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松籟庵日乗その2 『仮想百景』感想文

 ……という訳で、VTuber合同誌『仮想百景』を読了しました。V界隈の各方面で精力的に活動されている方々が思い思いに書き上げた、まさに文芸誌。
 とりあえず読んだよツイートすればいいかな、と思っていたのだけれども、読み込んでいるうちに文筆欲が上がってきたので、一作ごとの感想も書いていこうと思います。

◉注意◉
感想文はそれぞれの著作内容に一部踏み込んだ内容が含まれます。できる限り本書の面白さを損なうことが無いよう配慮しましたが、この点についてはどうかご了承ください。

中村やにお 声優ラジオとかTHE IDOLM@STERを履修しているとVtuberのなにが魅力なのかを理解しやすい説

 TRPGなどゲームシナリオのライターであり、VTuber界隈でも活動されている中村やにお氏が一番槍。
 VTuberのガワというデリケートな部分に無遠慮に踏み込んでくる意見を真っ向から叩き割る痛快な筆致。ガワを被るという一種のフィルターがもたらす想定以上の効果について、声優ラジオやアイマスなどと絡めて具体的に示されていたので大変勉強になった。
 VTuberはキャラクター性と共に現れ、そのキャラクター性は拡張していく。活動の軌跡はそれ即ちそのキャラクター性の成長の奇跡なのだろう。

馬越健太郎 『馬越が飛んだ日』

 天才俳優にしてみんなの先輩、素晴らしき馬越健太郎氏の回想録的小説。
 軽妙洒脱なテンポ、ギャグとシリアスを左右にブレるふわふわとした展開、それでいてしっかりと読ませる地力ある文体と、溢れ出る才能を感じずにはいられない。読後の謎めいた爽やかさが癖になってしまった。
 恥ずかしながら馬越氏のコンテンツにあまり触れてこなかったので、まずはとnoteの記事をいくつか読んでみたが……めっちゃ面白い。過去ログ漁ってくる。

あっくん大魔王 今のV界隈についての感想

 VTuber草創期から活動を続けられている個人勢第一人者・あっくん大魔王氏による雑感。
 長く個人として活動されているからこその落ち着いた視点からの意見と未来への希望は、同じ個人勢の末席を汚す私としては非常に心強かった。
 暗い話題と明るい話題、どれも頻出するのは全体が歩みを止めてないから。まだまだ始まって3年、少しずつ進んでいこう。

バーチャルワオキツネザルのワオ VTuberとうんち

 タイプライターを叩き続ける戴冠せし輪尾狐猿こと、バーチャルワオキツネザルのワオ氏の一本目。
 タイトルからして二度見してしまうテーマだが、読み終えてみるとうんちとVTuberの親和性の高さを納得してしまう。やっぱりみんなうんちが好きなんだなあ。
 うんちとは全国どころか世界共通、生命共通のテーマである。有機生命体が活動している限り、必ず何らかの排泄が行われる。ならばデジタルバーチャルには無縁の概念かというと、結局の所リアルと地続きである限り、うんちという概念からは不可分なのだ。バーチャル存在もバーチャルうんちを出す。それが巡り巡ってバーチャル土壌を豊かにする。バーチャルにも輪廻はあるのだ。

ミソシタ 詩核少女

 ポエムコア系VTuber(フェイクチューバー)のミソシタ氏による1ページ漫画。
 詩核、即ちPoem Core。多分、この1ページそのものが音なき音楽なのだろう。この方面に明るくない私はそう勝手に翻訳することにした。
 ミソシタ氏のコンテンツにもこれまで触れてこなかったので、幾つかのポエムコア動画を拝見した。刺激的で絶望的なのに、どこかフートン(布団)めいた暖かさのある、不思議なリリックとミュージックの絡まり。初めての音楽体験に痺れた。
 個人的に好きなのは『光ノ終ワリニ』『ダンシング イン ザ ダーク』。今の時事的には『BACK AGAIN』もオススメだ。

