「洗浄力に、除菌力」〜新しいベネフィットを発明したP&G「アリエール」の復活劇〜

【概要】

1990年代、安さをアピールして業界3位のシェアを占めていたP&Gの洗濯用洗剤「アリエール」。しかし、グローバルの方針で値上げされると、一気に売上を落としました。
回復へ導いたのは「除菌」のベネフィットの訴求。除菌はいまでこそ当たり前ですが、当時は洗濯用洗剤の機能としては、認識されていなかったのです。

【STORY】


1990年代、日本の洗濯用洗剤のトップブランドは花王「アタック」。というより、現在も30年以上にわたりシェア1位を走り続ける巨人です。

「スプーン一杯で驚きの白さに」というコピーに、聞き覚えはありませんか? アタックは、洗濯用洗剤の洗浄力を維持しつつ、従来の1/4程度まで小型化した、最初の「コンパクト洗剤」でした。これまで、他には何も持てなくなるほど大きかった洗剤の箱を、自転車の前かごに入るサイズにしました。
コンパクト洗剤は業界のスタンダードとなっていきますが、先駆者である主婦の買い物を格段に楽にしたブランドだったのでしょう。

いっぽう、アリエールは安さを武器に業界3位のシェアを持っていました。しかし、グローバルの方針として、大幅な値上げが実行されると、シェアは半分にまで落ち込んでしまいます。

この状況を打開するために、P&Gがとった戦略が、当時アリエールを含むどの洗剤にもなかった「除菌」機能の訴求です。ところが、開発段階のグループインタビューでは32人中1人しか、除菌のベネフィットに購買意向を示さなかったと言います。

当然です。消費者はみな、アタックのような小さくて楽な洗剤が、良い洗剤だと思っているのですから。まったく新しい価値を認識してもらうのは、まさにイバラの道なのです。

P&Gは市場のコミュニケーションで、「洗濯する時、なぜ除菌しなければならないか」という啓蒙からはじめました。当時マーケティングの主流だったテレビCMの短尺では難しいので、専門家との実験結果を報道機関に発信、テレビや新聞で「除菌」の必要性が取り上げられる、という現象を起こしました。

この話は、よく「よい商品の再定義」という文脈で語られます。アタックは「よい洗剤とは小さい洗剤だ」、アリエールは「よい洗剤とは除菌できる洗剤だ」という認識を定着させました。

前者はわかりやすい消費者の課題ですが、後者は課題を発見し、「買う理由」をコツコツ積み上げて、ベネフィットを成立させたのがすごいところ。そのことで、新しい市場をつくったのです。

●参考文献
The Art of Marketing マーケティングの技法

アリエールの成功に「モノの再定義」あり 資生堂×ブルーカレントが語る、市場を作る戦略PR

【コンテンツのPoint】

ニーズの発明
「認知」から「行動」の段階を示したマーケティングファネルをご存知だと思います。潜在的なニーズが段階的に顕在化して購買などの行動に至る、というモデルです。ニーズがすでに顕在していて、商品を比較検討している段階の人を「刈り取る」方が簡単で早いですが、その分競争も激しいです。そのため、消費者が抱えるお悩みなどを見つけて、解決するようなマーケティング、コンテンツが重視されるようになっています。

でも、アリエールの場合は、ファネルのはるか上を行っています。明らかなニーズを刈り取ったり、隠れたニーズを見つけるのとは違う次元の、「ベネフィットの発明」「ニーズの創造」です。
思いつくだけなら簡単かもしれませんが、世論を巻き込む巧みなコミュニケーションで、戦略を成立させたところがスゴい。「必要は発明の母」と言いますが、「発明は必要の母」にしてしまったおもしろい事例。コンテンツの力が大きいと思いますです。


見てハラオチさせる
アリエールがそうであったように、皆が知らない価値を理解してもらうには、コツコツとステップを踏む必要があります。このとき、理屈で「説得」しようとするケースがありますが、明らかな悪手です。
見た瞬間に自分ごとになるくらいのシンプルなデータ、ファクトを示すことが大切。できれば、写真や映像(実写)がベスト。バイ菌のありかなどは表現が難しいので、グラフや図解、イラストで示せればよいでしょう。
ずいぶん前の事例なので、筆者もみたことがないのですが、アリエールの除菌の啓蒙では「バイ菌の移行サイクル」が示されたと言います。おそらく、衣類に付いたバイキンが洗濯槽に集まり、衣類の間で移ったり、手について広がっていることを図で示したのだと思います。
昨今では非常によく使われる、図解、インフォグラフィック的な表現のハシリでしょう。ひとめでわかるビジュアルは、直感的に人をハラオチさせることができます。

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