【第342回】『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(スティーヴン・スピルバーグ/2002)

 1963年、NY州ブロンクスヴィル。16歳のフランク・アバグネイル・ジュニア(レオ ナルド・ディカプリオ)は、両親の離婚のショックから家を飛び出し、生きるために小切手詐欺を思いつく。だが偽造小切手は怪しまれやすい。そこで実際にパイロットの制服を手に入れた彼は、人々をあざむきつつ、提携する航空会社の飛行機で世界中をタダで飛び回る。やがてFBIが捜査に乗り出すことに。1980年に出版されたフランク・W・アバグネイル・Jrの実話を元にした伝記である『世界をだました男』の映画化。両親の離婚を機に家を飛び出した少年が、実際にパンアメリカン航空のパイロットや医師、弁護士を偽装(イミテーション)し、世間を騒がせた60年代の事件に端を発する。

映画は導入部分で、フランクの父親(クリストファー・ウォーケン)とその家族の栄光に満ちた生活を描写する。彼はどうやら第二次世界大戦で名を馳せた元兵士であり、今は地元の名士として栄華を築く。時には息子に車のドアを開けるように指示を出し、常に誰かに見られていることを意識して行動する父親は、まさに地元の名士でありちょっとした英雄気取りなのである。この父親と息子フランクとの歪な関係が前半部分では強調して描かれる。父親は妻とダンスする姿をまるでフランクに誇示するかのように、妻を自分の懐に委ねながら、これでもかと息子に目配せを送る。そんな彼の様子を息子が微笑みながら見ているのも何とも不気味である。彼の妻で、フランクの母親との馴れ初めも実は第二次世界大戦の時のものであることがやんわりと描かれるが、その後事業に失敗し、銀行からの融資も止められ、フランク一家の生活は急激に破綻していく。

フランクの大人顔負けのイミテーションが最初に出て来る場面は、まさにこの父親の破綻で地元を追われることとなり、転校した先の高校で起こる。彼は今の高校とはまるで偏差値も階級も違うであろう昔の学校の制服を着て現れ、その姿を同級生に馬鹿にされるのだが、それに逆上した彼は代理教師を装う(イミテーション)ことになるのである。その代理教師ぶりに学校側も生徒側も数日気付かなかったことは、フランクが持って生まれたペテン師としての才能をうっかり発開示してしまう。学校の教師からそのことを告げられた両親の反応はまさに寝耳に水といった感じであり、彼を庇うこともしないが叱りもしない。両親はその間にも離婚調停のことで頭がいっぱいであり、息子のことを気にかける心の余裕がないのである。この両親の不和に怯える息子の描写は言うまでもなく、『E.T.』でも用いられた家族構造そのものである。しかし『E.T.』では漂流者としての次男はその後、自分と同じ漂流者である宇宙人と心を通わせたものの、今作の主人公であるフランクには相談に乗ってくれるような親友も彼女も誰も身の回りにいないのである。

ベテラン捜査官のカール・ハンラティ(トム・ハンクス)は躍起になって犯人を追うが、なかなか正体をつかめない。その逃げる犯人と追いかける警官(ここではFBI)の構図はスピルバーグの74年作『続・激突!/カージャック』にびっくりするほど酷似している。あの映画でも、当初は法の番人としての使命感と事件の重要性から犯人逮捕に全力を挙げていた警察組織のリーダーが、途中からどういうわけか犯行に及んだ2人組に感情移入していく。今作においてゴールディ・ホーンの役回りを演じるのは、フランクが偶然行った病院で出会った新米看護婦のブレンダ(エイミー・アダムス)だろう。彼女の父親(マーティン・シーン)が検事だと知ると、今度は弁護士になりすまし、ブレンダの父が経営する法律事務所に就職する。エイミー・アダムスの父親役のマーティン・シーンがフランクのイミテーションに詰め寄る場面がある。それは弁護士であることを偽装したある日の夕食後のことであるが、恋人の父親の問いかけに対し、一瞬彼はその偽装した自分から素の自分へ戻ろうとする。ここではマーティン・シーンの「君はロマンチストだ」という的外れな返事により、彼は自分の偽装を暴かれることがなかったが、本当はこの問いかけは彼の実の父親がすべきものだったはずである。

父親は先の大戦中にフランスで妻と栄誉を手に入れ、祖国アメリカへと戻った。彼のアイデンティティを支えていたのは元軍人としての虚飾の栄光と仮初めの妻であり、それ以外には何もない。だからこそ息子が家を飛び出した時も息子を必死に探そうとはせず、自分の殻に閉じこもった。彼は息子のイミテーションの嘘を見抜いていながら、そのことを直接咎めることをしない。息子がキャデラックをプレゼントすると言った時も、高級車になんか乗っていたら国税局に睨まれると適当な理由を付けて、息子の好意を無下に断ってしまう。彼はまさにアメリカの闇を体現する人物であり、『E.T.』で結局最後まで出て来なかった父親像からもトレース可能なふわふわとした父親なのである。そんな父親の悲劇的な最後の瞬間は実にあっけなく訪れる。

『E.T.』で主人公のエリオットが心を通わせる宇宙人にあたる人物はいったい誰であろうか?フランクはカール・ハンラティ(トム・ハンクス)に対して、自分を捕まえてみろ(Catch Me If You Can)と執拗に促すのである。一見高等に見える彼の行動は、自分自身の存在価値を納得させるためにハンラティを挑発した撒き餌にも見える。彼は次々に犯罪を繰り返しながら、その犯罪の不毛さにも同時に気付いており、自分を止める防波堤になれる人物を必死に探すのである。まるで『フック』の長男や、『オールウェイズ』のヒロイン、『太陽の帝国』で両親とはぐれた少年のように、漂流者としての自己主張がそこに見出せる。彼が最初に逮捕されるのは、母親の生家であるフランスのモンリシャールであり、移送される飛行機から逃げ出した彼が最初に向かったのは、雪の暗闇の中で、中の灯りが煌々と灯る母親の現在の家である。そこでアバグネイルは窓ひとつ隔てた中の様子をじっと伺いながら、フランクは少女と窓越しに指と指を触れ合うことになる。この想像を絶する悲しさが胸を締め付ける。

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