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ベラルーシから出国できなかった話

2月に東欧を何ヶ国か旅してきました。その道中ベラルーシにも立ち寄ったのですが、ビザの問題で出国できないトラブルがあったので、その顛末をここにまとめたいと思います。これを読んだ方が僕と同じ失敗をしないことを願うばかりです。ついでにベラルーシの魅力も少しだけ紹介していきます。

※ビザやイミグレについての記述は僕が訪問した2019年2月当時のものです。実際にベラルーシへ行かれる際は常に最新の情報を確認してください。

ベラルーシってどんな国?

地理

東欧に位置する内陸国で、国土の大部分が平地です。面積は21万km2(本州より少し小さいくらい)で、人口は950万人(神奈川県くらい)。夏は涼しくて過ごしやすいようですが、冬の寒さはとても厳しく、1,2月の首都ミンスクの平均気温は-5℃近くになります。

↑ベラルーシの位置

↑ヴィルニュスからミンスクへ向かう道中、街らしい街はほとんどない

歴史

この地にはもともとスラヴ系の人々が住んでいて、9世紀ごろには今のベラルーシの原形であるポロツク公国という国ができたそうです。しかし、その後は隣国のポーランド・リトアニアやロシアに支配される時代が続きます。

ロシア革命がおこったどさくさで、1918年に一度は独立を果たすのですが、第二次大戦では独ソ戦の激戦地となり、戦後再びソ連の領土に組み込まれます。

現在のベラルーシ共和国は、ソ連崩壊に伴い1990年に独立した国で、1994年からはルカシェンコという大統領が独裁体制をしいています。アメリカなどからは「ヨーロッパ最後の独裁国家」と批判されており、経済制裁も食らっているようです。

詳しくはWikipediaでも読んでください。

↑大祖国戦争史博物館で見つけたスターリンの像
国立の博物館がこういうテイストな点からも、
ルカシェンコ政権のソ連回帰的な思想が察せられます。

言語

公用語はベラルーシ語とロシア語の2つです。人口の8割以上はベラルーシ人で、ロシア系の住民は1割にも満たないのですが、多くの人々はベラルーシ語ではなくロシア語を話します。

そして旅行者が知っておくべきなのは、英語がほとんど通じないということです。ベラルーシへ渡航する際は、簡単なロシア語のフレーズをいくつか覚えていくと非常に捗ります。

ベラルーシに入国するには

内陸国なので、入国するには空路か陸路のどちらかが考えられます。

空の玄関口としてはミンスク第2空港がありますが、日本からの直行便があるわけもなく、モスクワなどで飛行機を乗り換える必要があります。日本人ならば、この空港から出入国する場合に限り30日以内のビザなし滞在が最近できるようになったそうですが、それにはいろいろ細かなルールがあるようです。詳しくは駐日ベラルーシ大使館のホームページを参照してください。

今回僕も試みた陸路での入国には、従来通りビザが必要です。普通の観光客が申請するビザとして想定されるのは、
 ・トランジットビザ(2日間有効)
 ・短期滞在ビザ(30日間有効)
の2種類ですが、有効期間が長い短期滞在ビザを申請する場合、以下の書類が必要です。

“ベラルーシ共和国の旅行会社、旅行代理店が発行するロシア語で書かれた責任者の署名入りの申請書” もしくは “宿泊予約確認書(但し宿泊施設の責任者の署名又はスタンプ入りであること)”

・・・どうやって入手しろというのでしょうか。(個人手配旅行マン並感)

もともとそう何日もベラルーシに滞在するつもりではなかったので、ここは大人しくトランジットビザを申請することにしました。

ビザを申請してみる

トランジットビザを取得するには、
 ・ビザの申請書(大使館HPよりダウンロード可)
 ・写真
 ・パスポート
の3つに加え、次の渡航先でビザが必要な場合は次の訪問国で有効なビザ
が、不要な場合次のうちどちらかが必要です。
 ・ベラルーシから出国するバス・飛行機・電車の切符のコピー
 ・ベラルーシを通過後、滞在する国のホテルや宿泊施設が発行したバウチャー

これら一式は郵送してもいいらしいのですが、書類の不備で突き返されたら嫌なので、五反田にあるベラルーシ大使館へ直接出しに行きました。こういう時東京住みなのって便利。

