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コントからの演技論 【エッセィ】

 店頭に立ってモノを売り続ける日々が続く。
 行動が落ちついた時、イギリスのコメディアンの、あの演技とあの顔の濃い人、あの眉毛の濃い、あの舌のよく動く、そんな、あの人を、思い浮かべる。テレビもなく、映像も確かめずに、言えることを、考えてみましょう。だがしかし、あの、あの、と、繰り返すのは、いったい何を言い表したいのだろうか。
 まあ、いいや。
 あの人のコントは、一つ一つの動作が、生きる喜びを表しているのだ、と、思った。
 演技論、と持ち出せば大袈裟だけど、コントは人の気持ちの拡大解釈の場でしょう、演技という不思議な行為を思い、考えるのに格好な対象だと思う。
 演技とは、役を演じる動作主が、その役の気持ちを行動で示すことである、と、ここに仮に提示してみる。
 コントではその動作を大袈裟にして見せる。大袈裟ゆえに、かの役どころの人の生はバラエティに満ちるよう、自然に出来上がって行く。ぼくは、よく出来たコントというのはこのように拵えられるんじゃないかなとふんでいる。コメディアンは与えられたキャラクターを大振りに演じる。ネクタイは乱暴に結ばれるがその人なりに綺麗に収まる、そしてちょっぴり長いのだ、しかも、大きな動作ゆえ左右に揺れる。ネクタイは隣の何らかの機械に巻き込まれる。巻き込まれたコメディアンは目を真ん丸にしつつネクタイの吸い込まれ先を見つめる。ここはゆっくりカメラの時間、無音か、バイオリンがツーっと静かに鳴り始めて、クレシェンド、ゆえに、ネクタイが首を絞める! えづきながらネクタイの輪の間に指を通して気道を確保できたなら、次は機械に足を突っ張ってネクタイを引っこ抜く作業に取り掛かるでしょう。ネクタイ綱引き。そうしたら無事に引っ張りだせるのだけど、そこからドミノ倒しが始まったりするわけだ。
 彼は解決しようとする。いつもいつも、解決を望んでいる。首が締まる。締まらないようになんとかする。目先の努力。彼のちょっとずつの努力と共にコントは進行していく。その不器用さを、近視眼を、人生に起きるルーティンの狭間を、そのトラブルの目先の回避を、コントはコントするのでしょう。
 いろんな部分で、ルーティンであるべきところのそこのほつれで、そうした出来事の結節点で、コメディアンの腕の見せどころが光る。演技の位置。究極のコントをする人は、息をするだけで観客を笑わせることができるだろう(斉木しげる氏を見よ)。ぼくの好きなお笑い芸人たち(リスペクト! と、映画「パラサイト」の中の男が叫ぶ)、シティー・ボーイズさん、バナナマンさん、カモメンタルさん、チョップリンさん、鳥居みゆきさん、日本エレキテル連合さん、吉本新喜劇のすべて、落語家だと桂米朝さん、桂枝雀さん、演劇だと松尾スズキさん、漫才師だとHi-Hiさん、マヂカルラブリーさん、その他、有象無象の今は思い出せない芸人、芸術家たち、を、こう、並べてみました。
 ずらり勢揃い。ウルトラマンみたい。
 これらを唱えても、何も起きないかな。ただ、そういった表現者達を愛する気持ちは伝わりますでしょうか。
 ぼくは演技論を唱えたい。百ある内の一つくらいにしかならないかもしれない、それくらい、ちょっとしたことかもしれないが、願わくば芯を貫く根本のことを。
 それは人間に対する愛である。つまり、演技とは、舞台上で愛を唱える行為のことである。
 愛が貫かれないと、どうして、わざわざ、コメディアンはその人に成るだろうか。眉毛をマジックで繋げてみたり、口周りの黒い点は髭を表す、などとしてみるだろうか(シムラ、後ろ! と、ドリフの舞台を生で見ることの出来た観客の歓喜の声)。
 だから、一つ一つの彼彼女の行動に、行為に、動作に、動かないこと動けないことに、その失敗に、かの人の生の喜びが噴出するべきなのだと思う。生きる喜びである。それが、出来事を起こす。起こした結果に生じるキャラクターの感情は起伏が激しくなる道が用意されてあるけれど、出来事を起こす、かの人の生は喜びから出発するべきなのだ。そこに、演じるべき価値が、観客から見えるか見えないかのようにして埋蔵されている。
 彼ら彼女らは喜んで動作している。彼ら彼女らは生の命ずるままに動く。出来事を進んで起こす、出来事に進んで頭から突っ込む。それらは喜びの動作の後に起こるのだ。その喜びが、劇を引き起こす。彼ら彼女らは焦る、引き攣る、涙を流す、口から笑いか悲鳴か判別できない声を漏らす、その感情の誇張と誇張された状況の順列組み合わせ、その整理の仕方がコントという芸術の骨子になると思うのだ。
 コントは喜び。体は跳ねる跳ねられる喜びを身にやつす。コントは喜びを引っ張り出しては都度の痙攣を引き起こす、舞台から観客をも巻き込んで。YMOの「体操」のようにして皆で踊ろう、ミンナ元気ニ、ケイレン、ケイレン。

 さて、この話のきっかけの、あの人とはいったい誰でしょう。別にクイズなんかではないです、ただ思い出せないだけ。
 ぼくは、コント師になりたい、と、思ったこともあったので、それで、こんなことを書いてみました。
 休憩が終わる。

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