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肺がん末期の父に会いに行く

10月に2年半ぶりに帰省した。
主に母の家に。
父と母は結婚をしていないし、いろいろあって別に住んでいる。
母の家に、家族で泊まり、最終日に父とは空港で会った。

最初、なんか父が痩せたようなおじいちゃんがいるなと思った。それが父だった。
父は驚くほど痩せており、何故か左腕が痛むようで庇っていた。私には何も話さない。元気だよ、しか言わない。孫にはデレデレだった。コーヒーを飲みながら、ずっとトミカで遊ぶ息子を見ていた。

絶対に良くない病気だな、と思った。
同時に、父の死を意識した。
しかし、私に本当のことを話さないことは知っている。そういう人だったから。

11月下旬。
父から「、」だけのSMSがきた。
私はそのとき、息子と散歩しており、神社にいた。
父からSMSが来るなんて、珍しいどころの騒ぎではなく、家の近くの川でリュウグウノツカイが見つかるぐらいのことなので、ただ事ではないのではと、メールを返す。父は、「ごめん!間違えた!」と返事をした。その時は、「何もないならよかった」くらいにしか思ってなかった。

12月上旬。
母から、今、電話できる?とLINE。できれば、夫が隣にいる時にと付け加えて。
嫌な予感しかない。1人でいたが、電話をしようと返す。

母は努めて明るく言う。
「パパちゃん、がんだったって。肺がん。もう、手の施しようがないみたい。」
やっぱり。その言葉がしんと体に響く。
「あの腕は?関係あるの?」
「多分、リンパに転移してるそうだよ」
そうか。
「でも、ちゃんと国保も入って、訪問看護も来てるみたい。まだ、自力で歩けるし、本人は元気だって。」

そうはいっても、相当放置してた。
痛いんだろうな。
あの父が、病院に行くぐらいだから。

「ごめんね。」
母が、泣きながら言う。
母が泣くのも珍しい。

「ごめんね、あんたに…なにもできんようにさせてしまって、ごめんね。ごめんね。」

母の謝罪の理由はわかっていた。

母と私は、父の家族ではない。
私は、非嫡出子であり、認知されていない。
母とも結婚していないので、法律上家族ではない。
それなので、訪問看護の人が、我々に病状を教えてくれるわけではなく、代行で何かできるわけでもない。
母には、父が死んだ時しか連絡が来ない。
最後の最後だ。
母はそれを、謝っている。

「パパも、あんたに言うことは渋ってて…でも、私も迷って、…知らないうちになんて、そんなこと後悔しそうやったから…」
最後は、承諾させたらしい。承諾というより、言うからね!という宣言に、父が無言だったわけだが。

「教えてくれて、ありがとう。突然、死んだ連絡しかこないかと思ってたから、よかった。」
「パパも、私が急に甲斐甲斐しく、何かをすることは望んでないやろうし、今まで自由に生きてきた人だから、最後も自由に決めて欲しいね」

母は、そうやね、と笑った。
中々私に言えなかったらしい。
聞くと、2週間くらい言えなかったそうだ。
父が、私にSMSを間違って送ったその日、母は父から聞いていたそうだ。
そうか、母と間違えたのか。

母との電話を終え、下で息子と寝ている夫のところにいき、そのだらしなく伸びた夫の足に頭を乗せた。
夫は眠りが浅いので、すぐに、どうしたの?と言いながら、私の顔が泣いているのを見て、わたわたと慌てた。
また泣いた。
泣きながら、「パパががんだって」「もう、どうしようもないんだって」と更に泣いた。

隣で息子が寝ていた。
あんなに、おじいちゃんと会ったことを喜んでいた息子。
そうか、彼は、おじいちゃんを失うのか。
もうこれ以上ないくらい、泣いた。

1月1日。
父に電話する。不在。
息子がおじいちゃんに挨拶したいから、明日電話するね、とSMSを送る。

1月2日。
父に電話する。数コールしてから、少し辛そうな声で父がでた。
「明けましておめでとう」息子も辿々しく言う。
嬉しそうな父の声がする。
「おじいちゃんのおうちはどんなおうちなのぉ?」
無邪気な息子。父は耳も少し悪いので、私がゆっくりもう一度聞く。会話ができることを父はとても楽しんでいる。
「ちいさいおうちだよ」
「そっかぁ」
何気ない会話。
「会いたいねえ」
そう言ったのは父だった。

1月5日。
父のところに、家族で行こうと決める。
母とも予定を調整して、1/20に行きたいと、父に連絡をした。
しかし、返事はない。嫌な予感がする。

1月6日。
まだ、返事が来ない。
仕事終わりに、父に電話するも、不在。
不安で、母に連絡して、「またメールみないし、電話もでないよ」と愚痴る。父は、メールもみない、電話もすぐでない、が当たり前。
でも、今回のは違う。多分、私達が父のところに行くのを、拒んでいるように感じる。

しばらくして、母から電話がきた。
父から連絡があったらしい。やはり。
娘には見せられない姿は、母にしか見せない。

「パパちゃんね、最近、体調悪いんだって」
「会っても、すぐ疲れて寝ちゃうって」
「会いたい、でも、みんなでお金使ってきてくれて、申し訳ないって」
「だから、今回は遠慮したいって」

「電話口で泣いてたよ、あの人が」

そう言う、母も泣いている。
私は残業終わりのコンビニで、夕飯を選びながら、唇を噛んで、涙を堪える。

知ってるよ、パパのそういうところ。
孫や、娘の夫には、弱ってるとこ見せたくないよね。
私に直接、言えなかったんだよね。

でもね。私も、今会わなきゃ、ダメな気がするんだ。
それにね。私ひとりなら、もっと早く、会いに行けるんだよ。

家に帰ると、寝かしつけを終えた夫が降りてきた。
泣いている私を見て、「どうした?どうした?どうしたの」と抱きしめてくれた。

経緯を話す。
そして、伝える。

「来週の土日、パパのところいってきていいかな?ひとりで。」

夫は、それがいい、と真っ直ぐ見つめて言う。
そう言おうと思ってたよ、とも。

それから、母とまた都合を合わせ。
父にSMSを送る。
以下、原文である。

私くらいになると、パパがママに連絡することは織り込み済みなのだ(えっへん😊)
だからわたし1人で行くのだ!ママといくのだ!来週土曜日に行くのだ!嫌だといってもいくよ!
返事は不要、なにかあったらわたしには言いにくいだろうから、またママに連絡してね♡

そして、今日まで、返事はない。

飛行機も取ったし、母と泊まるホテルもとった。
あとは行くだけである。

父よ、それまで生きてくれ。