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Arctic Monkeys キャリアを振り返る

00年代以降のロックを牽引するAcrtic Monkeys。そのバンド史は、ロックという音楽ジャンルの進歩的な側面、そして一人の人間が成熟していく様子をも示してくれる格好のサンプルだ。

今回、新作『The Car』のリリースを祝して、私の考える彼らのアルバムランキングを投稿しようと思う。




7位 4th 『Suck It And See』 (2011)

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このバンドのアルバムはどれも傑作であり、最下位だからと言って程度の劣る作品というわけではない。実際本作は彼らの中で最もキャッチーなメロディと、西海岸風の爽やかなヴァイヴに覆われたアルバムだ。"Reckless Serenade"と"That's Where You're Wrong"は特に傑作で、後者は最近になってライブでも演奏されるなど、彼ら自身がその良さを「再発見」した様子もある。

それでも最下位なのは、前作『Humbug』でせっかく試みたあの渋く重いバンドサウンドの強化が今一つ活かされていないと感じるため。爽やかな曲とラウドな曲が入り乱れる構成も中途半端な印象がある。ルーム系のエフェクトを多用したギターも、前年にKings Of Leonが大作『Come Around Sundown』で極めた路線であり新鮮味が薄い。3rdに続いて分離の悪いミックスも意図が見出しにくい。クラシック感を醸し出す太いベースは良い。アレックスのボーカルも色気ムンムンで良い。

『Suck It And See』は「まずやってみてどうなるか見てみよう」という意味だが、それが物語る通り、方向性の必然性が感じられない。彼らにとって幸いだったのは、ソングライティング(曲/詩)の冴えがあったことだろう。それが無ければ凡作になっていた。

余談だが、"Brick By Brick"の歌詞に出てくる"I wanna rock 'n' roll"とはつまり「ロックンロールなんていらねえよ」ということの裏返しだが(3回も連呼する時点で明らかにふざけている)、それを聴いた少なくない数のリスナーが「ロックンロールが帰ってきた!」と勘違いしていたのを見て、なんだかなあと思った記憶がある。





6位 3rd 『Humbug』 (2009)

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本作は『Suck It And See』とは真逆の存在だと思う。つまり、方向性は理解できるしアイデアも演奏も冴えているが、曲自体の魅力に欠ける。QOTSAに影響を受けたようだが、彼らのようなキレがない。"Secret Door"と"Conerstone"は明らかに名曲だが、いずれも既存路線のソフトな曲。意欲を意欲で終わらせない説得力を手に入れるのは、もう2作先になった。まだ色気も、出そうと頑張って出している感じがする(頑張ったら出るのが凄いが)。





5位 5th 『AM』 (2013)

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このアルバムについては「タイミングと質の勝利」という印象を持っている。タイミングには二つの意味がある。一つは時代背景。本作がリリースされた2013年と言うのはUK/US(特にUK)でアート気取りのインディロックが立ち行かなくなった年で、小賢しいものよりも、大文字のロック/ポップが求められていた。その時代のムードは、The 1975, Peaceといった身も蓋もないポップなインディバンドが台頭したことからも読み取れる。そこに現れた本作の強烈な王道オーラがこれ以上ない迫力と風格を持って響いたことを、今でもはっきりと覚えている。

もう一つは、彼ら自身のキャリアにおける本作の位置付け。3rd, 4thは鮮烈なデビューを飾ったバンドにしては伸び悩んでいるなという作品であり、バンドの将来を疑問視する声も出始めていた。そこに本作のような「強い」印象のアルバムが出てきたため、溜飲を下げたという形だ。その二つの意味で、本作はドンピシャのタイミングでリリースされた作品といえるだろう。

もちろん、それが成功したのも本作の質の高さあってこそだ。よく「ヒップホップのリズムとサバスのリフの斬新な融合」と語られるが、改めて聴くと、実は割とオールドスクールな王道の70'sロックスタイルが多く、斬新さよりも質の高さと分かりやすさで勝負していることが窺える。"Do I Wanna Know", "R U Mine", "Arabella", "Snap Out Of It", "Why'd You Only Call Me When You High", "Knee Socks"と言った代表曲の"強さ"はキャリアダントツだ。

反面、それにしては低い順位となったのは、"One For The Road", "I Want It All", "Fireside"はこのバンドにしては凡庸で刺激のないサウンドだし、"No.1 Party Anthem", "Mad Sounds", "I Wanna Be Yours"といったバラードはまだ発展途上だと感じるためだ。アルバムの中で、出来の良い曲と良くない曲がハッキリしているため、この順位となった。





4位 2nd 『Favourite Worst Nightmare』 (2007)

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ロックバンドとしての彼らのバンドサウンドは、このアルバムの時点で早くも完成を見てしまった、それゆえ次の一手を探し続けるはめになった、そう言うべきだろう。特筆すべきはとにかくドラムで、往年の名ドラマーの名前がドンドン浮かんでくる。"Brianstorm"での圧倒的な手数や、"This House Is A Circus", "If You Were There, Beware"でのStuwart Copelandもかくやのシンバルワークと余裕綽々のブレイクなど、硬軟自在の多彩なプレイスタイルを見せる。それに引っ張られギターもボーカルも完全にゾーンに入っている。最も筋肉質なアルバムだ。

