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「つらいときも夕日に背を押され、学び続けた」 義務教育未了90万人、広がる夜間中学

経済的困窮、外国にルーツがある、不登校など、さまざまな事情から義務教育を修了していない人は、日本国内に約90万人いる。不登校の小中学生の累計も2022年度は約30万人にのぼった。そうした人たちの「学び直し」の場として今、公立の夜間中学の設置が各地で進められている。

今後2年で113校が開校

夜間中学等義務教育拡充議員連盟と全国夜間中学校研究会が10月11日、衆議院議員会館で「全国に夜間中学を!さらなる開設と充実を!!国会院内集会」を開き、設置促進を訴えた。これまで夜間中学の多くは退職教員や市民有志の自主運営で、学ぶ機会を逸した人たちに文字や計算などを教えてきた。16年の教育機会確保法制定を受け、21年、菅義偉首相(当時)が「今後5年間で全都道府県・指定都市に少なくとも一つの設置」を目標に掲げた。
 
文部科学省によると、23年10月現在、11都道府県と12指定市に計44校あり、さらに24年度に53校、25年度に60校が開校の予定だ。
同省の22年度の実態調査によると、生徒数は1558人で19年度に比べ171人減。うち外国籍の者が1039人と345人の大幅減だった。一方で、日本国籍を持つ者が345人から519人に増加し、特に10代〜30代までの若年層で92人から223人へと2倍以上に増えた。また夜間中学への入学希望者に占める中学既卒者の割合が43%から70%に増え、不登校などで実質的な教育を受けられなかった形式卒業者が増えていることがうかがえる。
 
院内集会では2人の女性が夜間中学での体験を語った。

学校に対する苦手意識が恐怖感に

今春、東京都葛飾区立双葉中学校夜間学級を卒業した平間愛里菜さん(28)は小3の時、学校に行けなくなった。それまでも、保健室登校をしていたが、教師に教室に入るようにと無理に促されたのがきっかけだった。「家に帰りたい」と嫌がった平間さんに教師は説得を続けた。どんなに抵抗しても無駄だと感じ、教室に行くことを受け入れたが、涙が止まらなかった。授業中、教師からトイレットペーパーを手渡され、ただただ泣いていた。
 

不登校からひきこもりを経て25歳で夜間中学にたどりついた平間愛里菜さん


授業について行けなくなり、友達との交流に違和感を覚えるようになった。学校は嫌なところだ、という思いを抱き、学校に通うことはなくなった。小学校を卒業するころには学校に対する苦手意識が恐怖感に変わっていた。中学校には1日も通うことなく卒業した。「中学校での思い出は私にはありませんでした」
 
高校には進学せず、家にひきこもった。「このまま死ぬのか、死ぬ前に何かできることはないのかと自問自答を繰り返すうちに、心は疲弊していき、ひとりで外出することが困難になりました」

ずっと勉強がしたいと思っていた

4年前、テレビの報道で夜間中学の存在を知った。もっと学び直しについて知りたくなり、ネットで検索した。夜間学級がある中学校が「がんばって勇気を出せば」通える場所にあった。「空白を埋め、わだかまりを解くために、ずっと勉強がしたいと思っていた。でも、誰にも相談できず、どうしたらいいかわからなかった」。夜間中学の存在が光明だったという。
 
もし夜間中学に通ったら……。
自分ひとりではできなかった勉強ができるかもしれない。
家族以外の人と話せるようになれるかもしれない。
外をひとりで歩けるようになれるかもしれない。
毎日が苦しくて何をしたらいいのかわからなくて、どうしようもない。そんな日々から抜け出すことができるかもしれない。
 
希望は膨らんだが、実際に双葉中学校夜間学級の門を叩いたのは1年後のことだった。
 
10数年間の勉強のブランクがあり、授業についていけるか不安だった。最初にテストを受け、Bクラスに入った。同級生は3人だけ。英語はアルファベットの書き方、数学はかけ算と割り算から始めた。ひとりひとりに合わせた進度で授業は進み、不安は徐々に解消していった。だが、もう一つの心配ごとがあった。
「入学当時25歳だった私は、自分が学校になじめるかが気がかりでした。その年で中学生になるのが恥ずかしかった」

学びたい人が学べる「にぎやかで温かい日常」

一方、学友は10代〜80代までと多彩だった。「それぞれが一心に学業に励む姿を見て、学び始めるのに遅すぎることはないし、とても素晴らしいことだと思えるようになりました」
外国にルーツを持つ人も多かった。学びたい人が学べる、「にぎやかで温かい日常」があった。
 
学校生活の中で一番好きな時間は「給食の時間」だったという。事前に献立表を確認し、急いで給食を受け取りに行き、「いただきます」といい、担任と級友と食べる。「この時間こそが私の体と心のエネルギーになった」
移動教室、文化祭、体育祭……日々の学校行事の中で、いっぱい笑い、喜びを得ることができた。「辛いときも夕日に背中を押されて学校に来て、こんばんはと言葉を交わせば自然と元気が出ました」
 
3年間休まずに通い、家以外の居場所ができた。
今、葛飾商業高校の定時制で学んでいる。夜間学級で培ったことと高校で得ることを生かし、誰かに必要とされる人になりたいという。
「私は人生が続く限り学び続けます」

