見出し画像

家族

「おもちゃいらないの? 片づけないと捨てるよ!」

いやだと駄々をこねていると、父の手はおもちゃから私に移り、全面ガラスばり、15階のベランダに出された。夜だと暗いほうから明るい場所がよく見える。

泣きながらも、母と室内で話す父がほんの一瞬、笑みを浮かべたのを、私は見逃さなかった。3歳の記憶。ほんの5分くらいのことであろう。あの顔が今も脳裏に焼き付いている。

その日は突然やってきた。2012年の夏の朝、妹が姿見を倒して割ってしまった。「あー!」と割れたことに対して驚く中、父は妹を抱きあげ床の間に連れて行った。次の瞬間、妹が号泣する声が聞こえてきた。妹がけがをしたか気にする言葉など一つも聞こえてこなかった。ただ1時間、彼女が泣き叫んでいた。
この日、「家族」が嫌いになった。

「うちにいられると迷惑なんだよ、め・い・わ・く。そんなやつうちの子じゃない。お願いだから出ていってくれよー。お願いします、出ていってください!」

鮮明に再生できる言葉。お望み通り、2020年の9月、夜7時私は家を飛び出した。玄関までついてきた男性は私が玄関を出た瞬間、扉に鍵とドアストッパーをかけた。

当時は受験生だった。受験真っただ中であった9月も家事をしていた。出先から帰ってきた父がキッチンに立つ私を見て、「余裕そうだね~。勉強は?」と言った。確かにそう、言ったのだ。

「余裕じゃないし、お手伝いしてるだけじゃん」
苦言を呈し、抗議すると、勝手に持論を展開し結論付けて、追放された。

家を出ると、私は無敵になれる気がした。泣き叫びながら、夜の田舎道を歩いていく。素足にローファー、Tシャツにジーンズ。正直、警察に捕まったっていいと思った。でも、生活が立ち行かなくなる。母や兄弟が路頭に迷うことになる。お金がなければできないことは多い。補導されたら、私にもバツがついてしまう。できるだけ警察に見つからないように深夜12時まで歩き続けた。

本気で父に変わってほしいと思ったこともある。でも、成人男性の力に勝てるわけがないのだ。こぶしも足も体もボールもマウスもなんだって飛んでくる。72kgの父に全身で押しつぶされる弟を見ているうちに、謝罪のような言葉を叫ぶ弟を見ているうちに、声が聞こえなくなった。

「おい!謝れよ!おーい!!!」
また音が聞こえてくる。人間が転ぶ音。叫ぶ音。ものが床に落ちる音。壁にぶつかる音。私はイヤホンをさした。

静寂。
耳の中にはひとがメロディーに乗せて訴える声が聞こえる。
「愛されるような誰かになりたかっただけ」 
                  text/みり

-----------------------------------------------
こもれび文庫では皆さんからの投稿もお待ちしております。掲載する際にはこちらからご連絡いたします。
*投稿先
こもリズム研究会
メール comolism@gmail.com    
購入はこちらから
https://forms.gle/kZb5jX4MrnytiMev5


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?