↑ストリートビューで見たベラルーシ大使館。見た目は完全に民家。

インターホンを押してドアを開けると、中も役所感ゼロで、ただ机とソファが置かれているのみ。職員の方も一人だけで、訪問者も僕の他にはベラルーシ人?と思わしき女性が一人。(在日大使館だし日本語通じるやろ・・・)と高を括っていたら、いきなり英語で話しかけられたのにはちょっと驚きました。

案の定僕のビザ申請書の記載には一点問題があったらしく、その場で直してと言われました。郵送しなくてよかった。一通りビザ申請書とバスのチケットを確認された後、穏やか口調で、

「ノープロブレム。1週間後に受け取りにきて。」

と言われました。案外すんなり。
こうして1週間後に受け取ったビザがこちら↓

そして大使館に提出したラトビア・リガ行きのバスのチケットがこちら↓

いざベラルーシへ

ビザ申請の時点で旅程をほとんど決めていなかったので、ベラルーシビザは2/16,17有効のものを取得しましたが、いろいろ考えた結果、2/17の朝一でベラルーシへ入国し、夜出国することにしました。

前の日宿泊していたリトアニアのヴィルニュスは、ベラルーシとの国境と30kmほどしか離れておらず、バスに乗れば一瞬で着きます。

AM 8:00 @Каменны лог国境検問所

ずっと東にあるモスクワと同じ標準時を使っているベラルーシでは、冬の朝8時はまだ明け方です。ヴィルニュスからのバスの乗客でアジア人は僕一人。なんなら観光目的で乗車している客も他にはいなさそうです。

閉鎖的な国なので、入国審査が厳しそうな予感はしていましたが、僕の前に並んでいた人たちはサクサク進んでいきます。

そしていよいよ僕の番。入国審査官はいかついオーラのおばちゃんです。

ぼく  (パスポートを出す)
入国審査官「※☆¶‰∮∝〒㌠(何かロシア語で言ってる)」
ぼく  「паангли́йски пожа́луйста.(英語でおk)」
入国審査官(どこかに電話をかける)

別の若い職員がやってきました。どうやらこのおばちゃんは英語を話せないらしく、ここからはその職員が僕の対応をしてくれるそうです。入国審査で英語が通じないケースってあるんですね。(海外旅行初心者)

パスポートもビザも不備はないはずだし、さっさと入国のスタンプを押してくれてもいいはずなのですが、わざわざ別の人を呼んできてまで僕に何か言おうとしているあたり、めちゃくちゃ嫌な予感がします。入国拒否も覚悟しましたが、話を聞くとどうやらそうではないようです。

原因は僕のパスポートに貼られていたロシアビザにあったらしく、要約すると、
 ・ロシアとベラルーシの国境にはパスポートコントロールが存在しない
 ・陸路でこのままロシアへ行くと入国スタンプを押してもらえない
  (⇒ロシアへの不法入国とみなされる?)
 ・ロシアへ出国するなら何かややこしい手続きがいるらしい
 ・ベラルーシから出国する手段を教えてくれ
ということだったので、先ほどのバスのチケットのPDFを見せました。

「今夜22:30のミンスク発のバスでリガに行くんだな?乗り遅れるなよ。」

無事入国させてもらえました。後から確認したところ、外務省のサイトにも、

2017年5月15日より、現在ロシア・ベラルーシ間に国境通過地点がないことから,両国間については空路での移動をお勧めいたします(ベラルーシからロシアに陸路で向かった日本人がロシア国境で違法入国とされ,罰金を科された上でベラルーシに引き返し,ミンスクから空路ロシアに戻らざるを得なかった,とのトラブルが頻発しております)。

としっかり書かれていました。

AM 11:00 @ミンスク中央駅

バスはほぼ定刻通りにミンスク中心部のЦентралный(=Central)バスターミナルに到着しました。このバスターミナルはミンスクのターミナル駅、ミンスク中央駅に隣接していて交通の便が非常に良いです。

