
ふでばこ
人のものを、盗んではいけない。
小学校に入学してすぐに、嫌いな女の子が1人できた。あゆかちゃんだ。彼女は、バレエをやっていた。廊下を歩くとき、いつもくるくる回ってバレエのターンを自慢するように見せてくる。そうやってターンするのに、毎日短いスカートを履いているからパンツが丸見えで、本当に気分が悪かった。しかも、信じられないほど自己愛が高い。正直美人の部類に入っていなくて男の子たちに「ブス」と揶揄われていた。
「小さい頃ブスだった子は、将来めっちゃ可愛くなるんやで」といつも答えていた。そんな返しをするところが私は理解できなかったし、変だと思っていた。
そう思っていた人は私だけではなかったようだ。クラスの女子は、ほとんどあゆかちゃんが嫌いだった。全員同じ人が嫌いな状況が生まれると、どうなるか。
いじめだ。小学校1年生のいじめは、無視したり、一緒にトイレに行かなかったりと、しょうもないけど当事者にとっては辛いものだったと思う。
ある日、私たちは筆箱を隠した。特別な筆箱で羨ましかった訳ではなく、自分のことを可愛い可愛いと言ってくるあゆかちゃんが、気持ち悪いと思ったからである。
帰りの会で先生がクラス全体に呼びかけた。
「あゆかちゃんの筆箱がないです。知ってる人いますか?」
私たちは黙って目を合わせ、ニヤニヤした。
あゆかちゃんは、これまで無視されてもペアワークで一人になっても笑っていたのに、その時だけ泣き始めた。わんわん泣きながら、その筆箱はおばあちゃんが買ってくれたと話し始めた。
おばあちゃんは今入院していて会えないのに、もう一回買ってもらえるかわからないのになんで盗むのだと。筆箱の中には転勤しているお父さんからの手紙も入っているのだと、言っていた。
「ごめんなさい、本棚に隠しました」
私は泣いて自分の罪を告白した。筆箱が彼女にとってそこまで大切なものとは、知らなかったし想像したこともなかった。私たちは「隠した」と思っていたが「盗まれた」と彼女は表現した。その日から、あゆかちゃんは教室ではなく保健室に登校しはじめて、小学校を卒業するまで同じクラスになることはなかった。
人の大切なものは、盗んではいけない。彼女にとって大切なものは筆箱だったけれど、私たちは筆箱だけではなく教室での学校生活も奪った。この上なく感情的で、個人的な事情で彼女の時間や未来を盗んだのである。
text/乃彩
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