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これからの二次元カルチャー

 最近、テレビを見たり街中を歩いたりしていて『鬼滅』に触れない日はない。『鬼滅』が流行る前には『進撃』やら『ヒロアカ』やらが流行っていたが、新しい流行アニメが生まれる度に、その社会に対する影響力はどんどん大きくなって来ている。

 私はふと思った。このままアニメ流行のインフレが続くとどうなる?

 いや、別に何かを批判するような気はさらさらない。ただ「この先」がどうなるのか興味があるのだ。

 タイトルでは『二次元カルチャー』と表現したが、現在進行形でインフレを起こしているのは主にアニメだ。もちろん鬼滅も進撃もヒロアカも、あと最近ちらほら目にするようになってきた『呪術』も、原作人気あってこそのアニメであることは重々承知である。が、これが高クオリティーなアニメ作品にまで昇華された途端社会へ与える影響力が爆発的にブーストされたことは、もはや否定しようがない事実だ。

 娯楽作品というのは、より受動的に楽しめるものほど人々に触れられやすいものだ。小説より漫画。漫画より映像作品。『アニメ』や『漫画』を知らない日本人はもはや居ないであろうが『ライトノベル』はその概念すら知らない人が未だに多数派。そこに貴賤はないものの、大衆への浸透度にはあからさまな格差が存在するのである。

 で、だ。

 現在の二次元カルチャーにはある流れが確立されてきている。

①まずどこかで『作品』が生まれる

②星の数ほどある『作品』のうちからアニメ制作会社が『原作』を選ぶ

③有名かつ実力のある制作会社に選ばれたものが『流行作品』という概念になる

④マスコミやら各種メディアがそれを察知し拡散することで『流行』が生まれる

 お分かりだろうか。常識的に考えれば「流行した作品が流行作品だ」と思われる筈だろうが、その因果関係が逆転しつつあるのだ。

 だがこれは何もおかしなことではない。これを『ファッション』というカルチャーに置き換えて考えてみよう。

 映画『プラダを着た悪魔』を視聴したことのある方ならピンとくるかもしれない。序盤の、セルリアンブルーのセーターのくだりを思い出して欲しい。アンディが着ていたセルリアンブルーの安いセーター。ありふれたものだが、編集長ミランダによれば、セルリアンという色は8人のデザイナーのコレクションに登場してからブームになり大衆に浸透していった、という経緯があるという。流行というものは自然発生するものと考えられがちだが、円熟しきったカルチャーにおいては、インフルエンサーによってある程度コントロールされているのだ。その構造が今、二次元カルチャーにおいても構築されつつある。

 さて。二次元カルチャーではじきに、幾つかのアニメ制作会社が流行決定権を手にして、文化的インフルエンサーへと至るだろう。ファッションの流行が人々の着るものを移ろわせるように、二次元の流行が人々の娯楽を移ろわせていくに違いない。『アニメ好き』はもはや単にアニメが好きな人ではなく、流行作品を観ている人のことを指す言葉になる。あらゆる文化は最終的に、ミーハーという名の「優秀な消費者達」のものになるのだ。二次オタ諸君はようやく自分達が社会に認められてきたように考えていたかもしれないが、結局君達はただのミーハーだったか、そうでなければ『流行作品』ではないものを観ているやっぱりキモい連中だった……という結論に落ち着いてしまうわけだ。

 仮に全てが私の予想通りになったとして、別段、事の是非を問うつもりはない。ただ大きな流行というのは時に自分を見失わせてしまうものだ。だからこそ、これからは一層、自分の好きなものに真剣に向き合っていきたいと思う。流行に流されず本当に好きなものを見つけられるように。あるいは逆に、流行に対し天の邪鬼になったりして、好きなものを手放したりせず済むように。

 ダサくても良いじゃない。キモくても良いじゃない。世の中、楽しんだ者勝ちだ。

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