ソングライティングで言えば1stほどの冴えや閃きは無いような気もするが、全く気にならない。演奏がメロディを食っている。そういう意味では4thとは真逆。この時点では、私はこのバンドは21世紀のThe Policeになるのではと思っていた。





3位 1st 『Whatever People Say I Am, That's Not I Am』 (2006)

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このアルバムに秘められた青春の焦燥とちっぽけなロマンティシズムの輝きがあまりに素晴らしいこと、そしてそれが世界中の若いバンドに計り知れない影響を与えたこと、それは語り尽くせない。

本作がリリースされた2006年、イギリスでは既に無数のガレージバンドやポストパンクバンド(ポエットパンクとか呼ばれてた)が未曾有の賑わいを見せており、本作が高評価を得る土壌は既にできていた。しかしそれでも本作は明らかに異質であった。多くのバンドがキャッチーさとクールさを標榜していた中で、このバンドはそれには目もくれず、高速変則ギタープレイとリリシズムで圧倒した。それでいながら、結果としてどのバンドよりも遥かにキャッチーだった。「Arctic Monkeysとその他」という構図が一瞬で出来上がった。語ろうと思えば何文字でも語れる。とにかく、奇跡的なデビュー作。





2位 7th 『The Car』 (2022)

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あまりにもメロディの美しい作品。彼らがここまで歌ものに明確に舵を切ってきたのは初めてかもしれない。演奏云々より、とにかく彼の紡ぐ柔らかく美しいメロディに酔いしれる。本作のメロディに対して「曲が書けてない」と言えてしまう人がいるのは、いかにサブスク時代のフック中心のソングライティングに耳が毒されてしまっているかをまざまざと示す。Taylor Swiftに吹っ掛けて炎上したDamon Albarnの言いたかったことが分からない人は、本作を楽しめないと思う。

演奏は地味だが、ストリングスが良い。さながらスコットウォーカーやディオンを思い出す優雅さと複雑さを持っている。ドラムも1st来の特徴である余白とゴーストノートを活かしたプレイを存分に聴かせるが、しかしどこか静かな緊迫感を煽るのはこの人のシンバルワークならでは。相当練習したんだろう。敢えてラフに鳴らすギターは、優雅な作品が優雅になり過ぎないようバランサーとして重要な役割を担っている。ベースも『Suck It And See』以降のクラシックな太さがここで活きている(黒さはあまり感じない)。

いずれも、プロデューサーの入れ知恵でも一時的な趣味でもなく、4人の培ってきた知識と経験が全て結集した結果の音である点が素晴らしい。これこそが、バンドという形態の最上の美点だろう。実際、本作ではバンドメンバーが再びこの4人で演奏することの喜びを強く感じたと言う。本作を聴けばそれもよくわかる。「こんなまったりしたのはソロでやれ」という意見がいかに的外れか、よくわかるエピソードだ。





1位 6th 『Tranquility Base Hotel & Casino』 (2018)

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ついに辿り着いた最高傑作だと心の底から思っている。ある意味最大公約数的なサウンドだった前作からガラッと変わり、誰もやっていない個性的なサウンドをここまで堂々と鳴らし切ったのには賞賛の言葉しか出てこない。

とにかく良いのは、ピアノとシンセを多用して作り上げる緊迫と緩和の繰り返し。抑制の美学。そして噎せ返るような密室のロマンティシズム。例えば"One Point Perspective"のサビ終わりのシネマティックなシンセと直後に繰り出されるギターソロだったり、"American Sports"での華麗なピアノアレンジの背後で鳴り続ける不穏なシンセだったり、その2曲の天才的な繋ぎ方だったり、"Tranquility Base Hotel & Casino"のサビで繰り返し鳴るギターの一音だったり、"Four Out Of Five"での極端に硬いスネアが醸し出すサイケデリアだったり、そこからサビで急に漏れ出すロマンティシズムだったり、とにかくどの曲も凡庸なアレンジは一切されていない。現代のロックシーンではまず聴けないクリエイティブな演奏の目白押し。演奏の意図が結果(効果)に直結しているという点では、実はバンド、そしてAlexにとって快心の作品ではないかと思うのだ。その点において、新作『The Car』を上回っていると感じる。

そんな本作が、「ギターが鳴っていない」「キャッチーじゃない」「1stみたいじゃない」といった理由で酷評されたことは、バンドにとって悲劇としか言いようがない。同時に、ロックというジャンル、そしてロックリスナーという存在の旧態依然とした古臭い体質を顕著に物語るような気がして、とても萎えたことを覚えている。

それでも、本作の酷評にめげず、次作『The Car』でより自分たちの理想に突き進んだことは本当にカッコいいと思うし、このバンドの信念の強さを見た気がして嬉しくなった。



余談

The 1975のMattew Healyが「Arctic Monkeysは2000年代のバンド。2010年代はThe 1975の時代」と発言したのは向こう見ずな彼らしくて大好きだし、それに対して「認めるよ。でも今は20年代だ。ここからが楽しみだ」と余裕たっぷりに返したAlex Turnerもかっこよすぎる。

3歳違いの天才2人が2020年代のロックを牽引していくのは間違いない。それに続く下の世代は誰だろうか(私はFontaines D.C.かなと思っている)。



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