↑この日の夜撮影したミンスク中央駅の駅前の様子。
二つの建物は通称「ミンスクの門」と呼ばれている。

日本ではなかなか手に入らないこの国の通貨ベラルーシルーブル(BYN)も入手したのでさっそく街に繰り出します。

ミンスク観光情報

本題の出国できなかった話とは一切関係がありませんが、せっかくなので訪れた場所を紹介していきます。

大祖国戦争史博物館

ベラルーシ最大の博物館。第二次世界大戦でナチス・ドイツと戦った記録が展示されています。ソ連が使った本物の戦車や武器、当時の人々の生活を再現したジオラマは一見の価値あり。戦争の歴史を美化している点や政権の思想が前面に押し出されている点は、日本人からしたら異質に感じるかもしれません。

KGB

かの有名なソ連の秘密警察です。ソ連崩壊後、ロシアでは別の組織に改編されてしまいましたが、ベラルーシではまだまだ現役。ルカシェンコの独裁体制維持に一役買っています。建物の写真を撮るのは問題なさそうでしたが、内部に入ることはできません。

トラエツカヤ地区

昔のミンスクの街並みを復元した、ソ連になる前のベラルーシを感じられる数少ないエリアです。近くには戦死した兵士を追悼する「涙の島」があります。

謎のソ連風建築

街の真ん中を貫くスヴィスロチ川のほとりにあります。Google mapを見ても何の建物なのかは不明なままですが、すごく印象に残ったので紹介しておきます。

国立図書館

完全にバクテリオファージ。

市庁舎前の広場

なんかいい雰囲気の広場。右手前にあるのはカトリックの教会、奥の緑の屋根の建物は東方正教の教会です。どちらも中に入れるので内装を比較すると面白いかも。

レーニン通り

独立通りと並ぶミンスクの目抜き通り。美術館や飲食店などが立ち並んでいます。

出国チャレンジ失敗

出国のバスの発車まではまだ時間がありましたが、余裕をもってバスターミナルの方に戻ってきました。中央駅のすぐ隣にショッピングモールがあり、中にいい感じのレストランがあったので、そこで夕食をいただきます。

↑холодник(ハラドニク) ビーツを使った冷たいスープ

↑дранiкi(ドラニキ) ジャガイモのパンケーキ
(※ベラルーシ語にはロシア語にないiという文字が存在します)

PM 10:00 @ミンスクЦентралныйバスターミナル

腹もふくれたので、バスに乗り込みましょう。明日起きたらラトビアのリガです。

車掌「Ticket and passport.」
ぼく「Here.」
車掌(パスポートめっちゃ見てる)
ぼく(入国できたんだし出国は余裕やろ…)
車掌「You cannot ride.」

車掌はあまり英語が得意でないようで、乗車できない理由を訊ねても英語交じりのほぼロシア語で返答してきます。僕はロシア語がほとんどできないのですが、雰囲気からかろうじて、
 ・乗車できないのはビザの問題
 ・少しここで待ってろ
と言いたいことは伝わってきました。

5分ほど待機していると、バスターミナルの係員と思しき30歳くらいの男女がやってきました。後からお名前と連絡先もお聞きしたのですが、ここでは男性の方をZさん、女性の方をTさんとしておきます。

ここからは、英語を話せるZさんが僕とのやり取りをし、Tさんが各所に電話をかけたりしてくださいます。

まずZさんは何がいけなかったのかを説明してくれました。
 ・このビザが有効なのは今日の23:59まで
 ・乗ろうとしているバスが国境に着くのは日付が変わってから
 ・期限切れのビザで国境検問所に行っても何もしてもらえない

ここで、乗る予定のバスがバスのチケットと通過する予定のКатлоўкаの国境までの距離を見てみましょう。

22:30にミンスクを出たバスが24時までに国境へとたどり着くのはまず無理そうですね。

ではなぜこのバスでビザを発給してもらえたり、入国審査を通してもらえたりできたのでしょうか?

もう一度バスのチケットをよく見てみましょう。

国境を通過する時刻がどこにも書かれていません(。•́︿•̀。)

どのバスで出国するのかを確認しておきながら、いつ国境を通過するかの確認をせず入国を許可した大使館と国境検問所のガバガバさにめちゃくちゃ文句を言いたいところではありますが、このバスを予約したのは僕自身。おとなしく引き下がるしかありません。

 では、バスを予約する時点で国境通過時刻を知る手立てはあったのでしょうか?

