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倉橋由美子「マゾヒストM氏の肖像」(「倉橋由美子全作品8」新潮社 1976)について

1 括弧処理

 ひとまずは文体の話。「マゾヒストM氏の肖像」の出だし辺りは、説明の文章が括弧()で刻まれる箇所がいくつかあります。この()の一つの例を見てみましょう。

「この白痴の兄のMという人物は《パンニャ》の常連で、そのM氏に同じく常連であるJ子を紹介したのは《パンニャ》の女主人のモカ夫人(そういう呼びかたを私自身は好まないが(そしてこれは、女主人がコーヒー通ということになっていて(ただし私の知るかぎりでは彼女は自分ではほとんどコーヒーを口にしない)、また夫がいるのか未亡人なのか常連にもいまだにわからない、三十歳前後の優雅な女ということで店に来る文学青年だか映画青年だかのひとりがつけた名前らしかった)一応そう呼んでおくことにする)だとJ子は話した。」(p.11)

 この文章の構造を日本語文法の数処理的な分解と結合で意味的に明示すると以下のようになります。

A この白痴の兄のMという人物は《パンニャ》の常連で、そのM氏に同じく常連であるJ子を紹介したのは《パンニャ》の女主人のモカ夫人だとJ子は話した。

B そういう呼びかたを私自身は好まないが一応そう呼んでおくことにする

C そしてこれは、女主人がコーヒー通ということになっていて、また夫がいるのか未亡人なのか常連にもいまだにわからない、三十歳前後の優雅な女ということで店に来る文学青年だか映画青年だかのひとりがつけた名前らしかった

D ただし私の知るかぎりでは彼女は自分ではほとんどコーヒーを口にしない

 Aが屋台骨の文章。Cが補足説明で、BとDが話者の個人的な感想の言葉というわけです。

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