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ほぼ漫画業界コラム126 【ありがとうございました】

芦原妃名子先生がお亡くなりになりました。深く哀悼の意を表するとともに、謹んでお悔やみ申し上げます。生前の先生に大変お世話になった思い出があります。2014年末、当時小学館の社員だった僕はマンガアプリ『マンガワン』の開発を進めていました。開発も終盤になり、いよいよリリースが迫ってきました。基本的にマンガワンのメインコンテンツは当時僕が編集長をしていた『裏サンデー』の作品でしたが、できればマンガ“ワン”の名にふさわしく、小学館の様々な作品を掲載したいと考えていました。しかも、プロモーションの意味も含めて既に完結している作品を一気に見せる『全巻一気』という企画に載せたいと考えておりました。しかし、当時マンガアプリという概念もまだほとんどなく、一定時間で回復するチケットを使って読もうと思えば全話無料で読めてしまうこの企画に参加していただける先生はなかなか見つかりませんでした。特に少年誌畑出身の僕には女性向け作品の編集部には伝手がなく、彼らに協力を求める説明会を開いてもほとんどの方から許諾を頂けませんでした。

そんな中で、マンガワンで一番最初に女性向け作品の既存作である『砂時計』を許諾していただいたのが芦原先生でした。当時はまだ明確な報酬の基準がなく、一定額のお渡しでした。しかし、芦原先生は一人でも多くの人に『砂時計』を読んでもらいたいという思いから、まだ海のものとも山のものともわからない媒体に作品を提供してくれたのです。それだけで先生の寛容さが伝わります。お恥ずかしながら、その時まで僕は『砂時計』を読んだことがありませんでした。僕はマンガワンリリース前のベータ版で初めて『砂時計』を読みました。テストだったはずなのに手が止まりませんでした。結局一晩かけて全巻を読み上げました。一人の女性の半生を見事に描き上げた名作でした。『砂時計』の初出は2005年。まだ芦原先生は20代だったかと思います。その年齢で人生というものを俯瞰的に見えていたからこそ描けた名作だと思います。『砂時計』を皮切りに、その後マンガワンには女性向け作品が次々と掲載されました。そして、そこから多くの名作が生まれました。そのきっかけを与えてくれたのが『砂時計』でした。

その後、僕はマンガワンの編集長を降りて小学館も辞めました。漫画編集者も半ば引退し、現在は漫画原作者として活動しています。女性向け作品のシナリオを書き、女性向け作品をたくさん読むようになりました。その中で目に入ったのが『セクシー田中さん』でした。最初頭に浮かんだのが僕が世界で一番好きな漫画『アフロ田中』でしたが、全く関係ない作品でした。ふと気づきました。作者名が10年前にお世話になった芦原先生でした。それをきっかけに読み始め、今では老眼を我慢しながら読む数少ない新刊が出るたびに読む作品の一つです。自分で作品を描くようになったからこそ、芦原先生がいかに高い技術と深い思慮のもとに作品を作られているのかがわかるようになりました。僕はあまりに高度な作品を読むとため息が出ます。数ページに一度ため息が出る作品でした。

先生、素敵な作品を読ませていただいてありがとうございました。僕はマンガワンとはもう関係ない人間ですが、マンガワン関係者は今、アプリがあるのは芦原先生の寛容があったからだということを忘れないでほしいと思います。先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。


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