「他国の主権や人権を侵害した国が、主権免除の影に隠れることはできない」 日本軍「慰安婦」ソウル高裁判決の意義とは
韓国のソウル高等裁判所が昨年11月23日、旧日本軍の元慰安婦や遺族への賠償を日本政府に命じる判決を出しました。この判決の意義について、韓国の弁護団らに学ぶ集会が1月25日、衆議院第2議員会館で開かれました。日韓合わせて4人の弁護士が判決について解説し、「不法行為や人権侵害については主権免除を認めないという近年の国際法上の潮流に沿った堅実な判決だ」と評価しました。いったいどんな判決だったのでしょうか?
以下「そもそも」解説です。(よく知っているよ、と言う方は本文にお進みください)
◆日本軍「慰安婦」訴訟とは
◆日本政府の対応は?
例外が増えていく「主権免除」
集会ではまず、福岡県弁護士会の山本晴太弁護士が、争点となった「主権免除」が成立するかどうかについて、解説した。
主権免除は「主権国家は平等」という考えに基づく。かつては国家のいかなる行為も他国の裁判から免除されると理解されていたが、約100年前から徐々に、「国家でなくてもできる行為」については主権免除をやめようという動きが、欧米発で広がった(制限免除主義)。国家間の契約に基づく商行為などがこれにあたる。
さらに1960年代以降、外交官の車にひかれたなどの被害を救済するため、「不法行為」は主権免除の例外とする解釈が広がった(不法行為例外)。この考え方は日本を含む9カ国の国内法や欧州国家免除条約、国連国家免除条約にも規定された。
最近では、集団虐殺や強制連行、拷問など深刻な人権侵害については、主権免除を適用しないという考え方を採る国も増えている(人権例外)。被害者の裁判請求権を認める利益の方が上回り、加害国家の主権免除は否定される。イタリアやギリシャではこのような主張を認める判決もすでに出ている。
第1次の「勝ちすぎ」から一転、第2次の1審敗訴
「慰安婦」訴訟の第1次判決は人権例外を認め、日本国の主権免除を否定した。山本弁護士は「画期的な判決だったが、勝ちすぎの感もあった」と述べた。人権例外を認めるかどうかは、個々の裁判官の人権意識に左右される部分が大きいからだ。その証拠に、同じ裁判所で別の裁判官が下した第2次の1審判決は、日本国の主権免除を認めて原告の請求を却下した。
一方で、世界の潮流は変わりつつあった。第1次訴訟判決があった2021年1月以降、ブラジル連邦最高裁判所は、第2次世界大戦中にドイツ潜水艦がブラジル漁船を撃沈した事件について、ドイツの主権免除を否定。ウクライナの最高裁も、2014年のロシア侵攻の際のウクライナ人戦死者遺族がロシアを訴えた裁判で、ロシアの主権免除を否定した。イギリスでもサウジアラビアのエージェントによって負傷したイギリスの人権活動家がサウジアラビアを訴えた事件で、サウジアラビアの主権免除が否定された。
「堅実で打ち崩しにくい」第2次2審判決
第2次訴訟の高裁判決は「人権例外」ではなく、「不法行為例外」を採用して、日本国の主権免除を否定した。判決文では「法廷地国内でその国民に対して発生した不法行為に対しては、その行為が主権的行為であるか否かを問わずに国家免除を認めない内容の国際慣習法が現在存在する」ことを根拠にした。山本弁護士は「堅実な判決であり、それゆえに打ち崩しにくい」とみる。戦時中の日本による強制動員、強制労働の裁判でも、同種の判決が続く可能性は高いという。
今後について、山本弁護士は「損害賠償のための日本国の財産の差押えや強制執行は極めて難しいが不可能ではない」との見通しを示した。韓国による財産差押えが日本の国家主権を過剰に侵害するかどうかが、また一から問われることになるだろう、という。
判決は「戦争被害者にとっての希望の灯り」
「慰安婦」被害者訴訟代理人団団長の李相姫(イ・サンヒ)弁護士は、訴訟の経過と判決の意味について話した。
「被害者のハルモニたちは、戦争犯罪と反人道的な犯罪に対する国際社会の解決策について問題提起を続けてきたのです。戦争犯罪や公権力による重大な人権侵害に対する加害国の責任を問うているといえます」
2005年、国連総会は「国際人権法/国際人道法の重大な違反行為の被害者のための救済及び賠償の権利に関する基本原則とガイドライン」を決議し、被害者救済の原則とした。この原則は、事実の認定、真相究明、謝罪、被害賠償、資料及び証拠の保全と後世に伝える義務、再発防止などからなる。
日本政府は「慰安婦」問題について、この原則とは異なる対応を続けてきた。日本の外務省はドイツやフィリピンにある、慰安婦問題のシンボルの「少女像」の撤去を要求。2021年の国連人権理事会でも加藤勝信官房長官(当時)が「日韓合意で解決ずみ」と謝罪要求をつっぱねた。
