ルネサンス時代のスケッチに見るリュート

リュートが登場する絵画を、中世から19世紀初め頃のものまで、たくさんご紹介してきました。
手持ちのストックは、まだまだあります(!)ので、これからも小出しにして、お見せしていきたいと思います。
綿密に構成された上に、鮮やかに色づけされて完成した絵を鑑賞するのも楽しいですけども、その前段階としてのスケッチ、あるいはデッサンの形に現れるリュートの姿を追いかけるのも、とても興味あるトピックだと思います。

そういうわけで、ルネサンス絵画のスケッチに現れたリュートを、いくつかご紹介しましょう。だいたい、リュートという楽器が何かとルネサンス美術に結びつけられて語られることが多いような気がするのは、一連の奏楽の天使像をはじめとして、実際にこの時代の絵画にリュートが目立って現れることと、関連しているでしょう。

さらにもう一つ、ルネサンス絵画の概説の際によく紹介される、次の挿絵の存在も大きいと思います。

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↑ アルブレヒト・デューラー(1471~1528)の遠近法に関する著作から。刊行年の1525年は、デューラーの名前のイニシャルとともに、上部に書かれています。

ルネサンス美術の革新的な側面として、絵画での遠近法を追求した結果として、いわゆる「透視画法」が生み出されたことがあります。これを使って絵の描き方を学ぶのに、そのモデルとして他でもないリュートを使っているというのが、個人的に熱いですね!

確かに、リュートの丸みを帯びた胴体、くびれたネック部分など、遠近法の練習にはぴったりな気がします。
デューラーの挿絵には、リュートの歴史でもお話ししたように、16世紀を通してスタンダードなタイプだったリュート(おそらく6コースの楽器)が描かれています。

これとは別に、まだ20歳そこそこのデューラー本人がデッサンとして描いた、リュートを弾く人物図があります。

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↑ ベルリンの美術館所蔵の、デューラーのデッサン。
さすがのクオリティですね。上部にはこれまた手書きで年号と、例のイニシャルが。

薄く残る下書きの線からは、本来リュートの位置をもう少し高くしようとしていたか、または大きめのサイズのリュートを描こうとしていたことが分かります。奏楽の天使を描くつもりだったにしては、モデルはそこそこ年齢がいっている人物のようにも見えます・・

ちなみに、ここで描かれているようにリュートを胴体ごと、机の上にもたせかけて弾くのは、この時代にとても一般的だった方法でした。

このデューラーのもとで修業した画家の中で、現代でも評価の高い一人がハンス・バルドゥング(1484または1485~1545)。
彼のスケッチから、リュートを探してみると・・

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↑ コペンハーゲンの美術館所蔵の、バルドゥンクのスケッチ。
ううむ、師に比べてかなりレベルが落ちる?ような気もしますけど、さっと描いたにしては、楽器の特徴自体は、よく捉えられています。

デューラーがモデルとしたリュートに比べると、かなり小型のタイプの楽器のようですね。もっともこれくらいなら、楽器を目の前に置かずとも、画家の記憶だけで書けるのかもしれませんが。

ついでに、ここでもスケッチから垣間見える、リュートの奏法に関するこぼれ話を。デューラーのデッサンでもそうであったように、左手の親指を指板の前に出す持ち方もまた、16世紀にはごく一般的なものでした。

デューラーと並ぶ、ドイツ・ルネサンス絵画の代表的な大家といえば、ルーカス・クラナッハがいます。あのルターの肖像画でお馴染みですね。その息子の、ハンス・クラナッハ(1513頃~1537)が旅行の際に携帯していたスケッチ帳にも、こんな感じでリュートが描かれています。

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さらに質が落ちたではないか・・なんて言わないで下さい。あくまで旅行中のスケッチですから!二度も、1537年という年号が記されています。そしてスケッチを描いた当人は、この年号と同じ年に、旅行の途上で20台前半の若さで亡くなっているのです。