 僕が利用したのはEcolinesという、東欧各地に路線網を広げるラトビアの大手長距離バス会社の夜行バスです。そのホームページを見てみましょう。まずは出発地と到着地、日付を入力してバスを検索します。

試しに2019年3月17日のミンスク⇒リガのバスを調べてみました。

バスの予約そのものは赤矢印のボタンを押してパスポート番号やらクレカ番号やらを入力すれば一瞬で終わります。黄矢印のところから何やら詳細を確認できるようですが、出発地、到着地、発着時刻、運賃などといった情報がすでに分かっているのになんで見る必要なんかあるんですか(正論)

ところが、ここに書かれていた情報が非常に重要だったのです。

でもそんなことは一度こういう失敗をしたから言える話。ここからはその後どうなったかについて書いていきます。

Z 「この後行く予定だったのは?」

ぼく「ラトビアのリガです。」

Z 「それなら、とりあえずどこでもいいのでベラルーシからEU圏内に移動してそこからリガへ向かうバスを手配するといい。バスで24時までに行ける国境はないから列車を使おう。」

前述のように、Централныйバスターミナルは鉄道駅(ミンスク中央駅)に隣接しています。この国の鉄道がそんなに利便性の高いものだとは到底思えませんが、最後の望みにかけるしかありません。

ミンスク中央駅は国際列車が日夜行きかうターミナル駅ですが、窓口で英語が通じることはまずありません。こんなややこしい状況をロシア語で説明できるわけもないので、本当に二人がいて助かりました。

↑ミンスク中央駅の窓口

ただこの時点で夜23時ちょっと前。そんな都合の良い列車はありません。落胆する僕に対し、

Z 「ミンスクに日本の大使館はある?」

ぼく「あるみたいです。」

Z 「明日の朝大使館が開いたらすぐ行くんだ。いいか?朝だぞ?ここでは期限切れのビザをどうすることもできない。」

確かに。どうやってベラルーシから脱出するかばかりに頭がいっていましたが、冷静に考えてみれば、トラブルがあったときは日本大使館に行くのが最善策です。これでベラルーシから出られる目途が立ってきました。

あとは、朝までどうやって過ごすかです。冬の夜のミンスクは寒さが厳しく、吹きさらしのバスターミナルで一夜を明かすのは現実的ではありません。最悪低体温症で病院送りになります。しかし、ビザが切れた外国人、言ってみれば不法滞在マンを受け入れてくれる宿はそう簡単に見つからないでしょう。

※ベラルーシは、たとえビザが有効であっても、どこかへ泊まるとなったら宿泊確認書類を出せだのなんだの言ってくる国です。民泊の場合(Airbnbみたいなやつ)はわざわざ現地の警察に届け出なきゃいけないらしいので、なおさら面倒なんだとか。

幸いにも、Zさんが近くのホステルを知っていたので、Tさんが僕の代わりに電話で経緯の説明と予約をしてくれました。何から何まで世話になりっぱなしだな。

念のためか二人とも宿のチェックインまで同行してくれます。案の定ホステルのフロントでも英語が通じなかったので、Zさんが代わりにフロントのお兄さんと何やら話しています。すると、徐に鞄から財布を取り出しました。

(あ、これ宿代払ってくれるやつでは…?)

さすがに申し訳ないので、ベラルーシルーブルを持っているので宿代は自分で払えると伝えましたが、僕が財布を出そうとすると制止してきます。この人かっこいいよ…

その後、何かトラブルがあったら連絡してくれと連絡先を教えられ二人と別れました。もう圧倒的感謝以外の感情がありません。

いつか日本で災難に巻き込まれた外国人を見たら、自分もそう手助けできる人間になりたいものです。

言い渡された出国の条件とは・・・

翌朝、日本大使館に開館凸しました。日本語が通じるので話が早い。僕がやるべきことは、
 ・ビザを有効にする(=有効期限の延長手続き)
 ・不法滞在の罰金を払う(一度ビザが切れてからの後出し申請なので)
の2つだそうです。

これらの手続きはОГиМという機関(いわゆるイミグレ)でできるそうで、窓口自体はミンスクの街中に複数個所存在します。しかし、その日は月曜日で、空港のОГиМしかやっていないといわれました。

