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月子と太一7

 意思薄弱ってこういう事かな。

乾いた喉を潤すためにビールを一気飲みすると、月子はそんな事を思いながら、いくら弁当をかき込むカズシを見下ろした。

「うまいね、コレ。」

月子と目が合うと、ニッと笑ってカズシは言った。

真昼間のラブホテルの、偽物の夜の中で、力無く月子も笑ってみせる。

 いったいどうやってこの男の誘いを断れるっていんだろう。

ここへ入る前に言い訳みたいに思った事を、月子はもう一度考える。同時に、何でカズシが太一の晩ごはん食べてんだっけ?と他人事のように思う。 

 さっき長閑な公園で、太一を想いながら弁当を食べていたことが遠い過去のように思えた。
 弁当を食べる月子を見下げながら、カズシの言った言葉は、「久しぶり」でも「元気?」でも、ましてや「あの時はごめん」なんかでは全くなく、「結婚するんだって?」だった。めぐちんから聞いた、と付け加え、月子の隣にどさりと腰を下ろしながら確かにそう言った。

 ふうん。まだ続いてんだ。

目の前に居るはずのない男を目の当たりにして、月子は不思議な気持ちでそう思っていた。

"めぐちん"は、月子とカズシの別れの決定打を打った女だ。かつての月子の同僚で、毎日ランチを共にする仲だった。
 ある日、いつものランチの席で、馬鹿正直にカズシと関係を持った事を告白してきためぐちんに対し、月子は誰が悪いというよりも、心底残念な気持ちになっていた。

 黙ってくれてたらよかったのに。と。

月子にとって、カズシの今までの女遍歴がひとつ増えただけで、それがたまたま自分の友達だった、ただそれだけの事だった。

 だから月子は「いいよ。別にめぐちんが悪いわけじゃない。」そう答えた。

 なのにその日家に帰るとカズシは居なかった。

最初はカズシが居なくなったことに気付かず、帰ってきたら「めぐちんから聞いたよ」とシレっと言ってやろう。友達はないでしょ、友達は。などと独りシュミレーションしながら、月子はカズシの帰りを待っていた。

 ビールを呑み、食事を食べ、そうしながらシュミレーションを繰り返し、妄想疲れでソファでうたた寝し、真夜中に目覚めてもカズシは帰らず、その段になって月子はようやく胸騒ぎがし、クローゼットを開けてみるとカズシの洋服がそっくりなくなっていた。
 
 部屋をよくよく見渡してみても、なくなっているのは着るものくらいで、カズシが気に入っていたCDも漫画本もゲーム機も、みんないつもと変わらずそこにあった。

 震える手でカズシのスマホにコールすると電源が切られており、まさかと思いつつめぐちんにもかけてみると、やはり電源が切られていた。

 カズシは自分の想い出ごと全部置いて出て行った。

そう思い至った瞬間月子の理性は飛んだ。そのまま部屋を飛び出し、自転車でめぐちんの家まで行き、これでもかという程玄関のドアを叩いた。

 はい、とインターフォン越しにめぐちんの声が聞こえても月子はドアを叩くのをやめなかった。諦めためぐちんがドアを開けるのと同時に部屋へ上がり込むと、案の定カズシはピンク色のシーツにくるまり眠っていた。

 カズシを揺すり起こし2人を前に泣いて喚いても、当の2人は時々顔を見合わせて俯くばかりだった。自分だけが部外者のような疎外感に、月子は地団駄を踏む子どもみたいに喚き続けた。

 やがて朝日が差し月子の声が枯れる頃になると、めぐちんがやっとポツリとひと言漏らした。

「だって…つきちゃん、いいよって言ったじゃん。私はカズくんの事本気で好きなんだって、言ったよね?」

 言ったっけ?と月子はボンヤリする頭で考えた。言ってたかもしれない、でも月子にはめぐちんの事情なんて関係なかった。

 いつから自分はこんな人間になったんだろう、と真っ白な頭の中のどこかで聞こえた気がした。その瞬間、何も言わずに月子はめぐちんの部屋を出た。

 めぐちんが遊びで男と寝るようなタイプではない事くらい月子はわかっていたはずだった。めぐちんの気持ちなんてひとつも考えずに、カズシと2人の狭い世界の中で、自分さえ許せばまたいつもの毎日に戻れると月子は信じて疑わなかった。それ以外は何も考えなかった。めぐちんの気持ちも、そして、カズシにだって感情があるということも。

 しかし、そう気付いたところで月子は冷静ではいられなかった。失ったらなにもない。その想いは月子をカズシに執着させた。

 会社にいる間は普段通りに過ごし、仕事を終えるとめぐちんの家へ押しかけたり、カズシがそこへ居なければ待ち伏せし、平日に有休を取ってめぐちんが会社に行ってる隙にカズシを訪ねて無理やり寝ようとしてみたり、フラれた女が恐らくするであろうダメな行動をおおよそ全てやり遂げたあげく、めぐちんは会社を辞め、カズシと共にどこかへ引っ越して姿を消した。

 めぐちんと1番仲の良かった会社の先輩に聞いても勿論2人の居場所も連絡先も教えてもらえず、それきりカズシと会うことはなくなった。

 なのに月子が結婚すると知り、あっさりカズシは月子の前に現れた。きっと先輩がめぐちんに伝えたのだろう。

 あんなに会いたくて焦がれた男が目の前に現れ、その上身体まで重ねたというのに、月子は何の感慨も湧かなかった。太一に対する罪悪感も、カズシに対する情愛のようなものさえも、何ひとつ。

「携帯、番号変わってないんでしょ?」

弁当を食べ終えると、月子の乳房に顔を埋めながらカズシが聞いた。

 変わったと言え。もう会わないって言え。

そう思う月子の意思に反して、頭はあっさりコクリと頷いていた。

 裸のまま甘えてくるカズシにさせたいようにさせながら、だからどうやってこの男を断れるっていうんだ、と、月子は自分以外の全部を憎んだ。

 ロマンチックじゃなくなった太一を。気まぐれに現れたカズシを。あるいは運命のイタズラを仕掛けた、ヒマな神様を。

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