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夏休みの図書館-図書館の日々

 僕は図書館で働いていた。
 仕事自体はとても楽しかった。
 いろいろあって辞めた。
 辞めてしまった今だからこそ、本音を交えた話ができたらと思う。

夏休みは繁忙期

 通常、学校が休みの期間には利用者の年齢層が大きく変化する。小学生や中高生がよくやってくるようになる。一番増えるのは小学生だ。小学生は保護者と一緒にやってくることが多い。暇を持て余しまくる子供を相手にして親にとっても都合の良いところはあるのだろうが、やってくる親子連れの多くは課題の自由研究をクリアするという目的をもっていたりする。親たちの意識は結構高い。いや、意識の高い親たちが積極的な姿勢を見せてということかもしれない。
 とくに読書感想文の推薦図書に指定された本には人気が殺到する。一瞬ですべて貸出になる。出遅れた家は長くて2週間待たされることになる。先に借りた人が早く読み終わって、返却期限を前倒しにして返してくれるのを心待ちにするような事態にもなりうるので、スタートダッシュが肝心だ。
 子供たちの様子もさまざまで、「これがいい!」と自分でどんどん研究対象を決めていく子がいれば、親も一緒になって「これはどう? こっちは?」と悩んでいる子もいるし、明らかにやる気がなくて親をヤキモキさせている子もいる。側から見ている限りでは微笑ましいばかりだ。

 この自由研究を対象にいろんな企業や団体がコンクールやコンテストを開催していて、入賞作品は驚くほどレベルが高いものが生まれていたりする。自治体と学校が連携して図書館で作品をまとめているところもあり、入賞作品を館内で展示したりする。配架のついでに作品をのぞいてみると意外な完成度に感心することもあって、子供たちの創造性には驚かされる。すでに夏休みに入っているのでいまごろ制作に力を入れている家庭もあるのではないだろうか。数ある作品の中には洗練され過ぎてて親の協力(代理?)ありと思えるものも存在する。そういうものは見ているとわかってしまうものだが、いろんな子がいるのでそういうこともあるだろうなと思って生暖かい目で見ていた。各家庭の努力が偲ばれる。自分が子供の頃はいつも8月30日くらいから泣きながら課題を終わらせようとしていた。昔から計画性がない。

 そういうわけでいつもは穏やかな児童エリアは夏休みには大変な賑わいになる。普段は棚でおとなしく並んでいる重い図鑑たちもあれよあれよと貸出されていなくなってしまう。書架(本棚のこと)はがらがらになって、まるでゴーストタウンみたいな風通しになる。対照的にカウンターはごった返すことになる。このため、夏休み期間には期間限定でバイトのスタッフを雇うことが多い。主に配架をやってもらうので体力仕事だが、図書館の仕事に興味を持っているなら入門編としてちょうど良い体験になると思う。

虫対策

 また、この季節には昆虫たちの活動が活発になる。子供たちの研究対象としても大活躍だが、たまに図書館の中に紛れ込んできたハチが利用者の不安をかき立てたりする。そのため、おおかたの図書館には虫取り網と殺虫剤が用意されている。僕がいた図書館の近くには公園があって、虫の闖入はちょいちょいあった。近くに巣があるのか、ハチは毎年入ってきた。おかげで僕は網でハチを捕らえるのが上手くなった。侵入のたびに捕まえ、敷地内で処分して土に埋めた。ハチには申し訳ないが子供たちに怪我をさせるわけにはいかない。すまんな、と思いながら埋めるたびに手を合わせていた。
 ハチは捕まえられるのに、蝶は逃すことが多かった。動きは遅いのにひらひらと不規則に窓際を舞っているので捕まえにくかった。放っておいても良いのだが、「なんだかかわいそう」という利用者のご意見もあって出動する。虫を捕まえることも仕事の一つなのだが、これに関わっているとき、図書館員たちはみな妙に楽しそうにしていたりする。
 さて、昆虫が苦手というスタッフも中にはいるが、虫たちの中でほぼすべての人間から嫌われている存在がいる。ゴキブリだ。スタッフたちはもう名前を呼びたくなくて、みんな「G」としか言わなくなったが、実は図書館にはよく現れる。Gは書籍の製本に使われる「のり」が好きらしく、それを食べにやってくる。ちゃんと防虫対策をしていないと本がやられてしまうのだ。その大好物が無尽蔵に所蔵されている場所が図書館なので、奴らは自然に集まってくる。退勤時に家族連れで移動中のGの団体を見たことも何度かあった。G対策は図書館に必須なのである。

今年は二重の異常事態

 今年はコロナの影響で上に書いたような情景は見られないのだろう。どこの図書館でもサービスの一部制限などが行われていて、徹底的に密を避けるように運営されているようだ。たまに本を借りに行っても親子連れの姿をほとんど見ない。
 おまけに7月下旬の今となってもいまだに梅雨明け宣言がされず、梅雨明けは8月にずれ込むと予想されている異常事態。こんな状況は誰にも予測がつかない。別の記事でも書いたけど、雨の日には気を使うことが多いのだ。
 コロナも天候もそれ自体に対しては手の施しようがない。対応するしかない。毎回なんども言ってしまっているけど、図書館員たちは1日に大変な数の書籍に触れる。返却された本がそこに至るまでどのくらい時間が経っていて、読んでいた人がウィルスに触れていたかどうか全くわからない。一冊一冊の扱いに緊張する日々が続いているのではないだろうか。
 せめて少しでも早く梅雨明けとなって彼ら彼女らの杞憂となることが一つでも減ってくれたら、とあの場を離れた身ながら思ってしまう。

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