訴訟で、原告代理人は絶対的な主権免除はないことや、主権免除は国民の重大な基本権の一つである「裁判請求権」の制限をもたらすと主張した。高裁判決は「主権免除に関する国際慣習法は恒久的、固定的なものではなく、変化の方向と流れを考慮して動態的に把握しなければならない」とし、他国の立法や判例に注目して「個人の裁判請求権を保護する方向へ移行している」との判断を示した。
李弁護士は、日本政府がこの判決を「国際法違反」と非難していることについても検討を加えた。①日本をはじめ多くの国が「不法行為例外」の立場を取っている②日本軍「慰安婦」問題は1965年の日韓請求権協定の対象外であった③2015年の日韓合意は政府間の合意であり、訴訟は被害者が直接日本国に損害賠償を求めたという点で、日韓合意に影響を及ぼさないーーこの3点をもって、国際法違反にはあたらないとした。
「第2次訴訟の高裁判決は被害者たちが30年以上もあきらめずに日本と韓国の法廷で戦い続けた結果であり、21世紀のすべての人類に残した貴重な資産。戦争被害者にとって希望の灯りであり、パレスチナやウクライナで続く戦闘行為に対し、戦争は起こしてはいけないという被害者の叫びが込められた判決といえる」と結んだ。
賠償は「人間としての尊厳と価値、身体の自由の回復」
金詣知(キム・イェジ)弁護士は「国際人権法の観点からみた本判決」について話した。
判決は日本軍「慰安婦」の被害事実を具体的に確認した。日本陸軍の「野戦酒保規定」「営外施設規定」などの公文書から「慰安所設置」が事実であったことを明らかにし、被害者の証言から動員や輸送、慰安所管理の方法などについて認定した。
さらに個々の事実が「ハーグ陸戦条約」「未成年者の人身売買を禁止する国際条約」「奴隷条約」「強制労働に関する条約」「当時の韓半島に適用された大日本帝国の刑法226条、国外移送目的の略取、誘拐、売買罪」に違反することを確認した。
その上で、1946年の日本国憲法制定、1948年の世界人権宣言以前でも、こうした国際条約や国内法規の順守は国家としての当然の義務とみなした。
金弁護士は「判決は、主権免除を否定して人権を保障する各国の実践を検討し、国際慣習法が、個人の権利を尊重する方向に変わってきているとの積極的な解釈で、被害者たちの裁判請求権、司法接近権を実現した」と高く評価した。
權泰允(クォン・テユン)弁護士は、「問題解決のための韓日の課題」について話した。
日本政府は今回の判決を「国際法違反」と主張しているが、權弁護士は「国際法上適切な訴訟手続きを拒否したのは日本の方である」とし、「判決を尊重し、損害賠償義務を履行する」よう求めた。また、「過去の歴史的事実認識の共有に向けた努力を通じて、被害者に対する法的責任を尽くすことで、日韓両国と両国民の相互理解と信頼が深まり、これを歴史的教訓として、再び悲劇を繰り返さないようにすることが日韓関係の未来を確かな物にする」と述べた。「慰安婦」被害者への賠償については単純な金銭的なものではなく、「人間の尊厳と価値、身体の自由を事後的に回復するという意味を持つものだ」とし、実現を求めた。
ウクライナの主権を尊重しないロシアは主権免除に値しない
質疑応答の中で、山本弁護士はロシアの主権免除を認めなかったウクライナ最高裁の判決を引き、「ウクライナの主権を尊重しない国(ロシア)の主権をどうしてウクライナが尊重しないといけないのか、という理由は、極めてわかりやすい。植民地被害、戦争被害というものはまさにこれだ。日本は朝鮮半島を植民地にし、その土地の人々を連れ去って強制労働させた。70年たって裁判を起こされたら、それは日本の主権を侵す国際法違反だと強弁している。間に長い時間がはさまっているので、誤魔化されそうになるが、ウクライナの判決と事情は変わらない。不法行為例外、人権例外の次には、相手の国家主権を毀損したケースでの植民地(占領地)例外が認められなければならない」と話した。そして強調した。
「主権を侵害し、強行法規に違反し、人権を侵害した国が、主権免除の影に逃げ込むことはできないのです」
問題を矮小化させず 記憶・継承へ
集会には会場50人、オンライン150人の計200人が参加した。
集会を主催した「日本軍『慰安婦』問題解決全国行動」の梁澄子(ヤン・チンジャ)さんは「この訴訟が、日韓合意で終わらせようとする両国政府への抵抗運動として始まったことの意味を思い出しましょう」と呼びかけた。「日本では賠償問題や財産差押えの可否ばかりが取り沙汰されていますが、問題を矮小化させず人権尊重の点を強く伝えていきたい。(戦時性暴力の)記憶・継承に向け、今日を第一歩として、判決を守るよう日本国内で呼びかけていきたい」と話した。
(阿久沢悦子)
取材費にカンパをいただけますと、たいへんありがたいです。よろしくお願いいたします