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書評 | Janie Cohen編 "ARCHITECTURAL IMPROVISATION -A History of Vermont's Design/Build Movement 1964-1977-" (評者邦題:『建築的即興 ヴァーモントデザインビルド運動の歴史 1964-1977』)

デザインビルドとDesign-Build

評者 | 谷繁玲央 (@rosenstern037)

(書評を読む前に下記の2つの記事で使われている図版を目を通していただくとイメージがしやすいと思います。)

デザインビルドとDesign-Build

 TOKYO2020は2021年に延期されました。もしあと一年工期に余裕があれば、新国立競技場のあり方も変わったことでしょう。数々のオリンピック施設を短工期で建設する必要があったことを契機として、日本でも「デザインビルド(*1)」が再び注目されました。日本における「デザインビルド」はゼネコンの立場をより強める可能性があり、独立建築家からは否定的な意見も出ました。そもそも民間における設計施工一貫方式がメジャーな日本では「デザインビルド」の意味合いが変わってきます。対照的に、Design-Buildという言葉が普及するアメリカでは、歴史的に設計と施工の責任が明確にわかれているため、Design-Buildはオルタナティブとして肯定的に議論されてきました(*2)。

Design-Buildをはじめた二人

 そんなアメリカのDesign-Buildを推進してきた代表的な建築家がデイヴィッド・セラーズ(David Sellers)(*3)とピーター・グラック(Peter Gluck)(*4)です。二人はイェール大学の同級生で協働しながら建築家としての活動を始めました。今回紹介する書籍"ARCHITECTURAL IMPROVISATION: A History of Vermont’s Design/Build Movement 1964-1977”は、若き日のセラーズやグラックたちが始めたDesign-Build運動に関する記録です。本書は2008年にヴァーモント大学にあるRobert Hull Fleming美術館(現:フレミング美術館)で開催された展覧会の図録として刊行されました。当館館長のジェニー・コーエン(Janie Cohen)が編者を務め、本展キュレーターのダニー・サガン(Danny Sagan)と歴史家ケヴィン・ダン(Kevin Dann)による論考が一編ずつ、サガンが1998年に行ったセラーズへのインタビュー、そして展示された写真や図面が収録されています。 二つの論考とインタビュー、図版によって、彼らの活動が多面的に語られていきます。

起業家的建築家

 イェールの大学院生だったセラーズとその友人であるウィリアム・ライニキー(William Reineke)は1964年に大学を飛び出しヴァーモント州ワーレン近郊の山(のちにPrickly Mountain として知られるようになる)を買い、グラックも同様に同州ボルトンでプロジェクトを始めます。彼らはそれぞれの場所で協働しながら複数の実験住宅を建設し始めました。設計図無しに即興的に建てられたこうした建築群は独特な形態をしています。図版は、SightUnseenTheCollectiveQuarterlyの記事をぜひ参照してください。

 このように、イェールの教育に不満を感じて大学から離脱した彼らを60年代アメリカ的なカウンターカルチャーと結びつけることもできるかもしれません。しかし彼らには建築をめぐる経済行為や建設行為全体を自らの手で一から取り仕切るという明確な目標がありました。つまり彼らは単なるヒッピーではなくアントレプレナーとして活動を始めたのです。

バウハウスと即興

 加えてサガンは論考の中でセラーズらのDesign-Build運動の根底にバウハウスの理念が流れていることを指摘しています。事実初期メンバーである彫刻家のエド・オウル(Ed Owre)は、彼らの活動プロセスをBauhausianと表現しています。ここで興味深いのは彼らへのバウハウスの影響が、グロピウスの弟子であるポール・ルドルフがイェールの建築学科で教えていたからではなく、ジョセフ・アルバースの弟子で、イェールの芸術学科で教鞭をとっていた彫刻家ロバート・エングマンと交流があったためだと指摘されている点です。サガンは旧来の図面で考える建築手法ではなく、バウハウスの彫刻家たちが試みていた素材と対話しながら造形するプロセスが、セラーズたちの方法論に影響を与えたとしています。

 図面ではなく目の前の等身大の構築物から即興的に建築するというスタイルは最初の住宅である《Tack House》にも如実に現れています。外壁から出窓のようにボリュームが突きだしている部分は、ストーブと冷蔵庫が入らなかったために、壁に穴をあけて追加されたものです。
 一方でグラックはこの時期からプレファブリケーションの手法で住宅建設をはじめていきます。ニューヨークで設計し、地元の大工が施工するスタイルをいち早く取り入れました。誰しも作れる部材の組み合わせで建築するという理想自体はセラーズたちと共通しているものの、徐々にセルフビルドや即興への興味から離れて、高度に建設プロセスをコントロールする手法の開発へと向かいます。


