定ではなく安定、不安ではなく期待、浮遊感はたっぷりあるが、それは「飛ぶことの恐怖」ではなく「飛ぶことの喜び」のように思える。彼女の音楽は、だから先鋭的なジャズファンのみならず、質の高い「いい音楽」をエンジョイする幅広い聴衆(たとえばクラシックのファン)にアピールできるものだろう。それはパット・メセニー・グループ(メセニー個人ではなく)のある部分と通じる感覚であり、彼女の手兵であるメンバーたちは、「ジャズ」を基礎としつつ、そのことを十分に理解して演奏に臨んでいるように思える。

最後にマリアの指揮について一言。自分もビッグバンドで指揮をしたりするのでよく分かるのだが、彼女のコンダクトは「自分がこの曲をこのように演奏したい」という欲望を、おそろしく雄弁にプレイヤーとオーディエンスに伝えるパフォーマンスなのだと思う。手で、脚で、指で、全身で、表情で、マリアは曲のあらゆる細部についての情報を、これ以上ないほどに発信する。

かっこよすぎるよ、マリア! (村井康司)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?