『アンという名の少女』 大人への階段を一段
6話、アンに初潮がくる回。すごくよかった。
クラスの女の子たちは「大きな声で言わないで。恥ずかしいことよ」と言う。
「どうして? マリラは赤ちゃんを産む準備ができたのだと教えてくれた。すばらしいことじゃない?」
「生理は隠さないと。そういうものなの」
「理由になってない」
生理の知識がまったくなかったがゆえの、アンの真っ当さがいい。常識は往々にして固定観念を含むものだとよくわかる。
「初潮」と響き合うように、どこかセクシャルなシークエンスが続く。
ジュースと間違えてぶどう酒を飲み、破廉恥に騒いだ結果、大目玉をくらうアンとダイアナ。絶交を言い渡された二人が涙ながらに永遠の愛を誓いあい、互いの髪の毛をひと房切り落として交換するのも、ユーモアと同時にエロスが意識されたシーンになっている。原作の翻案としてナルホドと思った。
マシュウはかつて思い合った同級生と再会してドギマギし、マリラは10人も子をもうけたレイチェル夫妻の睦まじさを垣間見て内心たじろぐ。
対照的に、アンとギルバートのやりとりの素っ気なさが際立つ。クラスの好成績者としてライバル関係にあるふたり。勝手に作り上げた「いけ好かない男子像」を投影してギルバートを徹底的に無視していたアンは、彼が病身の父の看病をしながら暮らしていることを知る。
「(ノートなどを届けてくれて)ありがとう。勉強が遅れないようにしなきゃ。君に負けるとしても、正々堂々と戦ったうえでないと」とほほ笑むギルバート。
「そうね。もちろん」と、いつものつんけんした雰囲気を崩せずにアンが答えると、「じゃあね」とギルバートは早々に会話を打ち切るが、来た道を引き返して戻るアンをじっと見送っている(見送る姿は映さず、カメラがギルバート目線でアンの後ろ姿をしばらく映すのだ。こういう演出イイ)。
完全にプラトニックなのはもちろん、お互いのプライバシーに一言も言及しなかった二人。それは相手を尊重した態度であると同時に、アンにとっては「表に出さなくても、人はそれぞれ事情を抱えている」と知る経験でもあった。初潮そのものよりも、アンはギルバートとの関係性の深化によって「ちょっと大人になった」のだ。
さて、生涯独身を貫いてきたためか、性愛に対してどこかコンプレックスをいだいている様子がほのめかされたマシュウとマリラ。
しかしマシュウはアンにプレゼントを贈り(アン念願の、袖の膨らんだワンピース!)、マリラは泣き疲れて眠るアンの頬に触れ額にキスをする。
性愛のある人生を選ばなかった二人だけれど今はアンがいて、あたたかな愛を注ぎ合う幸せを日々味わっている。
馬車の席で身を寄せ合って笑いながら教会に向かう3人の姿でラスト。
舞台は冬。グリーン・ゲイブルスは終始、一面見事な雪原で、寝間着を洗うシーンなど、生理の血(赤)との対照になっている。白銀の美しい世界が、「生理は汚いものではない」という作り手の思いを代弁しているようだ。
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てか、ギルバートがイケメンすぎて恋に落ちそう🤣
ネトフリさん、「ギルバートという名の少年」も作って!お願い!
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