2024.1.21 『i アイ』 西加奈子


自分ではどうにも出来ないことが、世界には多くある。その渦中にいてもいなくても、自分の力だけでは変えることができないもので、この世界は埋め尽くされている。
その不条理が生み出す悲劇のひとつひとつに目を向けて、おおよそ等しく感情を揺らすことは私にはできないが、聡明で繊細なアイは、自らの存在と照らし続けてきたのだと思う。

「この世界にアイは存在しません。」
作中で呪文の様に何度も繰り返されるこのフレーズは、主人公のアイ本人のことだけではなく、「愛(love)」、そして自分という「I」の存在そのものを意味していたようにも思う。

アイがアイとして育ってきた経緯をなぞりながら、愛とは何か、家族とは、血のつながりとは、国籍や肌の色、思想とは、何なのかについて深く考えさせられた。
多くの人に囲まれて不自由なく生きてきた自分にも、世界で起こっている様々な悲劇の渦中で生きてきた人々にも、間違いなくアイは存在すると、最後に定めてくれたことに安心を覚えた。

私はここにいる、と強く感じられる自分でいることは、人として歩む上で必要不可欠なことだと思う。
環境や直面している問題は人それぞれ異なり、人々はその中で、本当に自分はこれで良いのだろうか?と自問自答の中で選択を繰り返して(一つひとつの選択に明確な意思の有無に関わらず)、「生きる」というひとつの使命を果たすために、コミュニティを形成し、社会と繋がり続けている。
羨望や嫉妬、劣等感や優越感、満足、苦しみ、悲しさ、嬉しさ、幸福など多くの感情が生まれるのは、常に自分が外との繋がりの中で生きているからで、内だけを向いて生活をすることは難しく感じる。
他者からの影響が常に存在する世の中で、自分を見失うことは少なくない。自己との対話を経て選択をすること。その軸として「私はここにいる」と強く思うことが、ブレない自分を形成するのだと改めて気付かされた。

私はアイのような聡明な人間でないが、少なくとも自分の手に届く範囲は明るく照らしたいという強い欲求がある。そして、できるだけ多くの人が前を向ける世界であって欲しいと願い続けている。何をすべきか、と問う前に、何をしたいのか。それが何のためなのか。目的の一番深くにあるは「愛」なのだと、強く思う。

「この世界にアイは存在する」
数学の理論の中だけでなく、自ら選んでその答えに辿り着いたアイの強さと、そこに至るまでに寄り添い続けたミナ、ダニエル、綾子、ユウの優しさ(=愛)を持っていられるように、自ら選んで生きていきたい。
この作品に触れて、私が大切にしたいものを、自らの選択で大切に扱っていきたいと感じることができた。

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