モスコミュール VR空間と人と体験

 VRデザイナーとして「バーチャルマーケット」などでも活躍されているモスコミュール氏による、VR空間を創造する上での「現実感」についての考察文。
 読み始めはちょっと難しいかな?と思っていたが、人々が利用する空間をどのように作るのか、VRという特殊空間においてはどのような点に留意しなければいけないのかという、基礎的なことをしっかりレクチャーしてくれるので、非常に興味深く読めた。
 現実よりも制約が少ないVRという空間だからこそ、現実との親和性を高め、違和感を少なくしていくことが求められる。人間が現実で触れ、操作する事物を現実以上に精密に設定・デザインし、それを根本に据えた上で「VRならでは」のデザインを広げていくことで、真に迫ったバーチャル体験ができるのだろう。スネ吉兄さんの「ジオラマの三感」を少し思い出したのだった。

皇牙サキ バーチャルの受容、リアルの変容 ~なりたい自分になるのがマジ2020のリアルだから~

 先日、惜しまれながらも活動を終了された黒ギャルVTuber皇牙サキ氏のエッセイ。VTuberの中でも豊富な知識と飾らない物言いに定評のある皇牙氏がVTuberとして生きるということを、発信側の視点から語っている。
 バーチャルにおいて「なりたい自分になる」という自己実現の達成は比較的容易となる。しかし、その「なりたい自分」を確立したイメージとして有している人ははたしてどれほどいるのだろうか。そもそも「なりたい自分」を目指す自分という今現在の存在を確立できているのだろうか。まさに「完全な人間など存在しない」のだ。今の自分が何者なのか、そして「なりたい自分」とは何者なのか、薄ぼんやりとした理想を模索しつつ生きていくのは、きっとリアルもバーチャルも変わらないのだろう。
 読み終えた後、バーチャルとリアルの境界を歩いていき、見えなくなってしまったはずの黒ギャルの背中をぼんやりと幻視した。今も確かに歩き続けているのだという手前勝手な希望とともに。

朝ノ瑠璃 瑠璃姉のぶっちゃけQ&A

 朝ノ姉妹ぷろじぇくとの長女の方、朝ノ瑠璃氏の質疑応答コーナー。
 様々な活動で定評のある瑠璃氏の、普段は中々語る機会のないであろうぶっちゃけた回答は、朝ノ衆のみならず必見。私も(活動的に殆ど重なる所はないし大変おこがましいのだが)同業の者として、参考になったり同感だったりと興味深く読めた。この界隈、やはりファンの支えあってこそなので、発信側と受信側の相互補完が大切なのだろうと強く感じた。

佐藤ホームズ 接頭辞は電脳、半分ずつ手を伸ばす

 Vの界隈を観測する名探偵・佐藤ホームズ氏による、VTuberの「距離感」についてのエッセイ。
 バーチャルとリアルの狭間を揺蕩うVTuber文化の捉え方を「粋」と「野暮」で語る点は、我田引水ながら妖怪文化にも通じる所がある。妖怪もまた「お約束」の共有と集積という側面を有しているあたり、VTuberと近しいのかもしれないし全然違うのかもしれない。まだ考えがまとまってない。
 バーチャルとの距離感、リアルとリアルの側に属するファンとの距離感、それは未だ曖昧なままだが、或いは曖昧なままでいるのが、VとRの境界線に生息するVTuberの相応しいあり方なのではなかろうか。

届木ウカ 貴方を2度殺す

 バーチャル美少年ドール・届木ウカ氏の掌編小説の一本目。
 VTuberの「中身」というブラックボックス。その箱を開かないようにと苦しむのは、誰よりもその本人と、そのすぐ傍らにいる人々なのかもしれない。明るい世界の中に紛れる仄暗い影を想わせる名作。

