見出し画像

とある話

雨が、春先のあたたかい空気を濡らす。
きっとこの雨で桜が落ちてしまうだろうな。

ゆっくりとした自殺願望が私にはある。毎年この季節になるとその思いが強くなる。桜を見上げる私の手にはいつでも首吊りロープ。春の匂いに、私の視界が歪む。

幸せでないというわけではなかった。でもどこか寂しかった。愛されてないわけでも愛していないわけでもない。けれど。

桜の木に、ロープをかけた。人の通らない時間を見極めていた。コンクリートブロックの上に立つ。

不自由はなかった。そこそこの家に住み、そこそこの服を着て、そこそこの生活を送っていた。

けれど。

首にひんやりとロープの感触。

目を閉じる。

コンクリートブロックを蹴って。

桜の咲く季節、とある小雨の中。
私の自殺した日の話。

#ショートショート #小説

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?