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「ニホンシネ」をヒヒが生き返す

・救急搬送の夜
1

 ドタン バタン カラカラカラ・・・
プップー ガラガラガラ・・・ ドカーン!

 
 つめたい12月の風が診療所の窓をたたいて去っていく。
遠く離れた国道からは建設工事の騒音がけたたましい。
建設ラッシュが続いているため渋滞しているのも騒音の中にある。

 めぐみはふーっと一息ついて立て掛けた写真立てをみた。なんの会話も交わすことなく写真立ての横にもう二つ立て掛けた。

 死亡届 と 内閣総理大臣賞

このなんの接点もない2枚がアクリルに入れ立て掛けられた。この死亡届は役場に受理してもらえなかった。当然といえば当然といえよう。そして賞状すらも貰うべき当の本人に渡ることはなかったのだ

 めぐみから涙は出てくる気配はない。彼女はただ放心しているだけだ。
それは昨夜の出来事があまりにも現実的ではなかったからにほかならない。そう、めぐみが見た現実はまさにSF映画の世界そのものだった。そしてまだ夢の余韻から覚めていない。

思えばこの2年。
そう、この2年間は不思議な出来事の連続であった。
そしてこの不思議な出来事の連続が昨日終わったのだ。そして、そしてもう二度と起こることはないだろう。


誰もこんな事信じないだろうが確かな証がある。静かに寝息をたてている可愛い証。ここにある。

めぐみはもう一度、ふーっとため息をつき空を見上げる。

ありがとね。
じゃあね。


 
あと、バカヤローが。と付け足した。

めぐみは我が子を優しくみつめ
ヤツとの永遠の別れをした。
ヤツはただ無表情な真顔をフォトフレームから
こちらに覗かせていた。まるで犯罪者のような
真顔のフォトグラフ。

2

ここ三重県の南勢地区には伊勢神宮がある。
つまり神さまの中の神さまがおわす神さまの本家である。
むかしむかし神さまもここを選んでしまったのだろう。
海の幸、山の幸、そして水も豊かだから有数の穀倉地帯だ。
その中でもここは志摩。アワビやサザエ、伊勢エビに牡蠣といった高級食材の宝庫だ。
移住するには申し分ない。

めぐみも3年前伊雑宮さまが鎮座するこの山奥に動物病院を開業した。

(↑の写真 志摩市磯部にある伊雑宮。
風光明媚な南伊勢は神さまのおうちがたくさんある)

「なぁ、めぐみ先生よぉ」

近所からそう呼ばれている。
近所といえど少ない。完全なる過疎の町なのだ。

小学校も統廃合、とくに廃校になる小学校が多い。

東京のベッドタウン成田からこのいなか町へ。
めぐみもこの土地を選んだ。伊勢志摩を選んだ。

なぜ?

まず、彼女はど田舎に住む免疫があったこと。
彼女は大学で獣医学科を専攻した。そう、小さい頃からの夢。どうぶつのお医者さんだ。難関をストレートで合格し、立派な研究を積み大学を卒業した。

 彼女の在籍していた大学の獣医学科は2回生までは都内のキャンパスで過ごす。しかし3回生から卒業までを秋田の大自然で過ごさなければならない。まさにリアルである。あんなドカ雪をいままで見たことがなく、リタイアして帰ってしまう学生もいるのだとか。

あと、彼女の家計は代々の医系家族だ。
父はもちろんバリバリのドクター。母は薬剤師。
職場結婚だそうだ。妹は産婦人科のドクター。
しかし彼らの娘であり姉であるめぐみだけ「ケモノ」がついた医者なのだ。しかし家族の中でも肩身の狭さは一切感じていない。感じたことがない。

その理由として彼女の父はそもそも組織、権力とは無縁の医療人であり、大学病院の教授をしていたが「白い巨塔」を嫌った。彼は北海道の無医村で人知れず、奉仕という形で人から感謝と尊敬を集める医療人を選んだ。その父の背中を見て育っためぐみの将来はやはりカタブツなマイノリティな医療人である。北海道の野生動物の話も父から随所に聞いていたのでリアルな獣医業を志すに至ったのだ。

