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連載 ひのたにの森から~救護の日々⑪現場に渦巻いているもの

       御代田太一(社会福祉法人グロー)

「不公平に思う人はいないでしょうか?」

福祉の業界には「全国○○協議会」とか「〇〇エリア連絡会」といった、事業種別や地域ごとに決められた、事業者同士のネットワークがある。

一般企業とは違って、同業者は利用者を奪い合う競争相手ではなく、積極的に協力・連携していくパートナーであるという前提のもと、全国に様々なネットワークが作られ、定期的な情報交換や合同研修会、政策提言などを行っている。

救護施設も例に漏れず、全国の救護施設が加盟する「全国救護施設協議会」という団体がある。関係者には「全救協(ゼンキュウキョウ)」と呼ばれている。

就職して2年目の秋、「全救協」の全国大会が浜松で1泊2日かけて開催された。救護施設で勤務する職員やその管理者、母体法人の経営者などが数百人集まる年に1度の大会だ。

その分科会で、50人ほどの参加者を前に発表をすることになった。

テーマは「聞き書き」。ひのたに園の利用者から、時間をかけて生い立ちを聞きとり、それを書き起こす取り組みだ。

ホテル

全国大会の会場となったホテル

聞き取った生い立ちを施設の外にも発信したい、という思いから、毎年3回発行する施設の広報誌にて「人生いろいろ」というコーナーを始め、本人の承諾のもと実名・顔写真付きで紹介する取り組みも始めていた。そのことも併せて発表することになった。

全救協での発表タイトルは「驚きの救護民俗学~聞き書きから見える暮らしと社会~」。

他の発表は固いテーマも多かったから、参加者の目を引くような面白い発表をしてやるぞという気持ちもあった。事前にスライドを準備し、発表はうまくいった。途中、聞き書きの実際の録音も会場で流し、臨場感のある発表になった手ごたえもあった。

発表後の質疑応答、「聞き書きする人はどうやって選んでいるんですか?」「1回あたりどのくらい時間をかけるんですか?」などいくつかの質問に応えた後、ある参加者が手を挙げた。

ガタイのいい中年の男性で、聞きたいことがあるというよりは一つ物申したいといった雰囲気の、前のめりの挙手だったので、少し身構えた。

「大変すばらしい発表ありがとうございます。1つお聞きしたいことがあります。聞き書きをしてもらっていない利用者の方は、不公平に思ったりしないでしょうか?自分も聞き書きをしてほしい、広報誌に載せてほしい、といった不満を抱える人が出てくるかもしれないなと思ったのですが、その辺りはいかがでしょうか?」

驚いてしまった。そんなことは考えたことがなかったからだ。どう答えたのかあまり覚えていないが、「まだ始めたばかりの取組みですし、そういった声は、今は聞こえてきてません…」とでも答えたと思う。

“誰に対しても平等に”がもたらす息苦しさ

質問をした方はある救護施設の施設長だった。施設長という、利用者や職員に事故やトラブルがないか常に気を張っている立場で、日々リスクに敏感になるのは分かるが、いくら何でも違和感のある質問だった。

聞き書きは1人あたり1~2時間かかるから、その人が言うように、すぐ全員に出来るものではない。そもそも自分のことを話したがらない人もいる。そのため職員側で「この人は生い立ちが面白そうだし、OKしてくれそうだ」と思った方にお願いをしていた。施設としても聞き書きに加え、利用者の生い立ちや表情をそのまま発信するのは初めてだったから、承諾してくれそうな方を注意深く選んで声をかけていた。

だから「私だって聞き書きしてほしいのに!あの人だけズルい!不公平だ!」なんて声が利用者から出ることは全く想定していなかったのだ。

なんだか自分の取組みが否定された気になったこともあり、強く印象に残った質問だった。質問した施設長の頭の中には恐らく「どの利用者にも平等に関わるべき。特定の利用者を特別扱いするのはよくない」という考えがあったのだろう。これはもっともらしい。

しかしそこには「誰かを特別扱いすることは、施設内の秩序の乱れや他の人の不満につながる」という発想も潜んでいるのではないか。加えて、「そんなことになったら面倒だ」という気持ちも。だが、この理屈を突き詰めていくと、「全員に対して最低ラインで関わるのが一番」というところにたどり着いてしまう。

誰も不公平感はないが、誰もそれ以上は望めない。これはとても窮屈で、閉塞感に満ちている。
                       浜松から滋賀へ帰る新幹線の中でそんなことを考えながら、「あれは悪しき平等主義だ。間違っている。」と自分に言い聞かせた。過度なリスク忌避は、現場を収縮させる。自分は寛大な上司の下で働けているんだ、となんだかホッとする気持ちもあった。

