「妻の氏を選択」は175分の1 婚姻届記入例を調査し、中間報告 一般社団法人「あすには」
11月22日は「いい夫婦」の日。でも、夫婦の「対等」は?
2025年までに選択的夫婦別姓の法制化を目指す一般社団法人「あすには」(井田奈穂代表理事)が11月21日、都内で記者会見を開き、全国の自治体で婚姻届の記入例がジェンダー平等になっているかどうかを調査した中間結果を報告した。
現実には「夫の氏95%、妻の氏5%」 記入例は?
「あすには」の教育・研修チームリーダーの北村英之さんは婚姻届を記入する際、婚姻後の氏の欄で「妻の氏」にチェックを入れ、改姓した。社会生活では通称として旧姓を使用しているが、名前が二つあることにストレスを感じてきた。
「夫95%に対し、妻5%と圧倒的に夫の氏を選択する人が多い。記入例はどうなっているんだろう。そこに夫の氏を選ばせるような誘導はないのだろうか」
素朴な疑問が芽生えた。
全国1747の基礎自治体を対象に、10月1日から調査をスタート。11月16日までに175自治体の婚姻届の記入例が集まった。ウエブサイトで確認したものが123件(70・3%)、役所で直接確認したものが52件(29・7%)だった。
調査では「氏の選択」だけでなく、「婚姻する2人の年齢差」、「証人2人の性別」など、隠れたジェンダーバイアス(家父長制的な考え方・性別役割分業)が反映されやすい項目を中心に、集計・検証した。
「妻の氏」にチェック、千葉県八街市だけ
婚姻後の夫婦の氏の選択は、「夫の氏」にチェックがあるものが162件(92・6%)、「妻の氏」にチェックが1件(0・6%)と実際の氏の選択割合を上回る圧倒的な差があった。ほかに、「法務省の記入例を流用」7件、チェックなし2件、記入例自体が存在しない2件、欄外に両方の例を記載1件だった。すべての例で「夫の氏」のチェック欄が「妻の氏」の上にあることも、選択時の誘導につながっている。
婚姻する2人の年齢差は「夫が年上」が145件(82・9%)、「妻が年上」(3・4%)、「同い年」9件(5・1%)、「生年の記載なし」15件(8・6%)。年齢差の最大は夫が18歳年上(山形県山形市)、妻が6歳年上(栃木県小山市)。年齢差の平均値は2・7歳で、中央値は2・0歳だった。一方、厚生労働省の人口動態統計では、夫婦は「同い年」が最多。「結婚とは年上の男性が、年下の女性とするもの」という実際とは違うジェンダーバイアスが見て取れる。
証人2人の性別は「男女1人ずつ」が93件(53・1%)、「両名とも男性」が64件(36・6%)、「両名とも女性」が6件(3・4%)、「その他・記入例なし」12件(6・9%)。
「妻の氏」にチェックがあった唯一の自治体は千葉県八街市で、「妻の氏」にチェックをした横に「婚姻後の夫婦の氏をレ(チェック)してください。レ(チェック)した氏の方が本籍地欄の筆頭者でない場合は、夫婦の新本籍を必ず書いてください」と但し書きがある。
法務省は併記なのに、4自治体が「夫の氏」だけをリンク
法務省はホームページに、「夫の氏を称する場合」と「妻の氏を称する場合」の2例についてPDFで記入例を紹介している。このページにリンクを貼っている自治体は7つあったが、うち、4つ(和歌山県日高川町、茨城県牛久市、八千代市、島根県益田市)は「夫の氏を称する場合」のPDFのみにリンクしていた。
集計担当の田中三郎さんによると、氏の記入例の傾向に地域差は見られず、自治体ごとにどのような注意事項を書くかもバラバラだった。
両親の氏名も「母の氏は書かない」
結婚で夫の氏に改姓した清水美咲さんは茨城、千葉、東京の43自治体を調査した。驚いたのが東京都千代田区で、「父母の氏名」の欄に「父母婚姻中のときは、母の氏は書かない」と但し書きがあった。戸籍の筆頭者が父の時に、母は氏がなく名前だけの表記となっていることと同じだ。清水さんは「書くとすれば『父母婚姻中のときは、母の氏を省略することもできます』という説明でよいのでは?」と疑問を抱いたという。
滋賀県在住の田井中歩さんは「妻の氏」で婚姻届を提出したひとり。夫の両親に「妻の氏」を名乗ることを反対された経験から、婚姻届のジェンダーバイアスに興味を持って参加した。東近江市の記入例は2パターンあったが、どちらも「夫の氏」にチェックがついていた。2パターンあるなら、「夫の氏」「妻の氏」が一つずつでもいいのに……。滋賀県内の12市町をチェックしたが、全市で「夫の氏」にチェックがあり、結婚後は夫の住所かその近くに妻が越してくるパターンばかりだった。
東京都中野区は翌日に表記を改め
東京都中野区に住む成宮八重子さんは、区役所で「夫の氏」にチェックした記入例を確認。「区男女平等基本条例に照らしていかがなものか。妻の氏にチェックがある見本も置いていただきたい」と区役所にメールを送った。翌日には記入見本が改められたという。「夫の氏」「妻の氏」のどちらにもチェックがなく、欄外に「選択した『婚姻後の氏』いずれかにチェックしてください」と注釈がついた。成宮さんは「中野区には、男女平等について改めて考える機会となったと、前向きに受け止めていただけた。メールを送ってよかった」と言う。
調査チームは、ジェンダー平等の観点から適切と言える例として、法務省のサイトのほかに、長野県野沢温泉村を挙げた。氏名、地名、年月日はすべて「○○ ○○」で表記。チェック欄は記入せず、欄外に「どちらかにチェック」とある。性別、年齢などで、誘導になり得る表現が一切ないと高く評価された。
兵庫県芦屋市に残る「家制度」
一方、ジェンダー平等の観点で再考を求めたい例の一つに兵庫県芦屋市が挙がった。「夫の氏」にチェックが入り、戸籍筆頭者だけでなく、世帯主も「夫」。夫は妻の3歳上。夫は親族と推察される実親から現在の養父母に養子縁組しているが、証人は実父。妻側の証人も実父。夫が父の代から本籍地としている住所近くに、妻が京都の実家を出て移り住むという内容が、記載からわかる。「本家の長男の嫁が、本家に嫁いでくる、という家制度を想像させる」(井田さん)、「目的に合った、より適切な記載が検討できるのではないか」(北村さん)。
調査は来年2月までに550自治体の記入例を集め、3月8日の国際女性デーに2度目の取りまとめを行う予定だ。来年4月には18歳成年に完全移行するため、各自治体では婚姻届の記入例の書き換えがあると予想される。それまでに可視化した実態を検証し、国や自治体に対する是正措置の提案につなげるのが目標だという。
婚姻届をはさんで泣きながら話し合い
「あすには」の代表理事、井田奈穂さんは「どちらの氏を選択するかで、婚姻届をはさんで泣きながら話し合いをするカップルも多い。自治体は、どちらの氏にするかの誘導にならないような記入例にしてほしい」と話した。
全国の自治体を網羅するにあたり、調査の参加者を求めている。自治体の窓口かウェブサイトで婚姻届の記入例の写真を撮り、投稿するという手順だ。詳しくはあすにはのホームページ へ。
【追記】兵庫県芦屋市は22日、婚姻届の記入例を改めた。氏の選択では「夫の氏」「妻の氏」のそれぞれにチェックした例を欄外に記載。夫と妻の生年月日はマスキングし、証人の欄も男女1人ずつとなった。
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