都会から田舎へ、を当たり前のこととして移住してきたのだった。

彼女は人より動物を愛していた。
ゆえにそこいらの獣医師よりも獣医療に誇りを持っていた。商業主義、いわゆる金もうけのための医術を持ち合わせていない。

それが彼女、伊東めぐみなのだ。

卒業後の国家試験をなんなく通った25歳のあるとき
県内でも有名な動物病院の院長から勤務医へのオファーがあった。

彼女の友人は大の馬好きで、彼女も進路をそっち方面に決めたと知らせをもらったところだ。JRAだそうだ。

めぐみも動物病院勤務への夢が叶った。
このオファーを受け獣医師のキャリアが始まったのだ。

3

ドンドンドン!
ドンドンドン!

診療所の玄関辺りからけたたましくドアをたたく音が聞こえる。
と同時に複数人の男たちの声。ひどく慌てている様子だ。

めぐみは男が嫌いだ。元来どうも好きになれない。
かといってレズビアンでもない。

彼女は街を歩けば誰もが振り向く美貌のもちぬし。
世のプレイボーイ達の腕の見せ所として彼女を何度も利用された。

だから飽き飽きした、というか怖いのだ、男性が。
36になって未だ独身なのも、大都会から離れひっそりと開業したのも
納得がいくといえよう。

めぐみ先生!!めぐみ先生!!
ドンドンドン・・・

なんだろう?こんな夜中に。

強い酒を飲んだ。
寝付いたのはついさっきだ。
こんな感じでたたき起こされるのははっきり言って不愉快である。

「何事です?こんな夜中に皆様おそろいで・・・」

地元の猟友会と消防団が総出だ。
みな血相をかえて。何事だろう?

「どうされました?ここはあいにくノミ屋じゃないんで・・」
「そんなことはわかっとるよ!めぐみ先生、大変なんじゃ。ちょっと見てみてくれんか!」

深刻そうだ。するといきなり消防団の男たちはなんの許可もなく待合室を抜け診察室の手術台になにか
おおきな物体を置き放った。

「う、この臭い」
日頃より腐った臭いは職業柄なれっこなはずのめぐみの鼻をこの物体は曲げた。
手術室が異臭で満たされた。二日酔いも手伝って不快感マックスだ。

「なんです、これ?」
「この大きさからして・・・シカ、じゃない。なんだろ」
「もしかして・・・人間??」

「なわけねーだろ!めぐみ先生よ!だったら持ってくとこココじゃねぇだろー!」
「うぇ、きもちわりぃ・・・こいつは人ヒトじゃねぇ。そのブルーシート開けておくんない」

めぐみはおそるおそるブルーシートを開けた。
あいにくめぐみにはヒトの臨死は行ったことがない、当然ではあるが。

ガバッ!

めぐみは目を丸くした。そして倒れそうなところをギリギリ持ちこたえた。

「ヒト?・・・あのコレって」

「だーからぁ、先生さんよぉ、人間じゃないっていってんだろ!
見てみない(見てみなさい)!こんな毛むくじゃらな人間おらん」

それもそうだ。
この体毛はいくら毛深い人間ですら追いつかない。

あ、そだ!しっぽは!?  ない。ないならおお猿ではない。

「わるいけど手術・・お願いできるかぁ。猟しとる最中にまちごうてぶっぱなしたらしいで
熊とまちごうてな。んでも警察に届ける訳にもいかんし、ヒトちゃうで。まだ死んどらんしで
ココ来たんやわ。ほんならまぁ、頼むわ」

そう言い残して連中は去っていった。手術道具が珍しくいじくっているもの、めぐみのプライベートが
気になるらしく自宅部分の部屋をチラチラと見ているもの。気づいた瞬間ドアを閉めたが

