動画解説テキスト#03『「道成寺説話」』
◉注意◉
このテキストは、Youtubeに投稿した動画『【#03】蠱毒大佐の妖怪数奇チャンネル 「道成寺説話」』の脚本をもとに記した解説文になります。
動画と併せて読めば、わかりやすさは実際倍増。一緒にコンテンツ利用しよう。
1.はじめに
ドーモ、こんにちは。妖怪蒐集家の、蠱毒大佐だ。
「真那古の庄司が娘、道成寺にいたり、安珍がつり鐘の中にかくれ居たるをしりて、蛇となり、その鐘をまとふ。この鐘とけて湯となるといふ。」
これは鳥山石燕の『今昔百鬼拾遺 上之巻 雲』に描かれた「道成寺鐘」の解説文だ。
「安珍・清姫伝説」とも呼称されるこの説話は、古くは平安時代から存在し、時代を経るごとに様々な媒体で拡散と変異を経て、広く知られるようになった。
今回は、そんな道成寺の物語の変遷と、地元の昔話として伝わる異聞を少し紹介しよう。
2.道成寺説話の遍歴
現在『道成寺説話』の最も古い話として考えられているのが、平安時代である長久年間(1040年頃)に書かれた仏教説話集『大日本国法華経験記』にある「第百廿九 紀伊国牟婁郡の悪しき女」という話だ。
『大日本国法華経験記』「第百廿九 紀伊国牟婁郡の悪しき女」
老人と若者の二人の沙門(僧侶)が、熊野詣をするために紀伊国牟婁郡に至り、道中の家に宿を求めた。その家の主人は寡婦(やもめ)であったが、二人の僧を家に泊まらせた。しかし、その真意は若者の僧を見初め、夜を共にするためであった。
若者は驚いて「自分は修行中の身であり、これから熊野へ詣でるというのに、そのような悪事は承知できない」と断った。女は大いに恨み、若者を誘惑し続けたが、若者は言葉を尽くして女を説得し、熊野へ参詣してから帰ってきて、それから貴方の情に答えると約束し、やっと二人の僧は熊野へ出立することができた。
女はそれから諸々の準備を整え、若者を待っていたが、中々帰ってこない。女は待ち切れず、熊野から来た別の僧に若者について訪ねたら、その二人の僧は既に参詣を終え、帰路についているとのことだった。女はそれを聞いて大いに怒り、寝所に籠もって五尋ほどの毒蛇に変化し、二人の僧の後を追い始めた。
二人の僧は人づてに毒蛇が追いかけてくると聞き、女が蛇に変じて追ってきたのだと悟ったので、慌てて道成寺まで至って大蛇から逃れようとした。道成寺の僧たちは話し合い、寺の大鐘を下げてその中に若者を隠した。
大蛇は道成寺まで至り、門を尻尾で数百回も叩いて破り侵入した。そして大鐘を取り巻き、竜頭を叩き始めた。僧たちが驚いていると、大蛇は両眼から血の涙を流し、寺を出て走り去った。後に残された大鐘は、大蛇の毒によって焼かれ、その炎によって近づくこともできない程だった。水によって熱を冷まし、中の若者を確認すると、その体は焼き尽くされ、骨も残らず灰燼となっていた。
その数日後、ある老僧の夢に一匹の蛇が現れた。その蛇は先頃死んだ若者の僧で、悪しき女の情念によって蛇となり、二人共に苦しんでいるため、どうか法華経の如来寿量品によって供養をしてほしい、と老僧に頼んで消えた。
目覚めた老僧は頼まれた通りに如来寿量品を写経し、大会を修して二人を供養した。その夜、若者と女が夢に現れ、供養によって女は刀利天に生まれ、若者は兜率天に昇ることが出来たと伝え、去っていったという。
この話の全体の流れとしては、若い僧侶が色欲にまみれた悪女によって外道に堕ち、最後は仏法によって救われるという、典型的な仏教説話となっている。
また、現在よく知られる道成寺説話との相違点としては、若い僧と老僧の二人旅だった点、僧と女に名前がない点、女が娘ではなく寡婦つまり未亡人である点、日高川を渡るシーンがない点などが挙げられる。
『今昔物語集』第十四巻に「紀伊国道成寺僧写法花救蛇語第三」として『大日本国法華経験記』の記述とほぼ同じ話が記されている。時代的にも、これを典拠として記述されたのだろう。
鎌倉時代である元亨年間に書かれた仏教歴史書である『元亨釈書』には、第十九巻に『安珍』と題して道成寺説話について記述されている。この資料から、若い僧の名前として「安珍」が用いられるようになり、またこの資料では鞍馬寺の僧侶であるという来歴も設定された。話の流れについては、これまでのものとほぼ変わらない内容となっている。
室町時代には、絵巻物の形で『道成寺縁起』が成立した。この頃には、若者の僧の出自が奥州となり、またそれまで老僧と二人連れだったものが、若者一人の登場となった。女の方も真砂の庄屋の若妻という立ち位置に変化した。
また、この絵巻物や、同時期に成立した異本『日高川草紙(賢学草紙)』から、蛇と化した女が日高川を渡河するシーンが挿入されるようになったと考えられている。
