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大切な居場所だったお店

下町バームクーヘン』。


 某イオンモール内に存在した
㈱乳糖製菓が運営するバウムクーヘン専門店です。

そのお店のショーケースには
りんごをまるまる1つ使った「アップルクーヘン」や
とても1人では食べ切れなさそうな「ジャンボクーヘン」等が並んでいました。

さらにショーケース右隣の陳列棚は
無印良品のそれに似た「スティッククーヘン」と小ぶりな「ミニクーヘン」で埋め尽くされ、その上方には箱入りのギフト商品まで。

バウムクーヘン好きな僕には
それはそれはとても輝いて見えたものでした。✨

実際に食べてみると
層の一つ一つがしっかりしながらも、ふんわりしっとりとしていまして。

甘さ控えめの上品な味で、冷蔵庫で冷やすともはや他の追随を許さないおいしさです。
初めて食べたその瞬間から虜になってしまいました。

そのお店の魅力はそれだけではなく
人の良さそうな笑顔を浮かべた店員さんの存在こそ欠かせませんでした。

初めて買ったとき



偶然に発見してから、僕がお店へときどき行くようになった何回目かのある日、その店員さんが店番をしていたのです。

──おや、いつもと違う人がいる。

だからといって特に気にすることもなく、僕はいつも通り「ミニクーヘン バニラ」を買おうとしました。

お金を払い、お釣りを受け取り、いよいよお待ちかねのバウムクーヘンです。

ただ手渡されるだけかと思いきや、ご丁寧に
「賞味期限が○月□日までですね。このままでよろしいですか? 」と一言添えられ。

はい、と応える僕。

「はい、どうぞ。いつもありがとうございます!」

──“いつもありがとうございます”?

それまでは違う店員さんでしたから、初対面のはずなのにいつもありがとうございますとは?  と訝しげに思いました。

ただ不思議ではあるものの悪くも思わず
むしろ嬉しいくらいで。

──「いつも」ありがとう、だって。まるで常連さんみたいだ。

そう思いながら上機嫌で帰宅したのでした。


それから度々、その店員さんに遭遇するようになります。
それまで会わなかったのは 2~3人くらいのシフトで回していたからで、行ったときがたまたま休みだっただけなようです。

なかなか愉快な方でして、次第に僕もお店に行くことが楽しみになりました。



ところで僕はだいたいいつも
ミニクーヘンのバニラ味を1つしか買わなかったのですけれど、それでも毎回どれを買うか真剣に考えます。

たまにはチョコ味にするかそれともパンプキン? ……やっぱりバニラ!  という感じでそれはもう真剣に。

店員さんはその様子を見て
「ゆっくり選んでくださいね」と笑顔で言ってくださるので、申し訳なさを感じずに済んで安心できるのです。

長居しても嫌な顔一つせず、いつもにこにこしていて、何というか存在を肯定されているような、ここにいても良いのだと思わせてくれる素晴らしいお方でした。

会社にいてもたまに実家に帰っても
なんだか迷惑なような気がしてならない僕にとっては、ひとり暮らしの寂しい自室を除くと数少ない貴重な居場所だったように思います。

コメダからのイオン

休日に珈琲所コメダ珈琲店でお昼を食べたときなどは必ずお店に寄って
バウムクーヘンを1つか2つ買い冷蔵庫にストックしていました。

そうすれば食べたいときにいつでも食べられますからね。

無くなったらまた居場所を求めがてらバウムクーヘンを買いに行くという
そんなささやかな喜びを噛みしめる日々はしかし、突然に終わりを迎えます。



今年の3月1日、例によってバウムクーヘンを買いに行くと、帰りがけに
「今月いっぱいで閉店なんです」と申し訳なさそうに告げられました。

曰く、
・原材料の卵や小麦粉の値上がりが著しい

・企業努力だけでは値上がり分を吸収できず、商品価格を上げざるを得ない

・売り上げ自体も芳しくなく、人件費等も合わせて維持が難しい

とのことでした。


「会社に掛け合ってはみたのですが、残念ながら閉店となってしまいます」

驚きと残念な気持ちでいっぱいな僕でしたけれどその台詞を聞いて、もしかしたら
良く買いに来てくれる人(=僕)がいるからなんとかなりませんか
とか言ってくれたりしたのかなと思ったり。