協働と即興、住宅からコミュニティ、教育へ

 セラーズたちの即興的な手法は、共に考え共に働くための方法論としても機能しました。図面を介さないことで、特権的な設計者を必要とせず、フラットな関係性で建設を行いました。こうした協働の関係性は単に建物を建てるという行為を超えて、コミュニティを形成する方向へと発展していきます。彼らは建設中も敷地で生活しており、主要メンバーのシンプソン(Barry Shimpson)に至っては10年にわたって小さなカプセル状の住居に妻子と住み、食物を育て自給自足の生活をしていました。1970年にはダウンタウンの古い工場を買い取り、セラーズやシンプソンの建築事務所、木工所、家具工場、風力発電タービンや水のいらないトイレのメーカーなどがその地で開業されました。こうしてデザインビルド運動は持続可能な環境や経済に寄与するという明確な目的を持ったインキュベーターの集団という性質を持ち始めます。
 徐々にPrickly Mountain にはセラーズたちの理念に共感する学生たちが集まり始め、住宅建設に参加しました。1970年には地元のゴダード大学と連携し、デザイン教育の一環として学生たちとデザインセンターの建設を始めました。
 はじめは大学を飛び出した若い建築家たちが山を買い、実験住宅を建て、地域の経済圏をつくりはじめ、最終的にはデザインビルドを大学教育として提供し始めたのです。

いまひとたびのDesign-Build

 本書はアメリカのDesign-Buildの第一人者であるセラーズやグラックといった建築家たちが若き日にヴァーモントで行った様々な実験のドキュメントするものです。Design-Buildの議論はもちろんプロジェクトをいかに円滑に進めるかなどといった調達方式・契約方式の問題です。しかし、彼らのキャリアの初め、デザインビルド運動の初めには、単なる調達方式の問題を超えて、一から建築をつくることが生み出す様々な可能性を肌に感じていたことが本書からわかります。即興的な建築の楽しさ、あるいは集団建設やコミュニティが産み出すもの、地域との関わり、デザイン教育といった彼らの実験の成果が、ヴァーモントの山中で行われ、その後の活動に大きな影響を与えたのです。彼らがつくりだした奇々怪々とした造形がもつ魅力に心が奪われてしまうわけですが、一方で彼らはバウハウスのクラフトマンシップと同時にイェールのアントレプレナーシップを持ち、小さな経済圏の中で持続可能な環境を作り出そうとし、デザイン教育を通してデザインビルド運動の担い手を増やそうとしていました。「自らの手で作る」ことに立脚して、建築をめぐる広範なシステムの中でコントロールできる領域を増やしていくこと、地域や学生を巻き込み、持続可能なコミュニティを形成すること。こうした若きセラーズたちの採った方法論は、建築をめぐるプレイヤーが増え続け、建築行為がますます不安定になる現代にあって、リスクを許容しながら確かに建築を建てるができる方法論として重要でしょう。
 私たちがこれからの「デザインビルド」を考えるとき、それを単なる調達方式としての“デザインビルド”ではなく、新しい建築やコミュニティを作り出す方法論としての原初的な「Design-Build」へと立ち返る必要があります。

書誌

Title : "ARCHITECTURAL IMPROVISATION A History of Vermont’s Design/Build Movement 1964-1977"
Edited by Janie Cohen 
Essays by Danny Sagan and Kevin Dann
Published by University of Vermont Press and Robert Hull Fleming Museum, University of Vermont,Burlington
Distributed by University Press of New England Hanover and London
Year : 2008

評者

谷繁玲央(@rosenstern037)
1994年愛知県岡崎市出身。2018年東京大学工学部建築学科卒業(隈研吾研究室)。2020年同大学大学院工学系研究科建築学専攻修了(権藤智之研究室)。現在は同研究室博士課程で住宅メーカーの歴史を研究している。専門は建築構法と建築理論。

(*1) 日本における「デザインビルド」については評者が以前執筆したArtwordの辞書もご覧ください。
https://artscape.jp/artword/index.php/%E3%83%87%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%93%E3%83%AB%E3%83%89

(*2)  こうした調達方式については古阪秀三先生や安藤正雄先生、江口禎先生らが研究されていますので、ぜひ参照してください。またアメリカの現在の建築文化や施工・設計の関係性については建築家小笠原正豊さんのレクチャー記録が大変参考になります。https://masatoyo.com/ny-boston_report/

(*3) セラーズに関しては80年代初頭に石山修武『バラック浄土』(1982)や『GA HOUSES』(1982)を通して日本でも紹介されています。

(*4) グラックに関して日本ではあまり紹介されていませんが、評者の大学の先輩である岡本圭介さんが彼の事務所Gluck+でインターンされていた際のブログからはアメリカにおけるグラックの位置づけがよくわかります。

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