空路で出国と言っても、当日航空券買うのって結構なお値段しそうだし、罰金もいくらとられるのかわかったもんじゃありません。でもこの際そんなことは言っていられないので、さっさと空港へ向かいましょう。大使館の人いわく、タクシーで向かうのが最速だそうです。

タクシーを捕まえるために大通りに来ました。

↑ストリートビューで見た日本大使館近くの通り。

あれ・・・

いっこうにタクシーが来ない・・・

そういえばベラルーシに来てからタクシーを見た記憶がありません。(行先が決まっている乗り合いタクシーは結構見かけます)

少し歩くとショッピングモールがあり、その前にずっと停車している車があったのでダメ元で「Taxi?」と聞いてみると「Да. (=Yes.)」という返事が。よく見るとフロントガラスに登録番号的なものが貼ってありました。わかるかそんなの。

↑ベラルーシで乗ったタクシー(イメージ図)

※この記事を書くにあたってベラルーシのタクシー事情について少し調べたのですが、どうやらもう少しわかりやすい見た目のタクシーもあるそうです。

ぼく 「Аэропорт! Аэропорт! Сколько стоит?」(さながら出川イングリッシュ)
運転手(メーターを指してなんか言ってる)

メーター制ならベラルーシ人と同じ価格で乗せてくれるのでしょう。これは安心できそうです。

※勝手を知らない海外では白タク(ぼったくりタクシー)に引っかかるリスクを常に考慮しないといけません。以前ニューヨークで白タクにひっかかった経験があるのですが、そのタクシーにはメーターがついていませんでした。

ミンスク市街から空港までは40km以上離れていますが、実際に払った料金は50BYN (≒2500円)と日本よりも相当安上りでした。(後から調べると相場は€30ほどらしいことがわかったのでむしろ割安なようです。)

空港に着きОГиМの前に行くと、強面の職員が「Mr. ●●(僕の本名)?」と聞いてきます。どうやら日本大使館の方から僕が向かう旨を伝えてくれたそうです。

↑ミンスク第2空港の案内表記はロシア語と英語と中国語。
ベラルーシ語はどこいった。

この職員は英語が話せないので、ここからはGoogle翻訳を使ったやりとりをしていきます。ОГиМのパソコンでは当然日本語が入力できないので、英語⇔ロシア語で受け答えをしていくことに。会話のキャッチボールに1分/往復くらいかかるのですごく面倒です。

見知らぬ国で、言葉も通じない、しかも表情一つ変えない強面の男から取り調べを受けるのには怖さもありました。

まず、なぜ不法滞在に至ったのかの説明を求められます。職員が終始(ほーん、それで?)的な態度なので生きた心地がしません。

職員「いつ出国したい?」
ぼく「As soon as possible.」
職員「上の窓口でチケットを買ってこい。ただしパスポートはここに置いていけ。

逃げるなよって釘をさされたようです。恐ろしい。期限切れのビザじゃどうせ出国できないでしょ・・・

窓口でその日の夕方のリガ行きの航空券の値段聞いたら46000円くらいって言われました。ミンスクとリガって東京大阪くらいの距離しか離れていないのですがそれは… 結局skyscannerで見つけた15000円くらいのヴィルニュスでトランジット待ちを余儀なくされるアレなムーブの航空券で出国することにしました。日本の距離感覚で言うと、東京大阪間移動するのに名古屋で1回飛行機乗り換えるみたいな感じです。もう背に腹は代えられません。

僕が航空券を買っている間に職員が色々書類を用意していたようです。2019年にもなってWindows XPを使いExcel方眼紙にあれこれ入力している様子に草を生やしそうになりましたが、そんなことで笑っている場合ではありません。

ロシア語で書かれていたのでなんのこっちゃさっぱりわかりませんでしたが、職員が用意していたのは始末書の類らしく、あちこちにサインするよう求められました。

職員「罰金とビザの発行手数料で合計387.5BYN (≒19375円)だ。」
ぼく(高すぎワロタ)
職員「上に銀行があるからそこで払ってこい。パスポートはここに置いていけよ?

非常に痛い出費でしたが、お金を払うだけで解決できたので、まあよかったと考えましょう。初めての国では何が起こるかわかったもんじゃありませんね。身をもって体感しました。

グッバイベラルーシ。フォーエバーベラルーシ。一生忘れられない国になりました。またいつか(今度は入念に準備して)来ます。

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