見出し画像

想:ラブカは静かに弓を持つ

2022年10月24日に追記しました。

出版されてすぐに購入(2022年5月13日購入)したのに、多忙を言い訳に積ん読になっていた。もっと早く読めば良かった。面白かったです。

めっちゃざっくりしたあらすじは、JASRACに勤める主人公が、上司から音楽教室の楽曲不正利用を裏付けるための潜入を命じられ、週一回、音楽教室に通ってスパイ活動をしつつも葛藤を抱いて苦しむ(一方で音楽による精神の解放も味わう)という話です。

あれ、どこかで耳にした話じゃね? という方もいるかもしれません。そうです、それです。

私は、いちおう知財専門家の端くれなので、著作権法のことは多少の心得があったつもりでしたが、そんなものは冒頭の2,3ページで吹き飛ばされました。

著作権法の解釈には「カラオケ法理」というものがあるようで、もう30年以上も前に最高裁が判断を下しているようです。

音楽著作物管理団体としてのJASRACは、本書の主人公が言うとおり、著作権者の権利を管理する立場上、不正利用という著作権者の利益を害する行為をやめさせ、利用者に正当な使用料を支払わせるために存在します。その存在意義は、確かに、たとえば自分が作曲者や作家の側に回ったときのことを考えれば想像がつくでしょう。

このことは、特許権についても同様に当てはまります。特許権とは、特許庁が、出願された発明が特許を与えるに値するモノかどうかを審査し、OKなら特許権を付与するシステムによって発生します(ただし、特許を登録してもらうには登録料の支払が必要)。そして、特許発明が第三者に勝手にタダで使われたら、特許権者には本来得られるはずの利益が入ってきませんので、特許権者はタダで特許発明を使用している者(会社)を相手にして特許権侵害訴訟を起こして正当な対価を求めるわけです。

ところが、著作権については、特許庁や文化庁が著作物を審査して登録するというシステムではありません。著作物を作った瞬間に、その人(会社)に著作権という権利が発生します(もちろん、登録料なども原則的にありません)。その数はあまりに膨大です。そこで通常、たとえば作曲家や歌い手であれば、音楽出版社(配信業者とかも)と契約を結んで作品を売る権利を譲り、音楽出版社や配信業者は、自社の抱える膨大な著作物の使用料の徴収をJASRACに委託しているカタチをとっています。そして、JASRACが徴収した使用料が音楽出版社や配信業者に分配され、さらにそこから作曲家や歌い手に使用料が分配されるという構図です。

本書や、実際にニュースになった出来事は、音楽教室が著作権を本当に侵害しているのか? という点が争点になっています。特にポイントは、著作権法の「演奏権」が公衆相手であって対価が発生しないなら(聴衆から料金を受けない場合)、公に演奏しても著作権を侵害しない(第38条)、そして、「公衆」とはどういう者を指すのか(第2条第5項「この法律にいう『公衆』には、特定かつ多数の者を含むものとする。」)、という点です。
レッスンルームで1対1のレッスンを受けている場合、たとえば講師が生徒に見本を見せる場合、生徒は「公衆」なのか、という点です。

じっさいは、音楽教室は生徒から料金をもらって運営されており、著作者の著作物を利用して利益を上げている、という見方(JASRAC側の主張)はたしかに当たる気もします。しかし、生徒が練習のために著作権のある楽曲を演奏することまでJASRACが著作権料を徴収するのは、個人的にはどうなんだろうなあと思います。実際、二審の知財高裁での判断は、「生徒の演奏にまで、著作権者の演奏権(第22条)は及ばない」としているようです。

2022年10月24日、最高裁での判決が出ました。やはり前審の知財高裁での判断を踏襲し、「生徒の演奏には著作権は及ばない」との結論に至ったようです。

これにより、本書『ラブカは~』の読み方も大きく変わってきそうですね。

さて、マスコミによって決定的に悪者にされていたJASRACですが、京都大学学長による新入生に向けての式辞にボブ・ディランの曲の歌詞が引用されたことについて「それっておカネ払ってもらう案件じゃね?」的な「ご案内」を送りつけたことがニュースになったことがあるらしいです。
これは、友利昴さんの最近の著作『エセ著作権事件簿』という本に、『風に吹かれて』事件として紹介されています(p. 214~)。

この本も面白いですよ!フツーの読み物として楽しみながら、著作権に絡むいろいろを知ることが出来ます。暴露が多いので楽しいですね(笑)

著作権は、お役所のお墨付きを得て生まれる権利ではなく、また、日々、時々刻々と生まれ続けている権利でもあるので、それらすべてを管理することは不可能ですし、ちょっと似たようなモノがあると「わたしの著作権が侵害されてる!!」という「パクられ妄想」も当然、多発するでしょう。

風化させてはいけない事件として、「京アニ事件」があります。放火殺人犯は、自身の小説か何かを盗作された、と主張しているようですが、これも真偽のほどは分からないにしても、あまりに行き過ぎた犯行でした。本当に痛ましい事件でした。。。(私は京アニ作品はほとんど知らなかったのですが、「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」(アニメと外伝、劇場版も)を見て、いろんな意味で泣きました)

ということで話が脱線しましたが、本書(『ラブカは静かに弓を持つ』)は、音楽教室を主な舞台としたエンタテインメントでありながら、一般読者に「著作権とは?」「著作物管理団体はどうあるべきか?」という問を投げかけて、読者を著作権について啓蒙する本にもなっています。
物語のキーアイテム「チェロ」についても、その魅力が存分に語られており、読み応えのある一冊だと思います。オススメです!  おわり。