新幹線

しかし冷静になって考えてみると、そういった「悪しき平等主義」という発想と、自分が完全に無関係かと言われれば、自信を持ってそう答えられない部分がある。

というのも、聞き書きは別にしても、あの施設長の方が言ったように実際、ひのたに園では毎日のように「なんで私だけ!」「なんであの人だけ!」という利用者の不満が職員にぶつけられるからだ。

「なんであの人だけ!」「なんで私だけ!」

「なんでわしだけ、こんないびきのうるさいおやじと一緒の部屋で寝なきゃあかんのや!」

「なんであの人はすぐに病院に連れて行ってもらえるのに、私はいつまでも連れて行ってもらえないの!?」

就職した当時、興奮した利用者からこういった感情をストレートにぶつけられると、自然に同情の気持ちが湧いてしまい、「確かに、そうですよね…ただそうはいっても…」としどろもどろな返答しかできなかった。うまく返答できないと、相手の怒りや不満感を増幅させてしまう。その度先輩職員が間に入ってくれたりもした。様々な言い回しで、利用者の感情をなだめる先輩職員を凄いと思ったこともあった。

しかし僕自身を含め、長く働くうちにこういった利用者からの訴えに、うまく対応出来るようになるものだ。福祉現場に限らず、働き始めの新人は「先輩の技を盗め」と言われて、自発的に学ぶよう教育されるが、その言葉通り、自分でも気づかないうちに先輩職員の言い回しを学び取って、再現しているのかもしれない。

では、不平不満を訴える利用者をなだめるにあたって、知らず知らずのうちに伝承されている「技」とは何か。そんなことを、一度何かの拍子にふと考えたことがある。

そこで出た暫定的な答えは、「みんな同じなんだから」と「みんな違うんだから」を上手く使い分ける、ということだ。

「同室者とのことで悩んでいるのはみんな同じですよ。ご存じの通り、ここは2人部屋が基本なんです。」
「抱えている病気や事情はみんな違うんです。あの人は緊急で治療が必要な人だから、先に受診に行ってもらうんです。あなただって、この前そういうことがありましたよね?」

と、こんな具合だ。抽象化すれば、「みんな同じ状況にあるのだから、あなたも我慢するべき」「みんな事情は違っていて、それぞれ何らかの特別扱いを受けているのだから、あなたも他の人への特別扱いに対して寛容であるべき」という理屈になる。

この2つの言い回しを状況に応じて使い分け、「あなただって特別だ」「でもどうしようもないことを分かってほしい」と優しい顔でなだめながら、相手の言い分の逃げ道をなくしていく。考えてみれば、これも「悪しき平等主義」の派生形と言えるかもしれない。

廊下

ひのたに園の中央廊下

もちろんこれは利用者とのやり取りを戯画的に誇張したものであって、実際の現場では個別の事情を踏まえながら、叶えられるリクエストにはなるべく応えているし、その場では難しいにしても、何か良い方法は無いか日々考えている。現場を批判する意図はない。

しかし利用者のリクエストが、2人部屋をはじめとしたハード面の制約や、すぐには変更できないルールなどに向けられた時、とっさになだめる手段として、こういった表現が多用されているのも事実だ。

そして、自分を含めて反省するのは、利用者を言いくるめる話術に長けてくると、言いくるめること自体がどこか目的化し、その人が一体何に困って何を訴えているのか、心から耳を傾けたり、その人の目線に立って想像することが出来なくなったりすることがある。その態度は同僚たちにも伝染していく。また、そう言われ続けた利用者の方も、その意識が内面化して、他の利用者に対して「そんなわがまま言うたらあかん!」と抑圧する側に回る。

そんな風にして、この悪しき平等主義という病気が施設全体に伝染していく危うさがいつも傍にあるのだと、入所施設で仕事をしていると身に染みて思う。

支援とスキルに還元できないこと

こういった状況から逃れるためには、一人一人の支援者が自分の感情に自覚的であることが必要だ。ただそれは、一人ではなかなか難しい。逆風が吹く中での孤軍奮闘は、さらなる消耗にもつながる。だから、日々感じている違和感やモヤモヤを職員同士で言語化する機会や仕組みを作ることが効果的だと思う。実際、ひのたに園でも、そういったミーティングの場や仕組みがある。

また、多様な人材を現場に呼び込むことも空気を換える起点になる。ひのたに園で行っている陶芸活動「アトリエ・セラミカ」には、地元の陶芸作家の方に毎回来てもらっている。もちろん、基本的な陶芸の技術や道具が職員側に無いということもあるが、なによりもその専門性は「表現」に対しての態度だと感じた。

普段から「支援」をしている僕らは、土の塊を前にして、一体どこから手を付けたらいいのか迷っている利用者を見つけたら、「ここをこうしてみたら?」とか「とりあえずこれを作ってみたら?」と、図工の先生にでもなった気分でつい先回りをして声をかけてしまう。