貧しい家に生まれ、学校に行けなかった
 


安藤カツ子さん。夜間中学に入り引っ込み思案な性格が明るくなったという

大阪市立天満中学校夜間学級で学ぶ安藤カツ子さん(81)は夜間中学に入って7年目になる。学校に来るまでは漢字の読み書きができなかったが、新聞も読めるようになり、初めて年賀状も出した。書きたいと思っていた自分史を書き、部落解放文学賞を受賞した。
「私は貧しい貧しい家で生まれました。物心ついたころには、お母さんは病気で亡くなっていたので、お母さんの顔は知りません。お父さんは酒飲みで、私たちきょうだいは酔い潰れて道ばたで寝ているお父さんをやっとの思いで家に連れ帰っていました。うちはいつも貧乏でした」
近所の子に「汚い」と石を投げつけられたこともある。学校に行きたくても行けない。雨が降っても傘がない。持って行く弁当も、着ていく服もなかった。
食べ物がないので、米ぬかのだんごや河原の野蒜などを食べた。7、8歳のころ、農家の子守をした、15歳になったとき、大阪の鰻屋で子守をした。その後も働き詰めだった。

子どものPTAが回ってきたらとビクビク

「小学校にすらほとんど行っていません。そしてそのまま大人になりました。読めない漢字がたくさんあるので困りました」
 
役所で書類を書かなければならない時は、持ち帰って近所の人に書いてもらった。結婚して、子どもができても、学校のプリントが読めず、子どもに宿題を教えることができない。授業参観には行くが懇談会には出ないで帰った。「字が読めないので、PTAの役員が回ってきたらどうしようといつもビクビクしていました」
あるとき、偶然近所の人が夜間中学に通っているのを知り、天満中学の夜間学級に連れていってもらった。
 
75歳で入学し、休まず登校した。「学校に行けなかったことを思うともったいなくて休めませんでした。いま、毎日がとても楽しいです。学校は勉強だけではありません。色んな人との出会いがあります」。同じ境遇の人と出会い、今まで誰にも言えなかった気持ちを分かち合った。国籍も年齢も違う人たちの多様な文化や考え方に触れ、世界が広がったという。
 
「いまこうして勉強できていることが本当に幸せです。入学するまでは引っ込み思案だった性格も明るく積極的になりました」

「ばあちゃん、高校も行きや」
 

3人の孫たちは「ばあちゃん、高校も行きや」と言う。安藤さんが「お金かかるんやで」と返すと、「私たちが出すから」と言ってくれた。
安藤さんの気がかりは大阪市が天王寺、文の里の2校の夜間中学を廃止する方針ということだ。
「どうか天王寺、文の里の生徒のみなさんを助けてください。学びたいと思っている人が1人でも多く学べる環境を1日でも早く作って下さい」

大阪市は2校廃止の方針


大阪市は市内に4校ある中学校夜間学級のうち、天王寺、文の里の2校を来年3月に廃止し、新設する不登校特例校「心和中学校」(浪速区)に夜間中学を併設する計画だ。今年6月、市教委は天王寺についてのみ今後3年間、心和中学校分室として運用する経過措置を発表したが、廃止の方針自体は変わらず、反発が強まっている。
院内集会では天王寺の生徒が立ち上がって窮状を訴えた。

大阪の夜間中学2校を廃止しないで、と訴える金沢仁美さん(右)と門脇勝さん

夫が認知症「読み書きができないことが怖くなった」

金沢仁美さん(71)は45年前、結婚を機に韓国から来日した。6人の子と8人の孫に恵まれたが、数年前、夫が認知症になり、突然読み書きができないことが怖くなった。4年前から天王寺中学校夜間学級に通い始めた。「なぜ、私たちの学ぶ権利を奪うんですか。助けてください。どうかわれらの母校が潰されないように力をお貸し下さい」
 
近畿夜間中学校生徒会連合会の門脇勝さん(79)は「家庭や仕事との兼ね合いを何とかやりくりして通学している人が多い。場所が変わっただけで通えなくなる人がいる」と危惧する。5万人の署名を集め、市教委との交渉を重ねてきた。「新しい学校に行かれへん人はどうするのか」と市教委に何度聞いても、「行ってもらうようにします」と返ってくるのみだったという。

「通えるところに、学校がなくてどないするねん」
 

大阪市は義務教育の未修了者が1万3633人と、全国の指定市の中で最多。増え続ける不登校の子どもたちの「学び直し」を考えたとき、「夜間中学の新設は歓迎するが、今ある学校の廃校は受け入れられない」と門脇さん。「厳しい状況の人が通えるところに、学校がなくてどないするねん」と力を込めた。
 
夜間中学増設運動全国交流集会は、議連の会長を務める丹羽秀樹・衆院議員に、「夜間中学の増設と夜間中学生の立場に立った学校運営を求めるアピール」を提出し、次の3点について実現を求めた。

1)  公立夜間中学開設が進む中で、生徒層や学習ニーズの多様化に十分応える体制になっていない。全国には45の自主夜間中学、15の夜間中学推進組織が活動している。公立夜間中学と自主夜間中学の連携は重要です。自主夜間中学の会場使用料など行政支援を行ってください。
2) 夜間中学に、真に夜間中学生の教育要求に応じられる教職員を配置してください。
3) 大阪市で全国的な夜間中学の動きに逆行する、文の里・天王寺夜間中学の廃校を進める誤った議論がされていますが、夜間中学生の生の声を聴いて、2校の存続と夜間中学の増設を進める政策を行ってください。     (阿久沢悦子)           

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