残されたこの1匹とめぐみ。
訪れた静寂。そのなかに虫の息の呻き声。最悪である。
二日酔いの気持ち悪さから処理できない不安感が襲ってきた。

う~、ともヴ~、ともいえぬ苦しそうな声。
こいつはヒトなのかそれ以外なのか・・・
もし体毛ボンバーなだけの人間ならば安楽死したその時にハイさよなら。
医師免許うんぬんは論外!めぐみはキャリアどころか人生を失うことになる。

ぐでんぐでんする頭で出来る限り考えた。
「ちっきしょ、無責任な奴等が!」

めぐみは何度か電話をかけまくったが、トンズラこいたのだろう、さっきの男どもには
もう繋がらない。

そうだ、警察に電話だ!!
救急車だ!!

15分後、救急車とパトカーがやって来た。
結果は?いわずもがな、である。

しかし、救急車が去り、警察がさじを投げたということは
めぐみの頭にはハッキリとした決意が生じた。

「安楽死」

これだ。

めぐみは動物の安楽死、特にペットを飼えなくなった、またペットが老いたから、といった
理由での安楽死を決して行わない。千葉で勤務医をしていた頃、めぐみは何度もこの件で飼い主と
モメた。
いきものに対する思いが彼女の全てなのである。

今回の件は無条件に安楽死の薬に手が伸びた。
100%やる気である。

時間は午前4時を回ったあたり。
いつものように外は静かだ。たまに遠くの山からシカの啼く声が聞こえてくる。

この毛むくじゃらのいきものに至ってはさっきよりも苦しそうな
感じはなかった。
むしろ衰弱して命が終わってしまいそうな苦しみ様である。

むーーー・・・む・・。

「ゆるしてね。なんの恨みもないんだけど・・」

薬剤を注射器から注入しかけたその時。
やはりめぐみの中で生命への尊さがめぐみをノックしたのだ。

「助けてほしいんじゃない?そらまぁそうかも」
「よし、行き返してあげようやないの!」

そこからのめぐみは12時間後、夕方になるまでの間オペ室に
こもるのであった。
そうと決まれば酔っぱらった頭をハッキリさせるため、冷水のシャワーを浴び
医院の玄関に「本日休診日」の札を立て掛けた。

症状は極めて重症である。コト切れるのがいつでもおかしくない状況だ。

彼女には民家に出没する野性動物の保護を動物愛護の団体から依頼を受けて
積極的に行っている。これは当然近隣住民はいい顔をしない。
民家に農作物を食べに来たシカがワナにかかって足を骨折。その治療と療養。
田畑をあらしたり、家畜を荒らすモノは「害獣」なのだ。

この価値観の違いが都会から来た獣医師と
農業をこの土地で続けている彼らの間で
対立を起こさせるのだが・・。

約半日に及んだオペが終了した。
なんとか汚くも尊い命を救うことが出来た。

4

ケガの原因はやはり銃創。貫通銃創だったのが幸いした。
散弾銃の弾痕が体内に残っていたらまずは助けられなかっただろう。

それにしてもこの生き物はなぜ山中を歩き回っていたのだろう?
・・・そもそもこの生き物はなに?

ビッグフット?

いや、彼女はそんな都市伝説は信じていない。
より科学的にいまここに横たわっている
物体の存在をまじまじと観察している。が答えは出ない。

バイタルは。
安定している。

信じられない。
普通なら、絶対に・・・

死んでいても不思議ではない。
この生き物の並外れた生命力を何度も垣間見た、オペ中に。

たとえば筋肉。
これは結論、人間ではない。
たとえば骨格。
これも若干、人間・・・人類ではない。

でも血液は?それは赤い。赤いのだが・・・
凝固が早すぎる。あんな壮絶なオペにもかかわらず
血液を拭き取る回数が少なすぎた。
めぐみが汗を拭く方が多かったのだ。

これはマンガだ。アニメかなんかの世界だ。
医療人として出しためぐみの答え。

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