煙草の火

帰り道、私はふと煙草を取り出す。

暦の上ではもうすぐ春一番が吹く、けれどもまだまだ外は冬の装いだ。

煙草に火をつける。使い古したジッポライター。そういえばこれは昔好きだった人からもらったものだったな、センチメンタルな気持ちになってみる。

冬はいい、煙草がうまい。風に乗せて煙が流れていく。冷たい空気と煙が混ざっていつもとは違う匂いがする。

春がやってくる。私の一番好きで一番嫌いな季節。

貴女と別れてどれくらいだろう。今も変わらず元気だろうか。遠い地で、あの時と同じように笑っているのだろうか。

そんな想いを馳せて歩く。私も随分と歳を重ねたものだ、なんだか涙が浮かんでくる。だが不思議と悲しさはない。あるのは懐かしい思い出と、慎ましい幸福感。

煙草の火は燻っている。

それに反するように、私の心は晴れ渡っていく。

#小説 #短編小説

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