『最低で最高のソレと面倒で簡単なソレ』

男は「最低で最高だ」と付き合って間もない馬鹿な男が言った。
ある意味名言である。
彼にその言葉はぴったりだと思った。

彼は深く物事を考えない。
というか何も考えられないんじゃないのか。
私達の色々など。
楽しいですべてが済むのだから。

私は深く物事を考えすぎる。
だからこそ、その最低で最高なその姿を羨ましいとさえ思ってしまうのだ。
彼が最低で最高ならば私はどんな生き物なのか。

彼に言わせると女は「面倒で簡単だ」と言う。
またデリカシーのかけらもない事を言う。

そんな時私は「面倒で簡単ですって」と心の中で毒づいている。
私がどれだけ二人の時間に翻弄されているかなんてそうそう彼の範疇には及ばない。

そんな最低で最高な男との付き合いに私は多大な時間を使う。
いや、むしろ浪費に近い。

なかなか会えないうえに彼にとっては日常の一部に過ぎない休日のデート。
私はデートの日にちが決まったその日から大騒ぎだというのに。

私は彼の為に巷でよく言われる女子力というなるものを完璧に磨きあげるのだ。
化粧品から始まり、洋服をそろえ、下着までも新しいものを新調するのだ。
肌の調子は良好かとか、少しは痩せたかなとかそんなくだらない戦いが始まる。

男たちの為に女たちがどれだけ大変な思いをしていることか。
これは女の生態系にそもそも備わっているものなんじゃないのかとさえ思う。

しかしながら、とても疲れるというのが本当のところ。

デートに着ていく服を選んだり会えない不安とか寂しさとかを押し殺したりとか。
私はたった1日のデートの為にどれだけの時間を使ってしまうのだろう。

いっその事辞めてしまおうと幾度となく思う。
男が何の考えもなしに口にした一言が引き金となってこの世の終わりとでもいうのかという程の大号泣を夜な夜な始めるのだから。
そしてまた一人毒づく。
あいつはもう寝ているに決まってる。

くだらない。
分かっていても磨いてしまうこの肌も本当にくだらない。
彼は君は僕の赤い果実だとか言っていたけれど、ならばいっそのこと茶色い種か何かになってしまいたい。

期待という気持ちには常に不安が寄り添うものだ。
そう思いながら鏡と睨めっこしてみても彼の笑う顔が頭をかすめる頃にはまた戦い初めているのだ。

そして結局私がたどり着いた満たされる時間は。
彼と二人で過ごす時間でも彼との再会の瞬間でもない。

彼に会える前日の夜から彼に会いに行く電車の中の時間。

幸せに満たされて緩やかな眠りに落ちて朝が来る。
そしてとびきりのおしゃれをして電車に乗り込む。

彼はどんな顔で待っているのかとか、どんな話をするのかとか。
こないだの面白い出来事を話したら彼は笑ってくれるかなとか。

会えないでいた時間の寂しさも今日までの労力も嘘みたいに晴れる最高に幸せな時間。
不安など一切消えてワクワクする時間。

頬が緩む。
私はこれから彼の腕の中で最高に美味しい赤い果実になります。
そう思うのだ。


けれど、そんな時間は刹那に過ぎる。
電車から降りる瞬間が訪れる。

また大きな不安がよぎる。
彼に会ったら明日の夜にはまた会えない日々が始まる。

今日が楽しければ楽しいだけ、その楽しさには敵わないくらいの寂しさが私を襲うこととなる。
彼とのデート中、盛り上がれば盛り上がるだけまた一人の明日を考え泣きたくなってしまう。
笑顔の裏側から涙が押し寄せてくる。

彼に会える前日の夜だけが永遠に続けばいい。彼に会いに行く電車の中の楽しい時間だけが永遠に続けばいい。
ワクワクして期待でいっぱいの時間。

最低で最高な男たちには分からない。
面倒で簡単な赤い果実をたらふく味わって子供の様に眠ってしまえる男たちになど。

彼が言った女は「面倒で簡単だ」

残念ながらそれだけは確信をついていると思う。女はくだらない事を気にして泣いたり怒ったり。
そのくせ、可愛いと言われたりプレゼントひとつで舞い上がれるのだから簡単だ。
男に憤りながら男を見下しながらも、いつでも可愛いと言われるのを待っているのだから。

男と女はそもそも造りも中身も違う。
到底分かり合えない。
それでも男と女は惹かれ合うのだ。

「最低で最高」なソレと「面倒で簡単」なソレとして。

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