弟で、父と同名のルーカス・クラナッハが長生きして大成したのとは対照的。もし夭折していなければ、その後どんなリュートを絵を描いてくれていたでしょうか。

次は同じドイツ語圏のもので、ちょっと毛色の違うものをご紹介。

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↑ 私の住むバーゼルの美術館所蔵の16世紀後半の絵で、実物を撮影したものです。
これはスケッチというよりは、ステンドグラスの下絵の一部になります。
中央に描かれているのは、古代ギリシャ神話に登場するオルフェウス。
オルフェウスが奏でたとされる楽器のリラが、リュートと同一視されるという現象は、しばしばみられます。このリュートも、比較的忠実に描かれています。
にしてもこのオルフェウスは、腕の筋肉がもりもりな上に、なかなか無骨な手の持ち主ですね。然るべきモデルの存在を想像したくなります。

さて、今度はルネサンス美術の本場、イタリアへとまいりましょう。
レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ・ブオナローティなどと共に、イタリア・ルネサンス絵画の最盛期を彩った、あのラファエロ・サンツィオにも、リュートのスケッチがあります。

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↑ フランス・リールの美術館所蔵の、ラファエロのスケッチ。
左上がリュートを奏する若い人物のデッサンで、途中まで描いて放棄したのか、中央のリラ・ダ・ブラッチョを弾く人物のデッサンが、メインになったようです。どちらも、立って楽器を弾くポーズ。
もしかすると人物は同じで、途中から楽器を持ち替えさせたのでしょうか?

もう1点、ラファエロのスケッチがこちら。

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↑ トリノの図書館所蔵の、ラファエロのスケッチ。
こちらのスケッチは、近年になるまであまり紹介されてこなかったようです。さっきと違い、座って弾く体勢ですね。

右側を見ると、両手のデッサンを別々に練習しているのが見えます。
モデルは首を傾けて、少し物思いにふけりながら弾いているようにも見え、そのデッサン力はさすがラファエロだな、と思います。
彼にとっては、立ったバージョンとも共通するように、リュートを横から描く方が、楽器の胴体の膨らみを見せることができ、さらに人物そのものにも奥行きが出るので良いと考えたのでしょうか。

いや、楽器をいつも主役に考えてしまうのは音楽家の悪い癖!むしろ画家の目線からいけば、あくまで人物が中心でしょうから、人物を描いて「映える」ようにリュートを持たせると、こういう構図になる、と言った方が正しいかもしれません。

一方で、楽器は正面を向いているけども、人物は横を向いたり、体を捻ったりしている構図もあります。次のスケッチは、その典型の一つ。

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↑ オックスフォード・アシュモリアン博物館所蔵の、ピエトロ・ぺルジーノ(1450前後~1523)のスケッチ。

正面といっても、やはり胴部のふくらみは見えるような角度にはなっています。それとリュートの特徴である折れ曲がったネックも、描きたかったのでしょうね。

最後に、「奏楽の天使」に関わるスケッチを。

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↑ カリフォルニア州クロッカー美術館所蔵の、フラ・バルトロメオ(1472~1517)のスケッチ。

天使が口を開けている
のは、弾き語りする姿を意図したのでしょうか。描く対象の各部分の比率をできるだけ正確に捉えるため、あらかじめ正方形のマスを書いて、その上からデッサンをはじめたようです。
何やら、私たちが小・中学校の図工の時間にやった、写生の作業を思い出しますね。

お気づきのように、バルトロメオが行ったデッサンのメインはあくまでも天使です。なるほど、リュートのロゼッタ(表面版に開けられた、飾りつきの穴)、弦、糸倉の部分などは省略されています。
これでもちゃんとリュートだと分かるのが、ある意味すごいですね。

天使とセットということもあるのでしょうけども、一体どこまで単純化・抽象化したら、リュートだと認識してもらえるのか、それはそれで追求していけば面白いかもしれません。

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以上、いかがだったでしょうか?

どうしても個人的に興味がある、16世紀前半のルネサンス絵画に偏ってしまいました。探せばもっとあるでしょうし、その後の時代にも、リュートのスケッチはたくさん残っています。

現代でも、洋画家の人々の中では、リュートをデッサンの題材に選ぶケースがよくあると聞きます。

実は私も一度だけ、とある画家の方の工房に、リュートを持ってお邪魔し、モデルを務めさせていただいたことがあります。
その頃はそこそこ体型も細くて、モデルができたのですよ・・


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