見出し画像

ジャズギター・アルバムのライナーノーツ(8)『ビル・フリゼール/ライヴ』

以前書いたCDのライナーノーツを少しずつアップします。最初はギター関係のライナーをいくつか公開してみます。今回はビル・フリゼールのトリオ(カーミット・ドリスコール、ジョーイ・バロン)による『ライヴ』。1991年に録音されて、95年にリリースされました。このライナーも95年に書いたものです。

画像1

ビル・フリゼール/ライヴ

 これはビル・フリゼールの、リーダーとしては初のライヴ・アルバムだ。82年に録音された初リーダー作『イン・ライン』(ECM)以来、単独名義のリーダー作としては11枚目に当たるこの作品によって、フリゼール・バンドの奔放にして繊細な、そしてまさに3人が一心同体となった見事なライヴ演奏が、やっとCDに記録されることとなった。今まで10回近く来日しているフリゼールだが、自己のバンドでの来日は91年2月と92年1月の2回だけ。どちらもそう多くの観客を集めた、とは言いがたいだけに、このCDによって少しでも多くのわが国のリスナーが、彼らのライヴ・パフォーマンスのすばらしさを実感してくださればうれしい。そして、さらに緊密なコミュニケーションを展開しているに違いない、現在のビル・フリゼール・バンドの演奏を、一刻も早くこの目と耳で体験したい、と願っているのは僕だけではないはずだ。このCDの発売を機縁としての来日公演が実現すれば、ファンとしてはこれほど幸せなことはないのだが……。

 さて、このCDについて、そしてメンバー3人の経歴やフリゼールの近況については、オリジナル・ライナーノーツの翻訳をご覧いただければ、だいたいのことがお分かりかと思う。ここでは、それを補足するかたちで、主にデータ的なことをいくつか書いておくことにしよう。
 フリゼールが、パーマネントな自分のリーダー・グループを結成したのは86年のこと。バークリー音楽大学以来の友人であるハンク・ロバーツ(チェロ)とカーミット・ドリスコール(ベース)、80年代になってからニューヨークで知り合ったジョーイ・バロン(ドラムス)によるカルテット編成の「ビル・フリゼール・バンド」は、87年3月に録音された『ルックアウト・フォー・ホープ』(ECM)でレコーディング・デビューを果たした。ちなみに、フリゼールとドリスコールの音楽上のつき合いは古く、79年に録音されたチェット・ベイカー(トランペット)とスティーヴ・ウーベン(アルト・サックス)のアルバム『CHET BAKER-STEVE HOUBEN』(52e RUE EST)で、二人の共演を聴くことができる。

 フリゼールのギターとロバーツのチェロが複雑に錯綜し、さらに低音部にドリスコールが絡み、合計14本の弦によって刻一刻と姿を変えつつ提示される音のつづれ織りを、バロンの切れのいいドラムが自由自在に切断し、切れ目を入れていく。この4人の演奏は、『ルックアウト・フォー・ホープ』、88年8〜9月録音の『ビフォー・ウィ・ワー・ボーン』(Elektra Musician)、91年の1月に録音された『ホエア・イン・ザ・ワールド?』(Elektra Musician)と、計3枚のスタジオ録音盤で聴くことができるが、やはりライヴにおける即興性の強い演奏が、もっとも魅力的だったのだと思う。彼らが来日した91年2月は、ロバーツが脱退する直前の時期だったのだが、4人のゆるやかな、しかしきわめて有機的なコンビネーションと、ほとんど聞き取れないほどに小さい音から耳をつんざくノイズまでの、圧倒的なダイナミック・レンジの広さが衝撃的だった。
 そして、ハンク・ロバーツが脱退してトリオになったのが91年の、おそらく春のこと。このCDが91年の何月に録音されたものかは不明だが、トリオになってからの演奏としては、かなり初期のものに属することは確かだろう。92年1月の来日公演を聴いたとき、カルテット当時に比べてメンバー相互の「距離」がより近く感じられ、複雑さがやや減少した代わりにストレートな迫力が出てきた、と思ったのだが、このCDを聴いてみても同様の印象が感じられる。もちろん、アミーバ状にしなやかな変化を遂げていく、フリゼールの音楽ならではの柔らかな魅力を前提としての感想ではあるが。

 ここで演奏されている曲の、スタジオ録音ヴァージョンが収録されているCDを、それぞれ紹介しておこう。(1)「スルーアウト」は、フリゼールのデビュー作『イン・ライン』から。アート・リンゼイが「ステディ、ガール」と題する歌詞を付けて歌ったヴァージョンは『ビフォー・ウィ・ワー・ボーン』に収録されている。(2)「ラグ」は、90年のソロ作『イズ・ザット・ユー?』がオリジナル。もともと生ギターの美しいソロだったこの曲、バンドのライヴで頻繁に演奏され、94年の『ディス・ランド』でバンド・ヴァージョンが録音された。(3)「クラム/ノー・モア」の前半はフリーな即興。後半の「ノー・モア」はソニー・ロリンズの曲で、92年の『ハヴ・ア・リトル・フェイス』に収録。そのアルバムのタイトルともなった(4)「ハヴ・ア・リトル・フェイス・イン・ミー」は、アメリカのロック・シンガー、ジョン・ハイアットの曲だ。(5)「ピップ、スクィーク」と「グッドバイ」は、どちらも『ビフォー・ウィ・ワー・ボーン』に収録されていたもの。(6)の「ハロー、ネリー」のオリジナルは『イズ・ザット・ユー?』で、(7)「ストレンジ・ミーティング」は85年の『ランブラー』が初出だ。「ストレンジ〜」は、後の『ディス・ランド』でも演奏され、フリゼールがメルヴィン・ギブス(ベース)、ロナルド・シャノン・ジャクソン(ドラムス)と組んだバンド、「パワー・トゥールズ」のアルバム『ストレンジ・ミーティング』でも演奏されている。(8)「ハングドッグ」は『ルックアウト・フォー・ホープ』、(9)「チャイルド・アット・ハート」と(10)「アゲイン」は『ホエア・イン・ザ・ワールド?』がオリジナル、そして最後の「ホエン・ウィ・ゴー」は『ランブラー』からの曲である。  

(September,1995 村井康司)
 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?