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海外のお話

元服の15才に、カナダへ留学

僕は中学2年のときの進路相談で、「受験はしない」とはっきり言い切っていました。
当時アメリカに憧れていて、映画や音楽に親しむものの、リアルなアメリカ人の生活ってどんなものなのか知りたいと強く思っていました。
アメリカに留学をしたいと親にも伝えていたのです。

親も、昔なら15才で元服していたのだからと半分冗談のように言い、僕の考えを尊重してくれました。自由には義務が伴うので、すべて自分で手続きをできるのであれば、留学の支援してくれるとのことでした。

ところが当時、アメリカで留学生が2名殺される事件が発生し、母親が猛反対するようになり、カナダのバンクーバーに留学先が変わりました。

当時は、まだまだ留学をする人が少なく、代理店さえありませんでした。
ドルも高かった頃です。少ない情報しかない中、留学情報誌を2冊かろうじて購入し、大使館に直接かけあってなんとかビザを取り、留学を果たしました。

僕は父が買ってくれたブレザーを着て、自転車に乗って赤坂の大使館まで行ったら、大使館の人が「面白い子ね」と言ってくれたことを覚えています。

カナダを目指す当初の目論見は、パイロットになることでした。15才の僕にも、他の子と同じように夢がたくさんあったのですが、行動力はなかなかのものだったのかもしれません。

高校で交換留学をするような子はいましたが、いきなり中学を出て外国に行くような子は一人もいなかったので、この行動が僕の人格形成に影響を与えているのは確かです。

海外のペットのホリスティックケア ブランドとの架け橋に

日本の遅れていたペット事情は、ヨーロッパの基準と程遠いです。
ヨーロッパ諸国では、医食同源を当たり前としていて、ペットの健康に一番大事なものは、食べ物だと当たり前に考えられています。

一方で、日本のペットフードは、少し前まで粗悪品が混じっていても野放し状態でした。人間の食品表示法のような規制が、ペットフードになかったからです。

たとえば、鳥インフルエンザにかかって屠殺処分された鶏肉がペットフードに混ぜられたり、ビートパルプを肉に混ぜ、かさましして売られていたりしました。
ひどい話ですが、殺処分されたペットの肉も混入されていたこともわかっています。

そんな実情は日本人はほぼ知らなかったくらいです。
でもペットの体調が悪い人が調べ始めて、だんだんとわかっていきました。

それほど悪いものを毎日口にしていたら、体は悪くなって当然です。

僕は、駒沢でペットと一緒に入れるレストランを開業してから、ホリスティックケアを突き詰めていき、ドイツとオーストラリアのホリスティクケアのブランドに辿り着きました。

人間と同じように良いものを口にし、不足の栄養はサプリメントから摂ることを教わり取り入れていきました。

対処療法のステロイドでは、皮膚は一時的に綺麗になるけれど、体外に排出されず内臓に溜まっていき果ては病気になるリスクが出ます。
病院代やペットが苦しむ状況と比べると、質の良い食べ物とサプリを摂ることは安いものです。

それまで日本人がホームセンターでペットフードを買っていた状況が、テレビ取材の放映により、僕たちの推奨するブランドのオーガニックフードやサプリメントがECサイトから全国へ広がりました。

海外の商品が直接お客様へ届く、架け橋になれたと自負しています。


こうやって振り返ると僕には、好きなものや大切にしているものを求めて国境を超えても追求していくところがあるようです。

次回は、リニューアルオープンしたイタリアンレストランのことをお話ししていきます。

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