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猛者の話

皆さんは焼き肉病にかかったことはあるだろうか。この病気にかかると、定期的に発作が起こり、焼き肉をもよおすことになる。

私は立派な焼き肉病を患っており、時折焼き肉発作が起きてしまう。幸い、私の住む街は焼き肉天国で、私が知っているだけで歩ける範囲に七軒の焼き肉屋さんがある。

この日も私は焼き肉発作を催し、焼き肉を求めて夢遊病患者のように両手を前に差し出しながら、ふらふらと近所の焼き肉屋さんに向かった。ちなみに、私は一人焼き肉に積極的だ。自分のお金で自分のペースで好きなだけ食べたいからだ。群馬の仕事の時も、ラジオ出演の後スポンサーのお誘いを丁重にお断りし、ホテル近くの朝鮮飯店で一人焼き肉を楽しんだ。誰かにごちそうされるのがわかっている焼き肉は肩身が狭い。確実に人より多く食べるからだ。ただ、この時はテーブルが大きすぎて店員を呼ぶスイッチに手が届かず、虚しい笑いが込み上げたのを覚えている。

焼き肉屋へ向かうとカウンターに通された。隣には若いカップルが座っていた。私は着席するや否や、ハウスサラダとキムチと上カルビと上ハラミとご飯を注文した。そして、ご飯は肉と同時に持ってきてほしいと一言付け加えた。

私が先に届いたサラダとキムチをつまみながら酒を飲んでいると、隣に座っていた可愛らしい彼女がこう言い放った。

「あたしさー、焼き肉屋でご飯食べるなんて信じられないんだよね。ご飯より肉でしょ。ご飯の分、肉を食べるよね」

イキりやがって…。
私はご飯も食べるけど、肉もたくさん食べるんだよ。なんなら、あんたらが注文している肉以上の肉を食べるんだよ。焼き肉おかずにご飯を食べる女を舐めたらベロベロ舐め返すぞおら。

脳内で呟きつつ、私は置かれた肉をものすごいスピードで平らげ、追加発注をし、平らげ、追加発注を繰り返し、酒はグラスが空になる前に次の飲み物を発注し、隣のカップルに負けない追い上げを見せた。隣の彼女は少し引いていた。

お腹も心も落ち着いた頃、私は周囲にも一人焼き肉者がいることに気が付いた。一人客なのに円卓に座っている。ゴリラに寄せた陽川尚将(阪神)似のおじさんだった。陽川ゴリラは、円卓いっぱいに焼き肉の皿を並べていた。そして、次々と焼いては口に運び、山盛りのご飯を頬張った。テーブルの肉が見る見るなくなっていく。陽川ゴリラは最後に冷麺まで食べ、お茶を一気飲みしたと思ったら、エプロンを外しテーブルで会計をした。

陽川ゴリラは会計を済ませても席を立たなかった。それどころか、店員にテーブルを片付けさせ、新たなエプロンと皿と箸を持ってこさせた。どういうことだろう?

その頃には私の隣のカップルは尻尾を巻いて逃げ帰っていた。(と妄想)私は残しておいた肉をつまみに酒を飲みながら、陽川ゴリラを観察した。

「おまたせー💛」

陽川ゴリラのテーブルに華やかな女の子が現れた。おじさんは「俺も今来たとこ」と言って彼女の椅子を引いた。女の子はおしぼりで手を拭きながら「あー、お腹空いたぁ!」とにっこりする。おじさんも「俺も腹減った」と言って今一度おしぼりで手を拭いた。

何この茶番…。

私はわなわなする自分を止められなかった。
おじさんは、理由はわからないけど彼女との食の歩みを同じにすべく、デート前に自らに仕込みを入れていたのだ。

この手があったか…!

私は目の前で行われた作戦に震えた。私はこの日以来、素敵な人と食事をする時には前もって食事を済ませてから食事をすることにした。日本語の使い方を間違えているのではない。素敵な人と食事をする時には、食事を済ませてから食事をするのだ。

大事なことなので繰り返した。

焼き肉デートの前に焼き肉を食べる猛者の話だった。

#実話です

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