つのはねあかぎ VtuberのMVができるまで。

 現在のVTuber文化の中でかなり大きな要素を占めている「音楽」という分野、その表現形態の一つであるMVをどのように作るのか、バーチャルクリエイターであるつのはねあかぎ氏が実際の制作過程を紹介することでレクチャーしてくれる。
 楽曲という部分ではリアル側の制作とそう変わらないものの、それを表現する一種の映像作品であるMVには、バーチャルならではの苦心と表現があると学べた。
 エンコード段階の苦しみは非常に共感できた。私は精々10~20分程度だが、エンコード中の脱力したくてもできない、据わりの悪い時間というのは非常にもどかしく心苦しい。それを長時間繰り返す時の感情は想像を絶するものがある。

たちきマン 仕事おわりのおたのしみ

 VTuberの生放送企画に携わっておられるたちきマン氏による、裏方から見た界隈を記した小エッセイ。
 リスナーからの意見感想って本当に参考になるのでガンガン表に出してほしい。放送後はきっちりエゴサしてる……と明言してしまうと、逆に萎縮してしまう向きもあるかもしれないが、発信側としては誹謗中傷でない限りは色んな言葉が欲しくなるので少しでもなにか反応してくれると、きっと喜ばれると思う。虚無の暗黒は何より恐ろしい……。

九条林檎 バーチャルあたかも論

 バーチャルタレントとして精力的に活動されている九条林檎氏の、VRSNSとそれを内包するVR世界についての論考。
 「あたかも」実在するかのように人々の間で共有されるバーチャル世界の現況と、より発展し膨張していく未来への展望がわかりやすく示されており、VRの世界とあまり親しくない人でも、その明るく面白い希望をそこはかとなく感じさせてくれる。バーチャルタレントとして「あたかも」の世界に生き「あたかも」を愛する九条氏だからこそ実感できたであろう視点が実際興味深かった。

たまごまご 「VTuberへのインタビュー」という不思議なお仕事 ~真実がわからないことを楽しむメディア~

 バーチャルを主題に扱うエンタメメディア「Mogulive」でライターとして活動されているたまごまご氏が、自身の体験を元に「VTuberへのインタビュー」という仕事の難しさと面白さを記したエッセイ。
 実態と虚構の両側面を持つVTuberと対話し、その有り様を記述するには、虚像に相対する絶妙なバランス感覚が求められる。それぞれのVTuberが持つ虚構の側面を破壊せず、その持ち味を最大限輝かせるインタビューというのは、VTuberの特異性を理解し、実態と虚構に過不足なく迫った記事へと昇華できる技量が求められるのだろう。

コーサカ 【■■■■■・■■■】

 音楽ユニット「MonsterZ Mate」の吸血鬼ラッパーであるコーサカ氏による、小説……の導入部分?
 たった2ページの掌編ながら、キャラクター、会話、テンポなど諸要素の連打で、物語にグイグイと引き込んでくる。引き込んでおいて導入で途切れてしまうのは新手のトラップか何か?? 早く続きが読みたいのだが、どこにあるのだろうか???

たば これから先の『推しの推し方』

 ライターなどとしてVTuber業界に関わっておられるたば氏は、変遷していくVTuber界隈の情勢と、それによって変わりつつある「推し方」についての提言をされている。
 VTuberにとって成立背景として重要な要因であるとはいえ、YouTubeという媒体に縛られ、首根を押さえられるという状況は決して健全とは言えない。多くの媒体、多くの領域に展開して安定した活動を継続できる環境づくりが今後求められるだろうし、少しずつその方向に舵を切っている界隈には大きく期待したいところである。ファンとしては、多角的になってゆく活動をそれぞれに応援していきたい。

