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alt-J 『The Dream』 (2022)

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8/10
★★★★★★★★☆☆


曇り空の下で周りを窺いながらボソボソと歌うような、灰色の歌が12曲49分間続く。感情の高揚が排除された平坦な感覚。一聴すると魂の抜けた作品に聴こえるかもしれない。

基本はアコギで作曲されたソングオリエンテッドな作風だが、その曲自体が極めて地味で、派手なフックは皆無。プロダクションも強い印象は残さず、全体の調和に努める。雑踏や会話のSEが取り入れられているが、いかにも自然で溶け込んでいる。すべてがマイルドでファジーな灰色の世界。

その平坦さは、本作の持つ"観察者"という距離感から来るものだと思う。DV("Happier When You're Gone")や倒死("Philadelphia")など悲惨なテーマを扱った歌詞は、しかしあくまで観察者の視点から描かれる。"Chicago"では、街を洗う大雨を離れた丘の上から眺める。コーエン監督の名画『ファーゴ』(1996)のように淡々とした描写。平静を保った視線の裏に隠れる緊張感。どうしても惹きつけられる。部外者が当事者面して勝手に騒乱し勝手に疲弊する"インクルーシヴ"な現代。このような一歩引いた距離感を持つことを恐れてはいけないと思う。

PM2.5で霞む暮色の中、バンコクの路地に屯する無数の人間と野良犬。車窓に流れる昨日と変わらない灰色の景色。私たちは大小の事件を抱えながらも、淡々と各々の人生を生きる。


地味な曲ばかりだが、4,12の表現力の高さには唸らさせる。1stのころの素朴な歌心が帰ってきたような気がする。隠された緊張が漏れ出る8,11も素晴らしい。


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