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折り返しに来て思うこと

もうすぐ30代も終盤に差し掛かり、
40代が目前に見えてき出したからか
残りの人生の生き方を意識することが多くなってきた。

人生100年時代とはいえ、100歳まで健康に生きるのはなかなか生活習慣を律していけない自分には難しいことだと気づいたので、
それでも運良く80代ぐらいまでは生き延びれたとして、そうなると40というのはもう折り返しを迎えることとなる。
これは決してネガティブな意味ではなく、折り返しというのは今まで道なき道の往路を辿ってきた自分へのアンサーロードのスタートのようなイメージなのだ。

"自分は残りの人生をかけて何をしてみたいのか"
と就職活動中の大学生のようなことをついぼんやりと考えてしまうようになってきた。

今までの私はというと、衝動で動く時期と慎重に石橋を叩いて渡る時期が交互にあるような人生だった気がする。
それが自分らしさであり、嫌いではない。

そして今まさに衝動で動くシーズンへのエンジンが温まりつつあることに気づいている。
ただ、そこには沢山の葛藤と課題があるのでまだレッドシグナルがかろうじて点灯中といったところだ。

というのも、「やりたいこと」という選択条件の中に自分以外の誰かの存在を意識するようになったからだ。
それは家族(旦那や親や親戚)だったり、友だちだったり、知らない人だったりする。

往路の私は、何か始めようとする時に自分がやりたいかどうか、楽しいかどうか という軸が何より大切だった。
復路に差し掛かった今、そこに新たに 人の役に立つことかどうか が同じ比重で加わってきて自分でも結構びっくりしている。

今フリーランスでアクセサリー作家をやっていて、個人事業ではあるものの店舗もないし従業員も居ない。常にがんばるのもがんばらないのも自分次第なので、ある意味かなり自由で不規則な働き方をしている。
徐々にカタチは変わっていけど、手を使ったものづくりは死ぬまでやっていきたいし、ライフワークには違いない。

それとは別の、人生をかける何かにチャレンジするかどうかを今めちゃくちゃ迷っている。
コトバにしてしまうともう引き下がれないけど、あえてキチンと自分へ問う時期がもう迫ってしまっている気がする。
子どもが欲しいという願望ではない。(そういう時期もあったしそれは神のみぞ知る)

まだしばらくは考え続けるであろうこのテーマを30代最後の課題にして、
ひとまず目の前の今やるべきことに向き合います。

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