虹乃まほろ 虹乃まほろ×佐藤ホームズ プチ対談

 女子大生YouTuber・虹乃まほろ氏とバーチャル名探偵・佐藤ホームズ氏の対談記録。
 現在流行している感染症の影響について語る部分が興味深かった。昨今の情勢はVTuber界隈にも様々な影響を残しているが、バーチャルの強みはリアルの情況に左右されにくい環境を整備する手段もあるという点である。「新しい生活様式」ではないが、エンタメの発信環境はバーチャル技術によって新たな展望を示す事ができるかもしれない。

porologue VTuberにプレイしてほしい5つのフリーゲーム

 エンタメメディア「Mogulive」の副編集長であり、インディーズゲーム専門メディア「もぐらゲームス」の運営もされているPorologue氏による、フリーゲーム紹介コラム。
 「音楽」と並ぶVTuber定番コンテンツである「ゲーム実況」はその多様さ故に、誰もが知る名作ゲームの体験共有だけでなく、隠れた傑作ゲームの再発見という現象も発生する。世の中には数多くのフリーゲーム、インディーズゲームが存在し、ゲーム実況はそれらゲームとユーザーを中継する側面もあるといえるかもしれない。

バーチャルワオキツネザルのワオ VTuberと愛

 バーチャルワオキツネザルのワオ氏による二本目。一本目とは打って変わって叙情的でポエットですらある愛の随想。
 真夜中というのは本来眠るべき脳と心が過労によって過剰反応と誤作動を頻発する魔の時間。とかく深夜テンションというのは恐ろしいものであり、私のこの感想文の大半も深夜に書かれていることを考えると公開するのが怖くなってくる。そんな深夜だからこそ、魂が震えるような衝撃によって自我が致命的エラーを引き起こすこともあるのだろう。漂白された意識はその衝撃を、純粋な「愛」と信じるしかないのである。自分でも何を書いているかわからなくなってきた。

届木ウカ VR「100日後に死ぬ私」

 『仮想百景』のトリを飾るのは、届木ウカ氏の掌編小説二本目。生と希望に溢れた文章の数々の最期に、鮮烈な紅い花を添える。
 『貴方を2度殺す』とはある種対象的な、先の見えない薄暗さの中に光る一筋の希望のような死。その異質さゆえに山海の珍味を揃えたこの本における、不思議な後味のデザートかのように感じたのだった。

◉最後に

 『仮想百景』はそのタイトル通り、まさに虚構の百景を望む窓のような本である。ともすれば交わることもなかったかもしれない、異なる経歴・立場の人々がVTuberという一つの仮想概念をテーマに、これほど多様な著作を記して一冊に纏めたのだから、非常に特異かつ趣味のある合同誌といえるだろう。

 VTuberとはかなりハイコンテクストな文化であり、前述したように妖怪文化もまた、その側面を有している。ある種荒唐無稽な物事に親しむ時、人々は不文律の「お約束」を共有してそれを楽しむ。この嗜好手法がいわゆる「粋」や「通」であり、『仮想百景』においても複数の参加者がこういったコンテクスト共有という背景について言及している。しかしこのハイコンテクスト文化というのは厄介なもので、一度閉鎖的な方向性に向かおうものなら「新参排斥」や「選民意識」といった排他的文化に容易く転がり落ちてしまう。
 VTuber界隈は未だその方向に向かうほど年季を経てはいないが、界隈に関わる人々は発信者・受信者を問わず注意したほうがいいだろう(この部分には自戒も込めている。妖怪にせよVTuberにせよ)。そして『仮想百景』はその「野暮」とも表現されるような不文律の文章化によって、外部へ向けたVTuberという文化の指南書としても効果を発揮するように思える。

 要するにこの『仮想百景』はVTuberに親しむ人々だけでなく、VTuberをまだ知らない、或いはこれから知りたいと思う人々にも実際推奨できるということである。この本によってVTuber文化が内包する様々な魅力を体感し、この絶賛拡張中の虚像世界に一歩踏み出してみてはいかがだろうか。

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蠱毒大佐◉妖怪蒐集VTuber
妖怪文化愛好系ぶいちゅーばー存在。
民俗、美術、文学などから妖怪を観察します。
調査報告動画、作業配信、妖怪文化について語る雑談などをします。
たまに妖怪以外にも何かします。
日本史・日本文化系VTuberの集い「和同沙倫」所属。
◉Twitter:@Colonel_Kodoku
妖怪伝承投稿企画「百怪蒐録」
マシュマロ

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