これらの説話の流れを受け、謡曲や能でも道成寺説話が採用された。しかしこちらでは主にこれまで紹介した若僧と女の物語ではなく、その因縁によって釣鐘を置かなくなった道成寺に、女の霊が現れ蛇に変化するという話となっている。ここから浄瑠璃や歌舞伎にも題材として波及し『京鹿子娘道成寺』などの名作が編み出された。
そして、この芸能における受容の過程で女に「清姫」という名がつけられ、その立ち位置も真砂の庄屋の娘へと変わっていった。話の流れも、初期の仏教説話的展開から、軽率に結婚の約束をする安珍の身勝手や、少女である清姫の愛憎に注目した、より大衆向けの物語へと変化していったようである。
こういった変遷を経て成立した、現在よく知られる道成寺説話の流れについては、国際日本文化研究センターが企画しコミックウォーカーで公開されている『まんが訳 道成寺縁起』を読むとわかりやすい。これは江戸時代末期に描かれた『道成寺縁起』の絵を用い、現代の漫画風に再構成したユニークな作品となっている。ぜひ読んでみてもらいたい。
3.地元で語られる道成寺説話
ここまで道成寺説話の歴史を振り返ってみたが、ここからは幾つか、民間伝承の中の道成寺説話を紹介しよう。
説話の舞台となった道成寺がある日高郡には様々な形の安珍清姫の話が残っている。
日高郡の熊瀬川に伝わる話。
安珍という山伏が那智へお参りしようとして紀州まで来たが、途中の栗栖川で真砂の庄という宿に泊まった。宿には清姫という娘がいて、安珍をひと目で好きになった。安珍も「お参りから戻ったら連れて行こう」と約束した。
清姫は「明日弁当を作ってあげる」といったが、彼女は蛇だったので、杓子などをなめて使っていた。また髪の毛をとかすのにも蛇の舌でなめていたので、安珍は怖くなり、那智のお参りの後、清姫の所には寄らず逃げていった。
安珍は日高川を船に乗って逃げたが、清姫は蛇の姿になって日高川を渡った。道成寺に逃げ込んだ安珍は、釣り鐘の下に隠してもらったが、わらじの紐の先が少しはみ出していたために見つかり、清姫は釣り鐘を七巻半に巻いて溶かしてしまった。
同じく、日高郡の名之内に伝わる話。
昔、安珍という薬屋がいて、栗栖川に行くときには清姫という美しい娘のいる家に泊まることにしていた。
何回も泊まっているうちに二人は親しくなったが、ある日、安珍が弁当をこしらえている清姫をのぞき見ると、そこでは蛇がペロペロと弁当をなめていた。安珍は驚いてすぐに逃げ出した。
日高川を渡る時に、川渡しに「清姫が来ても渡さないように」と頼んでおいたが、清姫は日高川に来ると着物を脱いで蛇の姿になり、火を吹きながら川を渡って安珍を追いかけた。
道成寺まで逃げた安珍は、寺の釣り鐘を降ろしてもらい、その中に隠れた。しかし、安珍のわらじの紐にコブがあり、これが釣り鐘に引っかかったので、清姫に気づかれてしまった。清姫は釣り鐘を七巻半にしてとかしてしまったので、道成寺には今も釣り鐘がないのだという。
(以上2話は、東洋大学民俗研究会『南部川の民俗―和歌山県日高郡南部川村旧高城・清川村―』に所載)
安珍と出会う以前から蛇だったため、杓子を使ったり髪をとかしたりするときも舌で舐めるようにしていた、とか、安珍が鐘に隠れた時、履いている草鞋の結び目が外に出てしまったため、清姫に見つかった、などの要素が伝わっている。
他にも、道成寺説話を元にしたと思われる手毬唄も、この地域に伝わっている。
(町田嘉章, 浅野建二 編『わらべうた : 日本の伝承童謡』所載)
♪トントンお寺の道成寺 釣鐘下ろいて身を隠し
安珍清姫蛇に化けて 七重に巻かれて一廻り 一廻り♪
また、安珍の出自が奥州という設定になったためか、宮城などの東北地方にも、説話が残っている。
宮城県角田市金津にある大門坊東光院は、安珍が元々属していた寺院であり、道成寺の一件があって以来、安珍の年齢であった27歳での修行を禁じた、という話がある。
また、仙台市泉区には、村の長者勘心太の妻・普美子と、寺の美童・竹阿が愛憎の末に二匹の大蛇となったという説話が残されており、道成寺説話の流入の痕跡を思わせる。
(以上2話は『宮城縣史 民俗3』「伝説:祠堂の部」に所載)
4.最後に
以上、道成寺説話のあれこれを紹介した。
ここ数年はゲームなどにも取り上げられ、再注目されている道成寺説話。長い歴史の中で、様々に形を変えて人々に受容されていったという事は、それだけ人々に愛された物語であるということだな。
第三回動画、今回はここまで。それでは皆様、お達者で!
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蠱毒大佐◉妖怪蒐集VTuber
妖怪文化愛好系ぶいちゅーばー存在。
民俗、美術、文学などから妖怪を観察します。
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◉マシュマロ
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