「何も手を動かさないままこの時間が終わってしまったら、せっかく用意した活動やそのために割かれた労力が「ムダ」になってしまう…」
「誰が見ても「作品」と呼べるような、分かりやすい完成品を仕上げてほしい…」

先回りの声かけは、そんな支援者としての焦りから来るものでもある。

しかしプロは、そこで「待てる」のだ。「何を作ってもいいですよ。何か思いついたら、自由に手を動かしてみてください」といつもと変わらない穏やかなトーンで参加者に語りかける。利用者にすべてを委ねるのだ。

それは「人の中には、何かを表現したい衝動が眠っている」「生まれる表現の形は人それぞれである」ことを、息を吸うように当たり前のものとして理解している人だからこそ取れる態度だ。

「何を作ってもいいし、何も作らなくてもいい」。そんな空気が共有された場で、結果として参加者は様々なものを作り出す。大きすぎる灰皿、天狗の顔、中にはタイトルもつかないヘンテコな作品もある。でもみんなうっとりとした表情で、満足そうだ。

灰皿

『灰皿』:法人が運営する美術館でも展示された。

そういった場に居合わせると、職員としては「自分は待つことが出来ていなかったのだ。」とハッと気づかされ、自分が普段、利用者に対して無意識にとっていた態度を省みる機会になる。そして、その場を起点に、良い空気が広がっていくのだ。だから、職員に限らず、多様な常識や価値観、生活感覚を備えた人間が日々施設に出入りすることには、目に見えない意味がある。

知識とスキルに還元しきれない関係性や、大学の授業や一般的な福祉の研修で学べるようなものでは語りきれない現象が、現場には渦巻いているのだ。

『潜福(せんぷく)』という試み

こういった場所に関わる人の中に湧き上がる様々な感情や葛藤を掬い上げて表現したい、そこから新しい対話を生み出したい、そんな思いで発行したのが冊子『潜福(せんぷく)』だ。特別養護老人ホーム、乳児院、ブラジル人学校、障害のある方が暮らすグループホーム、様々な福祉のフィールドに関わる同世代のメンバーに寄稿を呼び掛けた。僕自身も、ひのたに園のことを書いている。

個人が肩書や所属を越えて繋がることが当たり前の時代だ。北海道、千葉、京都、大阪…それぞれの書き手が身を置く地域も様々だが、オンライン上でやり取りを完結させて、自費での発行にこぎつけた。

第一弾のテーマは「もぐる」。福祉の現場では説明のしにくい出来事が巻き起こり、言葉にしにくい感情が沸き上がる。それは水中で目の前がぼやけ、息が出来なくなるのと似ている。でもそれは、現場に潜った人にしか味わえない大事な感覚だったりもする。

「もぐる」というのは、そんな「あの感じ」としか表現できないような感覚を、支援や業務といった文脈から距離を置いて言葉にしよう、という思いで付けたネーミングだ。

知的障害のある利用者との2人きりの外出中に迷子になってしまった話、高齢者施設での夜勤中に不安と焦りに飲み込まれた時のこと、ブラジル人学校で女の子とトイレに隠れこんだ話、それぞれが現場での様々なエピソードを起点に、「あの感じ」を言葉にしている。

高齢者介護、障害者支援、児童福祉、生活困窮者支援、地域での自立生活…それぞれが潜った場所は違えど、その福祉という海は、きっとどこかで繋がっている。全員が合意できる結論にたどり着くことはないし、いつまでも完璧には表現しきれないけれど、陸地にあがった時くらいは他のダイバーたちと集まって、「こんなものが見えた」「あんなものが見えた」とわいわい話せる場があるといい。

せんぷく

『潜福』第一弾「もぐる」

                    つづく

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『潜福-SENPUKU-』第一弾「もぐる」
~福祉に"潜った"若者が見て感じたものを自由に語る~

・価格:600円(本体500円+送料他)
・仕様:A5(148mm×210mm)/62頁/無線綴じ/カラー

・執筆者(五十音)
石田君枝(中央大学)
石田佑典(社会福祉法人 福祉楽団)
宇都宮志保(社会福祉法人 ゆうゆう)
川野真帆(社会福祉法人 小鳩会)
齊城桃果(NPO法人 ちゅうぶ)
水流かなこ(社会福祉法人 鶴風会)
御代田太一(社会福祉法人 グロー)
油田優衣(京都大学大学院)

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御代田さん

みよだ たいち
1994年神奈川県横浜市生まれ。東京大学教養学部卒。在学中、「障害者のリアルに迫る」ゼミの運営や、障害者支援の現場実習、高齢者の訪問介護などを体験する。卒業後、滋賀県の社会福祉法人グローに就職し、救護施設「ひのたに園」にて勤務。


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