それはさすがに自惚れ過ぎですか。

それにしてもまさか閉店だなんて
寝耳に水とはこういうことを言うのでしょうね。



そして月日はあっという間に過ぎた3月30日。

最終日には行けなさそうでしたので
挨拶も兼ねてその前日に訪問することに。

違う店員さんだったらいやだな、という思いは杞憂に終わり、いつもと変わらずそこに立っていました。

「あ、どうも! お疲れ様です。来て下さったんですね」

いつからか「いらっしゃいませ」ではなく
「お疲れ様です」に変わった挨拶もこれで最後だと思うと、えも言われぬ寂しさがあります。

「今日1人なんですよ、1日通しで。朝からずっと立ちっぱなしです」

え、大変そう。

そうなんですか、お疲れさまです。
としか言えない自分がもどかしい。

普段ならミニクーヘンだけのところ、もう閉店なのでアップルクーヘンとスティッククーヘンも合わせて多めに購入しました。

この楽しい時間も
もう終わってしまいます。
嗚呼、悲しや。

帰り際、商品を渡すついでに中から出てきて挨拶までしてくれました。

「ずっと応援してくださってありがとうございました。私共といたしましても本当に残念でね、申し訳ないです。
いつもね、買いに来ていただけて嬉しかったです。それでは◯◯さん、お身体にお気をつけて。今まで、ありがとうございました」

お互いに深々とお辞儀をしながら。

「こちらこそ、ありがとうございました」

もっと気の利いたことが言えれば良かったのに。
でも、それができないのが僕なわけで。

というか何で僕の名前知っていたのでしょう。未だに謎のままです。



その後の1~2か月は買ったバウムクーヘンを食べても、閉店したことを思い出してしまって悲しさで味が分かりませんでした。

最近は再びおいしいと思えるようにはなりましたけれど
それはそれであのお店を忘れてしまったかのようで少々複雑に思うのでした。



そのお店のバウムクーヘンは贈り物としても最適でしたから
会社の同期が異動するときには餞別として渡したり
年始には御年賀として親戚へ贈ったり
たまに実家に差し入れたりと
僕なりに布教はしてきたのですが、全く広まらなかったことが悔やまれます。

確かに見た目は地味で真新しさも無く、流行る要素はありません。
他にも魅力のあるお菓子がそれこそどこにでも売っていますから、わざわざそのお店へ行って買おうと思わないのも当然ではあります。

それでも僕は月に1~2回ほどではありますが通い続けました。
他のものよりおいしいし何より好きでしたから、どうして買わずにいられましょうか。

始めは単純においしいバウムクーヘンを求めていただけなのですが
そのうちに店員さんと顔見知りになり、やがて大切な居場所となりました。

閉店とは言っても、いち小売店が無くなるだけで本店も工場もまだありますし、なんなら通販でも買えますが、そういうことではないのです。

そのお店の雰囲気、面白い店員さんの存在、買いに行くまでの高揚感、それらをひっくるめての魅力が1つのバウムクーヘンにぎゅっと詰められていました



閉店してしまったことは寂しく、悲しいことですが
もし、このことに意味を見出すとするなら。

偶々通り掛かってお店を見つけたことは
おいしいもので自分を癒せるようになることと、居場所をつくることの大切さを。

そしてお店が閉まってしまったことは
現状に停滞せず、新たな生きがいを求めて一歩踏み出すこと、にでもなるのでしょうか。

どことなく射手座的な思考。
確かに月星座は射手座ですが、でも太陽星座は蠍座だったり。
西洋占星術は難しくてまだ理解し切れていないですけれど。



今のところはまだ先のことは分かりませんが
少なくとも急に活動的になってあちらこちらへ動き回るなんてことは無理そうですので。

とりあえず今好きなこと、興味のあることを少しずつ掘り下げていこうかなと思います。

それが新たな生きがいを見つける何かのきっかけになれば良し、です。


もしも疲れてしまったり、自分を見失ったりしたときは、お気に入りの「ミニクーヘン バニラ」を食べれば、

──これこれ! やっぱりおいしい!

きっと少しだけ元気になれます。



好きなことを思いっきり楽しみ
ときどき温かい思い出にほっこりしながら
健やかな人生を歩んで行けたらいいですね。








『下町バームクーヘン』店員のTさん、楽しい時間をありがとうございます。





そしてここまで読んでくださった皆さまも
ありがとうございました😋

通販にて

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