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パン作りおける俗世間の考察

私は偏った雑学はそこそこあるものの、一般的な常識を知らなかったりする。

例えば14日が締め切り日ならば、成果物は14日に提出してもいいのだろうか。それとも、13日中に提出するものなのだろうか。締め切り日とは、締め切る前と締め切った後の太い境目なのではないだろうか。人は皆この太い境目の日に、締め切りを達成できなかった自分に絶望して頭を抱えたり、肩の荷を下ろした喜びに両手を挙げて海へと走り出したりする、締め切りに対する悲喜を味わう親切な予備日みたいなものなのではないか。

本記事は下記の企画に参加するために書いている。締め切りは14日とある。これをどう捉えていいのか、常識のない私にはわからない。

しかし、私はここに第三弾を投下する。


実験好きな私は、料理は科学実験の延長と捉えている。

パン作りはその最たるものだ。酵母や水分、温度などの調整をしながらパン生地を育てる実験はなかなかハードルが高く、パン作りだけには及び腰になっていた。

しかし、当時私は流行り病のおかげで時間がふんだんにあった。ここはひとつ時間を有効活用してみようと、思い切ってパン作りの科学に手を染めることにしたのだ。

調べてみれば、パン作りは単純でベーカリーパーセントを理解すればどんな状態の生地も作れそうだ。どうせ作るなら好みのパンを作りたい。ならば硬派なフランスパンを作ろうじゃないか。

そうした心意気で、私のパン作りは始まった。
後に、パン作り教室に通ったという知人からは、フランスパンはお教室を卒業する前の最終ステージで習うものだと聞いた。

ガチで初回のパン作り

初めてのパン作りにいきなり高度な技術を要するフランスパンに挑んだ私は、KALDIで簡単に手に入る”バケットカンパーニュミックス”というミッスク粉を使用した。袋に書いてある説明に忠実にやってみたが、独学なので工程の正解不正解がまったくわからなかった。手際が悪いのと先が予測できない不安との葛藤で心が折れそうにもなった。

そうして焼きあがったバケットは、ケーシー高峰そっくりであった。私は、そのパンをケーシー高峰パンと命名した。美味しくはなかった。

その後、私は何度もパンを焼いた。
そして、パンの生地は低温でゆっくり時間をかけて発酵させると旨味が増すことや香りが良くなることを知った。しかし、時にそれは歯が折れるほど硬く焼き上がり、ある時はクープを入れても膨らまずケーシー高峰一直線のパンになり下がる等、紆余曲折を繰り返した。そしてついに理想のパンレシピを編み出すことに成功した。

それは、偶然の出来事から

私の冷蔵庫はすごく温度が低い。
よって糖分なしで生地を発酵するのはイーストに対して厳しすぎるので、少々の糖分を加える心づもりでいた。ところが、それをすっかり失念して図らずも砂糖に頼らない硬派な職人気質なパンを作ることになってしまったのだ。

これは時間をかけてゆっくり発酵させるしかない。私は待った。生地が膨らむのを待った。しかし、低温で低栄養な状態の生地では当然イーストは発酵していかない。

いやしかし。
ここは待とう。とにかく待とう。

一滴のしずくが千年も落ちれば岩にも穴が空くというではないか。

この勢いの根気を持って生地の発酵に立ち向かう。何度も冷蔵庫を開けてはならない。でも無理。見ちゃう。何度も見ちゃう。これはいわばあれだ。彼氏のスマホを見てはならないとわかってるのに何度も見てしまうという、あれと似た気持ちだ。

ダメ!見ちゃダメ!絶対!
私は激しく首を振った。

寝ることにした。
起きたら膨らんでいるだろう。

朝一番で生地を見る。
微妙だ。
これはあれだ。美顔機を使う前と使った後での微妙なフェイスラインの変化に近い。

これを何日か繰り返した。

ある日、一向に膨らまない生地に対ししびれを切らした私は、生地が膨らんだことにしてパンチを施してみた。すると生地がだんだん膨らみやすくなってきた。

今、この生地に必要なのは「感謝」だ。ほら、ご飯に「ありがとう」って言い続けると腐らないという有名な夏休みの課題があるではないか。

私は生地に向かって何度も「膨らんでくれてありがとう」と声をかけた。高齢者向けの下ネタではない。感謝だ。

そしてようやく、二次発酵までたどり着いた。

ここからは早かった。何日もかかった一次発酵とは違って、二次発酵はたったの三時間。実に高速だった。

これはあれだ。こちらの絵画は九千億円、あ、こちらは二兆円、こちらの作品は四兆円って聞かされた後「あ、こちらはおいくらですか?」と聞いたら

「一億円です」

って言われて「安い!」って思ってしまう、あれである。

というわけで、ついに美しい理想的なフランスパンが焼けたのである。私はこの達成感に脳内で国旗を纏い大地にキスをした。

焼き立てを食べてみると、香ばしさとパリパリとした歯ごたえと、もちもちとした食感のアンサンブルが私のほっぺたを引きちぎっていった。

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