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黒い天使たちの会話

「なあ、大黒。」
「なんだよ、小黒。」
 大きい黒い毛塊と、小さい黒い毛塊が並んでいる。
「お前ら、メシだ。」
 主人が呼ぶと、食事に向かって一目散だ。
「なあ、小黒。最近、先生元気ないな。」
「仕事辞めたからじゃないか?それにしてもお前の抜け毛すごいな、大黒。」
「自分だって抜け毛してるじゃん。」
 並んで食事をしながら、大黒と小黒は話している。
「鳴くほどうまいか。そりゃよかった。」
 それを、主人は食事が美味しくて大黒と小黒が鳴きながら食べていると思い込む。
「よしよし。よく食えよ。」
 主人は団塊の世代だ。45歳で父親の跡を継ぎ、この自宅兼診療所の主となり、しばらくして黒いラブラドールと黒い猫を飼い始めた。今の大黒と小黒は2代目だ。大黒と小黒が気ままに過ごす姿が、患者を癒した。
「じゃあ、俺は病院にいってくるから。母さんのいうことを聞いていい子にしているんだぞ。」
 主人は1年ほど前、診療所を畳んだ。自分の治療に専念することにしたからだ。緩和ケアのみにして出来る範囲で診療を続けるつもりでいた。しかし、主人が医師になった時よりも治療法や薬も増えていることが、治療に専念することに舵を切らせた。自分より若い医師に、地域の方々のために尽くしてくださったのだからご自身の命を諦めないで。と言われては断れない。
「おぐちゃんもこぐちゃんもいい子だから大丈夫よね。いってらっしゃい。あなた。」
 妻が見送りに出てきた。主人はよろしく。と言って玄関を後にした。バスと電車を乗り継いで都心の大学病院に行く。
「おぐちゃんとこぐちゃんも、ご飯を食べ終えたら病院に行きましょうね。」
「はーい。」
 妻には、ばふっ。んにゃ。と聞こえている。
「いいお返事ね。おじいちゃんになったけど2人ともいい子ねー。」
 妻は主人の一回り年下で、主人が父親の診療所を継いですぐに嫁いできた後妻だ。その6年前、前妻が先立っていた。自宅の庭を世話してもらっていた庭師の娘だった。父親同士が飲み友達だったこともあり、「うちの出戻りで良けりゃどうだ。」「ありがたいね。」と当人不在で縁談を進めた。
 妻は隠居した主人の父親の面倒もよく見ていた。

「なあ、先生も病院だけれど俺たちも病院だな。」

「ああ、先生も俺たちも少しづつガタが来てるんだな。」

 また、大きい黒い毛塊と小さい黒い毛塊が唸っているようにはた目には見えるであろう。

「おぐちゃんとこぐちゃんは何をお話しているのかしらね。」

 妻は大黒にリードを付けて、小黒をバスケットに入れた。

「あの人の心配でもしているのかしら。さあ、車に乗って病院に行きましょうね。」

 妻は庭の隣に停められている車のドアを開けて、まずは大黒を後部座席に載せる。そして、運転席に座り小黒の入っているバスケットを助手席に置いた。

 妻が車を発進させても、大黒も小黒もおしゃべりをやめない。

「あらあら、今日はどうしたのかしら。ずっとおしゃべりしているのね。」

クーンとミャウミャウが止まない。

「なあ、きっとお母さんは先生と俺たちを見送るんだな。」

「ああ、そうだな。誰が最後になるか分からないけど、出来る限りがんばろうな。」

そんな大黒と小黒の様子を、妻はハンドルを握りながら微笑ましく感じ取っている。

「いつも二人が仲良しさんでよかったわ。私も一緒におはなしできたらいいのに。」


それを聞いて、大黒も小黒も意見を一致させた。

「なあ、先生も頑張っているから俺たちも頑張ろうな。」

「ああ、お母さんのためにも頑張ろう。」

大黒と小黒は診療を終えて、家の庭に着くと無理のない程度に庭を走った。

そこに主人が帰ってきた。

「なんだ、お前たち元気がいいな。俺も負けていられないな。」

 出迎えた妻が、そう言って笑う主人を見つめる笑顔に咲き始めた金木犀の花が負けじと甘い香りを漂わせた。


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「赤」「白」「青」「緑」「黄色」と書いて、「黒」で止まりました。
「黒」で何を書こうか悩みました。
どうしても「黒」というと実家で飼っていた黒いラブラドールのことが出てきます。14年生きてくれた黒いラブラドールのラヴと、
子どものころお世話になったドクターがご自身の治療に専念されクリニックを閉じたことを知った時のこと、
ラブラドールだからラヴと名付けた父が闘病の末亡くなったことや
(大黒と小黒という名づけの安直さはここからです。)
ラヴと一緒に黒猫が飼いたかったこと、
色々な思いが混ざって出来上がった作品です。

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